| 2004年7月 現在上海市には1700万人が汲々と暮らしている。その内日本人は4万人いるらしい。 戦前の租界時代には15万人を数えたというから、これは当時立派な日本人社会が形成されていたという過去がある。 その4万人を当て込んでという訳ではないだろうが、好景気の上海で一旗上げたい!と個人で勇躍上海へ乗り込んでくる日本人がかなりいる。昔風にいえば大陸浪人ってとこか。 かくいう私も上海に初めてやって来た時は、渦巻く活気と熱気に圧倒されて、折角上海人の女房がいるのに、これは何か商売でもやらなきゃ男じゃないと興奮した。 その気になればお舅さんを始め、身内もこぞって協力してくれそうだ。、 7〜8年前はまだ家賃も高くなかったし、店舗内装だって下手すりゃ日本の10分の1で出来る。 それに何といっても人件費がべらぼうに安い。 日本の従業員1人分の給料で、中国なら7〜8人は雇えそうだ。 日本はバブルの後遺症でみんな四苦八苦しているというのに、俺はなんて運が強いんだと込み上げてくる笑いをククッと噛み殺したものだ。 当時の印象は、これだけうねる様に人がいるんだから、何を始めても上手く行きそうな気がした。 そうと決まれば善は急げ!早く始めなければ他人に美味しいところを持っていかれそうで、欲に駆られた気持ちは焦りまくった。 ウ〜〜ン、何の商売がいいか?よその土地で始める以上、私は黒子に徹しなければならない。 かといって女房を押し立ててやろうにも、故郷を離れて10年も経っていては、昨今好景気に沸き立つ上海事情に女房が疎(うと)くても当然だ。 まったく浦島太郎的感覚なのだから、ろくなアイデアも出てきやしない。 こんな時は有難い、目の前に情報通のお舅さんがいる。ひょっとしたら意外な儲け話が聞けるかも知れない。行く行くは身内一丸となって商売出来れば更にいう事がない。 商売が軌道に乗れば、お舅さんもお姑さんも義弟も貧乏から脱出できる訳で、もしそうなればあまり歳の違わない婿を快く思えなかった不満も見事吹っ飛び、感謝してくれるに違いない。 私は月光仮面のように日本から忽然とやって来て、上海一族の救世主となるのだ! もう気分はすっかりサクセスヒーローにでもなったつもり。際限なく広がる取らぬ狸の皮算用、頭の中では忙しく電卓キーを打ち続けている。 「お舅さん、今上海で何をやったら一番儲かりますかね?」 「うん、絶対儲かるのがあるョ!俺に金があったらすぐにでもやるんだがなぁ〜」 「ほぅ〜そりゃ、何ですか?是非、教えてくださいョ」 「ハンガーを売るんだョ、あれは儲けの率が高い」 「ハ・ン・ガー・・・・って、あの衣紋掛けのことぉ〜?」 私も古い、時々自分が嫌になるほど古いことをいう。 衣紋(えもん)掛けとは辞書を引くと「肩幅ほどの短い棒の中央に紐をつけて衣服をつるしておくもの」とある。いわゆる時代掛かったハンガーの事である。 お袋は死ぬまでハンガーを衣紋掛けと言い続けた。したがって幼い頃からの影響は大きい。 私はいまだに意識しないとハンガーを衣紋掛けと言ってしまう。 え〜となんだっけ、そうそう、娘が娘なら親も親、発想の貧しさは血筋の問題か? そんなに儲かるのならやったらいい。 ハンガー売るぐらい、そんなに金がなくたって出来るんと違うか〜 駄目だ、こりゃ。貧乏が染み付いちゃって、相談するだけ無駄ってもんだ! 言っちゃぁ悪いが、私の望みはもちっと大きいのだ。 それからというもの短い滞在期間中、目を皿のようにして金の匂いを追い求め街を徘徊する。 歩き回ってみて中国上海は、如何に餐庁が多いのが分かった。街中レストランだらけといっても過言ではない。中国人は外食好きなのか?どの店もそこそこは客が入っている。 とんでもない大入りを続けているのは、やはり舶来モノ。 