2008年6月
今月は女房の誕生日だった。当年とって??才としておこう。
正直に書くと、明日、顔にミミズ腫れの引っ掻き傷が二つ三つ出来ているかも知れないから止めて置く。
女性は子供の頃と違って、大人になったらよほど年を取ることが気になるのか、本人は喜びを表に出す訳でもなく、なるべくならそれに触れないで欲しいという顔をしていた。
いいじゃないか、この一年また無事に過ごせたってだけでも、あり難いと思わなきゃ、罰が当たるぜ。
これといったイベントもせず、淡々と過ぎた誕生日。女房もようやく冷静さを取り戻した頃、お舅さんから今度の土曜でも女房の誕生日祝いに食事を奢りたいと連絡があった。
それならそれで誕生日前後にやってくれればいいのに、ようやく静まった眠れる獅子を、これじゃ再び叩き起こすようなものである・・・・・・おらぁ、知らねぇぞ〜
今までやったこともない名指しの誕生日祝い、これは雨でも降るぞといったら、当日、やっぱり雨が降った。
降ったり止んだりの梅雨模様、小止みになった合間を狙って、電動自転車でお舅さんのところまでひとっ走り。
お舅さんのマンションは、上海でも超有名になった一大商業地区“徐家匯”の一等地にある。
元々この辺りは高級官僚が住んでいたこともあり、開発が早かったという経緯もあった。
収入にそぐわない立地に住んでいると、訝しがる人もおられるだろうが、お舅さんが勤めていた国営建設会社がマンションを建てた当時、まだこれといった高い建物もなく、この20階建てのマンションが一番高かったそうだ。
そのマンションを全部監督したというのが、お舅さんの自慢なのだが、実は資材を調達していたに過ぎない資材課長であったことが後で判明する。
会社から割り当てられた、そのマンション住居を、のちに破格に安い値段で買い取った。
それが人生で唯一の幸運だったと思えるほど、以後その周辺は、あれよあれよという間に大発展を遂げてしまったという訳なのだ。
気が付いてみたら、今では華やかな商業ビルに囲まれて、ちょっと場違いな感じもする老朽ビルになったが、お舅さんにとっては唯一財産と呼べるものであり、自分の人生を賭けて勝ち取った城でもあった。
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確かに周りには餐庁だろうと喫茶店だろうと、ブティックから輸入雑貨まで何でも御座れであるから、一見して便利には違いない。
だが、そのどれもが高級品で、お舅さんたちには関係ないものばかりだから、殆んど生活に利するところはない。
私はそんな便利なようで不便な場所にしがみついていなくても、古くたって立地がいい分、まだ高値で売れるから、早いとこバブルが弾ける前に売り払って、現金を手にした方が得策だと話している。
ところがお舅さんにしてみれば、ここが最後の見栄の砦!ここに住んでいるからこそプライドを保てているようなところがあるから、頑として聞き入れない。
そんな状況ではあるが、今日のような誕生日祝いをやるとなれば、やはり選び放題に餐庁があるのは真に都合がいい。久し振りに義弟も加わり、上海一族総勢6人フルメンバーでの会食である。
今日は誕生日祝いだから、何を食べるかの選択権も女房がすべて握っている。
甥っ子と仲良く手を繋ぎながら、
「何を食べようかな〜、やっぱり焼肉、肉、肉、肉がいいよね〜」
甥っ子がいかにも嬉しそうにはしゃぎながら、それがいい、それにしようと、せがむように纏わり付いている。
おぉ、結構楽しそうじゃない。自分の誕生日だってこと忘れているのかな?
そのうしろ姿を見ながら歩いていたお舅さんは、ふと最前に交わしたお姑さんとのやり取りを思い出した。
「幾らくらい持っていけばいいんだね?」
「そうさな〜、今日は6人だから1人20元として・・・・・150元も持っていけば十分足りるだろう」
あくまで貧乏人らしい計算である。その辺にある庶民食堂で誕生会をやるつもりのようだ。
それでも心配性のお姑さんは、遣わなければまた持って帰ればいいのだからと、少し余分に財布へ入れた。
それを知らないお舅さんは、娘が喜んでくれるのは嬉しいが、焼肉屋なんかに決められたら、これは完全に予算をオーバーすると思ったが、そんなことで悩むお舅さんじゃない。
足りなくたって身内だから恥ずかしいことはない、その時は一時娘から借りればいいと、まったくケセラセラだ。
日本人の私だったら、身内なら余計に恥ずかしい。「なんだ、兄貴はこのくらいの金もないのか」と思われてしまっては、一家の総領としての威厳は地に落ちてしまう。
上海人はことのほか面子に拘る人種なのに、日本人が考える面子とは大分ズレがあるようだ。
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先頭を行く女房が、歩道でビラを配っていた客引きに引っかかった。
お誂え向きに焼肉屋の宣伝で、すぐ横の路地を入ったところへ、5月末にオープンしたのだそうだ。
今はオープン記念として、何でも25%オフで提供しているから絶対お得と、盛んに袖を引っ張る。
正規のメニュー値段をみても、どれもかなり良心的に設定されているのに、そこから更に2割5分引きとは今日は超ラッキーである!
今日の誕生会は、ほぼここで決定だろう。
女房の顔を見れば察しが付いた。
傍で成り行きを見ていたお舅さんも、ここなら予算で間に合いそうと、内心ではホッと胸を撫で下ろした。
何だかんだと、イチャモンをつけたがる義弟が、更に突っ込んで色々聞いていたが、今日は女房の一声で決まるのだから仕方がない。
「おい、ちょっと待てよ、アンタ気が付いていたかい、この店の名前?」
宣伝用のパンフレットには、「神田焼肉」と店名が書いてある。
私らがよく食べに行く淮海路にある焼肉屋と、同じ書体で同じ名前だった。
おっ!あの焼肉屋がとうとう徐家匯に支店を出してくれたかと、最初は小躍りするくらい嬉しかった。
なんせ淮海路までバスで行くとなると30分以上も掛かるのに、ここなら電動自転車で気楽に来られる。
「私もそう思ったんだけど、よく見てよ、神田焼肉の前に小の字が付いてるよ?」
あれ、ホントだぁ、小神田焼肉店とはこれは異なこと。
う〜ん、実に紛らわしい、ひょっとすると上海の焼肉業界では名が知れている「神田焼肉」の名前を、ちょっと拝借したコピー店かも知れない。もしそうなら、これは期待出来ないどころか、逆にひどい目に遭いそうである。
どうしよう?女房も一瞬迷ったが、やはり安い値段の魅力には勝てなかった。親が親なら、子もよく似ている。
もしかして、ほんとに支店である可能性もある訳だから、まぁ試しに入ってみようということになった。
店内はちょうど昼時だというのに閑散としていた。
カップルの客が2組、ひっそりと食事をしている。やたら多い店員の数だけが目立つ、異様な雰囲気。
1階2階とも焼肉のフル営業なのに、これでは採算割れとかの段階ではない。早晩消えていく運命なのか?
私らが総勢6人であることを告げると、「2階の方に広い席があるから、そちらへどうぞ」と言われた。
木造のギシギシと鳴る階段を上がって行くと、おっ!広い広い、ざっと20卓くらいが並んだ客席が出現した。
だが、見事に客の姿はない。オープンしたてとはいえ、すでに3週間経っているのにこの有様では、ますますコピー店の疑いが濃厚になってきたぞ。
大体、焼肉店で客が入ってこない理由は、1に高くて不味い、2に安くても不味い、3が一番問題で、肉に新鮮味がなく、何の肉を使っているか分からない不信感を感じさせる、というのが通り相場だ。
特上牛肉と明記していながら、犬の肉を食わされた日にゃ、堪ったもんじゃない。
日本で大騒ぎとなった佐賀牛を但馬牛と偽った産地偽装なんて、すごく可愛らしく思えてくる。
中国人経営者の中には、そのくらいのことを平気でやる手合いがいると聞くから、よくよく店を選ばないと酷い目に遭いかねない。かくいう私も経験があるから、そういう疑いについてはかなり敏感なのだ。

イメージ写真ではあるが、私らが入った店もこんな感じだった |

さすが本場の焼肉はうまい!・・・・思い込みは禁物でっせ! |