8年前といえば、まだ物珍しさも手伝って値段が高くても一度は食べてみようと、老若男女、金持ちも庶民もこぞって押し掛け、店内はごった返していた。 マクドナルドやケンタッキー、回転寿司なんかは行列していたっけ。 よし!これならいける!と益々自信を深めた。外国料理がこんなに人気なら、天婦羅やトンカツ、日本蕎麦だっていけるかも知れない。 幸いに私の一番下の弟が蕎麦職人を長いことやっている。日本はもうあらゆる料理が飽和状態にあって、日本蕎麦も昔ほど馴染みがなくなった。勤める店も青息吐息の苦戦中。 それならいっその事、こっちに呼び寄せて、一旗上げさせるのも悪くないと思った。 もう妄想としか言いようのない自分に都合の良いアイデアが、無尽蔵の温泉のように湧いてくる。 開店の宣伝にしても、日本じゃ見向きもされないティッシュ配りだって効果がありそうだ。 タダでティッシュをくれるなら、これ又貰う人の行列が出来るかも知れない。 やはり私も貧乏人の出、発想が貧しい点では上海一族と負けず劣らずいい勝負らしい。 それにしても現地協力者の筆頭である上海一族がこんな調子では、先行き暗雲垂れ込めるような不安はどうしても否めない。 肝心の女房は笑ったら損だという人見知り型、お姑さんは言われた事のみ忠実に実行する忠犬ハチ公型。弟は死ぬまでに一遍でいいから、人に総経理と呼ばれてみたいだけの実力皆無型。 頼りのお舅さんはその昔、大勢の部下を顎で使った事がある華やかな時代が忘れられず、いまだにその傾向から抜け出せない懐古依存型。 今は貧乏だから影を潜めているが、ちょっと良くなれば見栄も手伝い、一端(いっぱし)のラオパン(中小企業主)気取りで糸の切れた凧のように舞い上がるのは間違いない。 私はその後、上海庶民にとってはこの景気もさほど影響していないのが分かった。 生粋の上海人でさえ、まともな商売をしていたら、驚くほどの金は残せないのが普通である。 日本人が一旗揚げんが為、洋々上海へ乗り込んできても、それほど簡単ではない事を肌で感じたのだ。上海の実情を知るに付け、当初血気に逸った気持ちも段々萎えていき、結局は何もせん方が一番良いという結果になった。その後は二度と口にせず現在に至っている。 私が不思議でならないのは、中国にまでやって来て何故中国人をターゲットにした商売をしないのかという点だ。上海人口が1700万人に対し、日本人は多くてもたったの4万人である。 長い目で考えれば、当然中国人との係わり合いなくしては商売は成り立たない。 だが現実的には日本人が個人資本で開く店は、日本人を対象にしている店が多い。 勝手知りたる他人の我が家同然、同じ日本人相手なら商売もし易いだろうが、これでは何の事はないチマチマと日本人同士でお金を回しているのと同じだ。 理由は簡単、現実に大幅な経済格差がある以上、中国人相手ではたとえ繁盛したとしても「儲かった」という実感には程遠い。それでは何年やっていても埒が明かないし、わざわざ上海にまで乗り込んで来た意味もない。・・・・・・だがここが落とし穴である。 中国人なら同じ商売でも月に1万5千元(18万円)も利益があれば、まずまずと考えるが、日本人ならその5倍くらい残らなければ面白くないと考えるに違いない。 同じような商売で5倍も儲けようとすること自体、土台無理なのである。 そこで手っ取り早く日本人相手に日本並みの料金商売をしようとする。それでも競争相手の少ない頃はよかったが、猫も杓子も上海へ靡くようなご時勢となっては、それも通用しなくなった。 外国で商売しようとするからには安易な方向へ走らず、その地に骨を埋めるといわないまでも、融けこんで行くような気構えが必要ではないだろうか。 個人商売はレストラン、按摩、リサイクル、日本食材、クラブ&水商売など、比較的簡単に出店できる業種が多い。ことにレストラン系は激戦区で、日本料理を筆頭に寿司、しゃぶしゃぶ、串焼き、焼肉、日本蕎麦と目白押しだ。 果てはお好み焼きから焼き鳥まであって、まさに至れり尽くせりの状態である。 そのどの店も日本とほぼ同じ料金設定で、日本での商売をそっくりこちらへ持ち込んだ感がある。1回の食事代が1人200元も掛かっては先も見えている。ましてや中国人が個人マネーで来られる人など恐らく稀だろう。 それでも旅行会社や企業などに太いパイプでもあれば、観光客には問答無用と連れて来てくれるが、コネのない店は閑古鳥が鳴くような悲惨な状況に追い込まれる。 結局、少ない客層をみんなで食い合う結果になってしまい、最近は過当競争が祟ってかどこも値下げ傾向になってきている。 昼間食べに行けばメニュー全品食べ放題で100元の看板をどこも掲げるようになった。 私らはこれ専門で、日が落ちると途端に高くなる時間帯は殆ど食べに行かない。
現金なもので価格さえ下げれば中国人も入ってくる。 私のよく行く洋食屋は定食で大体20元(260円)前後、店内のお客は中国語と日本語が入り乱れている。ボリュームがあってフライものが食べたくなった時など重宝している。 日本人のオーナーに5〜6人の中国人スタッフが切り盛りしているが、このオーナーが目を光らせている時は平均点の料理が出てくるが、運悪く何かの用事で居ない時など、衣がガチンガチンで岩のようなコロッケが出てくる。 歯でも欠けたら医者代出してくれるのか!と言いたくなるが、その癖、中身のジャガイモはとろとろのシチュー状態。ネッ、聞いただけでも不味そうで食べたくないでしょ。 やはりフライは衣が命、あのサクッとした歯ざわりがなければ、殆どその価値はない。 中国人スタッフが、揚げる油の温度をよく分かっていないせいだろうが、オーナーがこの辺の管理をどうするかで先の繁盛が決まってくる。目の付け所は良かったのだから、是非改善してもらいたいものである。 按摩、マッサージも日本人をターゲットにしたお店は高い。欲深くその両方を掻き集めようとする店もあるが、結局は中途半端でお客の方が戸惑ってしまう。 これらの店は、中国人が行く普通のお店と比べて値段は大体2倍。全身按摩で1時間100元前後というところだが、中には別途料金で桃色サービスに移行できる店もあるらしい。 ジワジワッと上海にも、日本的風俗の世界が浸透してきているようだ。 まぁ、こういった商売は万国共通のようなところがあって、中国も昔からあったし、今も街のあちこちに小さいお店が営業している。 表向きには按摩店の装いで、正面ガラスに張り出された営業案内には格安の料金が書かれている。ここがミソ!私もそれに釣られて入ってみた事がある。 店内が普通の按摩店とはどことなく違う雰囲気にアレッ?と思った。店先のソファで屯する4〜5人の若い小姐は皆私服で、ちょっと派手目な化粧をしているし・・・・・・ この先の顛末は又別の機会にお話しする(後日必ず)として、いずれにしても観光客ならいざ知らず、長く上海に滞在して物の値段が分かっている日本人は、高級志向で日本語が通じるそんな高い店など、接待は別としてもまず個人では行かないだろう。
リサイクルショップ、これはもう100%日本人を顧客にしている。上海人はたとえ見た目が新しくても中古のものを嫌う体質を持っているからだ。 リサイクルはすでに日本では常識となっているので、その点抵抗感がないから、やり様では見通しの利く商売だといえる。 日系企業の駐在員が現池生活をする上で、間に合わせに買った電化製品や家具など、日本へ戻る時にはかえって邪魔になり処分に困る場合がある。 次の交代駐在員に無料で譲ったり、引き継いで行ければ問題はないが、無理やり知人に押し付けてしまう事だってあるかも知れない。 そんな時、僅かでも値を付けて引き取ってくれる業者がいれば、誰でも大助かりだ。 