そもそも人間の舌はいい加減だから、肉をタレなどに漬け込んでしまうと、何の肉か分からなくなってしまうから始末が悪い。いやいや、そんな鈍感なことを言うのは私だけかも知れませんけどね。
もしそうだとしたら、旨いものを食べられなかった貧乏育ちの舌ゆえの、悲しい過去が多分に影響している。
女房と韓国へ自由旅行へ行った際、折角、本場に来たのだから腹一杯焼肉を食べようと示し合わせた。
ガイドブックを片手に有名店を何軒か回ったが、どこも私らにとって予想外に高い。
この辺はお舅さんとよく似ていて、貧乏人の考える適正値段とは、かなり低いのである。
本場に来てこんなに高い筈がない!店なんか少々汚くたって、韓国庶民が利用する大衆店を探そうということになった。女房もこういうことでは労力を惜しまないし、私と非常に馬が合うところである。
知らない土地を路地から路地へと探し回り、もう歩き疲れて「どこでもいいや!」と思った時に、とうとう見つけた。
イメージ通りの大衆店、店のガラス越しに中を覗くと客もそこそこ入っている。
「ここでいいな、ここにしよ!」
あくなき女房の探求心に釘を刺すべく、私は半ば強引にその店に決めた。
思い切って入口のガラス戸を開けて中へ入ると、右側にテーブル席が5つ6つあって、左は30cmくらいの小上がりの板の間になっていた。スペースは板の間の方が広く、円卓が7〜8台置かれていた。
先客がモウモウと煙を立ち上らせて、大き目の肉を網の上で焼いている。「よしっ!ここなら大丈夫そうだ」
初めての店は常連客らしき人が、うまそうにパクついているとなぜか安心する。
一にそれは足繁く通うほどの美味しさの証明であり、値段も手頃だという約束でもある。
愛想のいい韓国おばさんが近寄ってきて何か言ったが、私らが首を傾げると日本人だと分かったらしく、小上がりの円卓席に座るよう勧めてくれた。
すぐにメニューを持ってきてくれたが、全部ハングル語では分かる訳がない。
言語の好きな女房が、旅行前に少し韓国語を勉強してきたが、とてもそんな程度で通じる筈もなかった。
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仕方がない、ガイドブックに載っているジュゥジュゥの焼肉写真を見せた。
これは万国共通、韓国おばさんも一発で理解してくれたが、すかさず女房が中国流に一人前幾らかをしつこく聞いた。
数字も万国共通である、身振り手振りを交えながら教えてもらった焼肉値段は思ったより安く大いに満足した。
最初に回った有名店の、約半値くらいだったと記憶している。
私らは顔を見合わせ、韓国庶民が行く店はやっぱり安いかったことを改めて確認し、それを探し当てた達成感を喜び合った。
しかし、焼肉だけ食べて帰るのも脳がないな、どうせなら目先の変わったものも食べてみたい。
そこで先客のテーブルに並べられている料理をジッと見詰め、何とか日本人と中国人でも食べられそうなものを選んで、韓国おばさんを呼び、先客に失礼だとは思ったが指差し確認でいくつか頼んだ。
円卓に次々と肉が並んだ。日本と違って1枚が容赦ないほどの大きさである。
それをジュワ〜と網に乗せ、焼き頃になると韓国おばさんが鋏でジョキジョキと切ってくれた。
キムチやサンチュなどの野菜も山盛り持ってきたが、頼んでないとゼスチャーすると、これは付き物でタダだからいくらでもお代わりしていいのだという返答があった。サービスいいねぇ、韓国って!
さすが本場の焼肉は美味かった。女房ともども舌鼓を打ち、大満足で韓国焼肉の一夜が終わった。
勿論、外国人だからといって、中国みたいに勘定になって吹っかけられることもなく、最後まで良心的だった。
韓国おばさんに、唯一覚えた韓国語のカムサハムニダ(ありがとう)を連発して店を後にする。
ここで振り返らなければ、韓国自由旅行も目出度し、目出度しだったのだが、何気なくちょっと振り向いた。
そこで見たものは・・・・・・・入る時には気が付かなかった、店の横手窓に描かれた大きな豚の絵だった。
しまったぁ!あの店は豚肉専門店だったのか!
焼肉といえば牛肉と思い込んでいた私らは、豚肉の焼肉に舌鼓を打っていたのだ。
道理で安かった訳だ!確かに韓国では豚の焼肉もポピュラーに食べられてはいるらしいが、私らはあくまで牛の焼肉を食べたかったのである。
説明が長くなったが、このように味付けによっては、牛も豚も分からなくなるという経験談の一幕。
やっぱり、そんなことを言うのは私だけなのだろうか?
| 2008年6月26日更新 次回まで中国ランキングのクリックよろしく。 |
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