確かに理に適ってはいるのだが、さっきやり様といったのは、値段が高くてはリサイクルの意味がないという事である。 初めて上海にやって来たような駐在員家族が、当面すぐ必要な電化製品など安く買えればとやって来る。まだ上海の空気に馴染めず、現地事情にも疎い。 貼り付けてある値札は事実安いのだが、この人達にはまだ日本の円感覚が抜けていない。 少し慣れてきて地元のスーパーなどを何軒か回れば、そのうち気が付くだろうが、中国製品は新品でもかなり安いのだ。それが中古なのに、新品と大して変わらない値段のものもあった。 私たち夫婦も使えれば中古でも拘らないので、電子レンジを見に行ったことがある。店内を一回りして、これは買うものがないと2人とも同様に感じた。 中古物は仕入れが安いのだから、もっと思い切った値を付けなければ、売れるものも売れないのではないかと率直に思った。これも経営者が利益を円建てで考えるとしか思えなかった。 日本食材店、これもその名の通り日本人が対象だ。商売とすると一番良心的に思える。 中国感覚では確かに高いのだが、全部輸入物と考えれば、日本で買うよりちょっと割り高ぐらいの感じしかしない。最近はこの商売の形態も多岐に渡って来て、インターネットで注文も出来、無料で配達までしてくれる。 新規オープンのデパートなどは大きなスペースを割いて日本食材のコーナーを設けている。 一見、日本のスーパーとも引けを取らない品揃えで、調理済みの肉じゃがや煮物なども置かれている。嬉しいのは焼き魚があること。上海では殆どが淡白な川魚が多く、鮭の切り身や、鯖、ホッケを焼いたの見ると懐かしさで涎が出そうになる。 パンも格段に美味しくなった。フワッと焼き上がったアンパンなど日本のアンパンより美味しいくらいだ。 5〜6年前はこういったパンがまだ少なく、中国製面包のアンパンで泣き泣き我慢した思い出がある。 何といってもボソボソで中身の餡(あん)の味が全然違うのだ。 どういった表現が当たるか考えてしまうが、チョコレートと漉餡(こしあん)を混ぜたような感じで、今でも下町の蒸し饅頭などにはこれが使われている。 こういった大資本の進出状況を考えると、この商売も個人商店では早晩太刀打ち出来なくなる運命にあるのかも知れない。 最後にクラブ、水商売の類だが、私は体を壊して以来アルコールが飲めなくなったし、リタイヤした身では仕事上の接待もないのでまだ行った事がない。 上海在住の友人によると料金システムは殆ど日本と変わらないらしい。 すなわち一晩で2000元も3000元も使うという事で、上海庶民1ヶ月の給料を一気飲みするような使いっぷりだ。それでも格落ちのクラブなどは客の減少に喘ぎ、チップなし飲み放題200元ポッキリの料金を、こぞって打ち出したところが最近多い。 だがこれだって怪しい、単なる客寄せの匂いがプンプンしてくる。私も元水商売をやった経験上、大体これだけでは帰さないのを基本にしていた。オードブルや女の子の飲み物などで、客が警戒してかなり抑えてもポッキリ料金の倍くらいにはなっていた筈だ。 それでも頑なに拒むと、暇な時は小姐も構ってくれるが、ちょっと込んでくればカウンターの隅で侘しく飲まなければならくなる。水商売とはそういう世界だ。 この商売など言わずもがな、この先も日本人相手にやって行くしかない。上海庶民とは無縁の世界であることは、誰の目にも明らかであるのだから。 私が上海と関わりを持ってから足掛け10年、その間に聞き及んだ範囲でも、企業はともかく個人資本で事業を始めた人で成功したという話はまだ殆ど耳にしていない。寧ろ、夢破れて撤退した人の話はよく聞くから、やはり大分難しいのだろう。 ここら辺りで、したたかな中国人をアッと言わせてくれるような日本人が現れて、翩翻(へんぽん)と翻る一旗を揚げて欲しいと心密かに願っているのだが・・・・・・ 2.5倍マジック!へ続く・・・・・ |