国際結婚奮闘記
| 2003年8月 8月に入ったというのに、不快指数も上がらない涼しい夏。 今日は朝から台風の影響もあって曇り空、夜半になって強い雨が降り出した。 我が家の屋根はトタン葺きなので、外を見なくても雨音で降り具合が大体分かる。 ピンポ〜ン!ピンポ〜ン! 「誰だぁ今頃?」・・・・・こんな夜更けに来る奴は、新聞の集金人くらいしかいない。 パソコンに熱中の女房が、アナタが出ろ!と無言で顎をしゃくりあげる。 インターホン越しに、良く聞き取れないモゴモゴした男の声が聞こえる。 辛うじてNHKというのが聞き取れた。なぁ〜んだ、視聴料の集金か? ウチは引き落としの筈なのにと訝りながら玄関口を開けると、若い青年が濡れ鼠で立っていた。 ハテ?見たことのない顔。 「8月○日、前のアパートでテレビのドラマ撮影に来ます。ご迷惑をお掛けしますがよろしく・・・・・」 傘を差してきたのだろうか?ひどく濡れている。なんか天下のNHKがみすぼらしく見えてきた。 わざわざ雨の日に来なくてもいいのに・・・・・上司の命令かイジメか?一見、駆け出し風の若いスタッフ。 幾分雨に濡れた包装紙の手土産を、ぎこちなく差し出す。 私は手土産や贈り物の類には昔っから弱い。若者への同情も相まって、その旨即座に快諾した。 手土産も食べてしまえば、こっちのモノ。 そんな事もすっかり忘れていた1週間後のく早朝、ホントに撮影隊がやって来た! 朝ッパラからヤケに外が騒がしく、閑静な住宅街にしては真夏の珍事。 2階の窓からソッと覗き見ると、夜明けの夜逃げか引越しか?と最初は思った。 家財道具一式が次々と運び込まれているが、それにしては人数が多すぎる。古い木造アパートの引越しなどコソッとやるのが普通で、知らない間に新しい住人が居たなんてしょっちゅうだからだ。 そこでピーンと来た。そういえばTVドラマの撮影があるって言ってたっけなぁ。 ドラマの 舞台になる老朽アパート。築40年になんなんとするこのアパートは、その筋では名が知れているらしく、随分前にも映画の撮影に使われた事がある。 各部屋には申し訳ほどの炊事場があるが、トイレは共同。この条件では今時中々借り手が見付からないのも当然で、8世帯の半分は空き部屋になっていた。 どうやら出入りに都合のよい1階の角部屋がドラマの舞台になるようだ。 廃屋同然だった内部は、瞬く間に若者の独身部屋にセットされた。 別の一班は撮影機材の搬入。大型ライトやらカメラ移動のレールなど狭い道路を埋め尽す。 あれ!あれ、たかがTVのドラマ撮影と思っていたが、こんな大掛かりとは・・・・・ その数、30人近く。静かな住宅街に突如巻き起こった大騒動。 助監督らしき中年男が、矢継ぎ早の指示を出す。大道具小道具係や録音照明係が目まぐるしく立ち働く。 映画作りは各パートの分担が明確に別れていて、他の仕事には決して手を出さないと聞いた事がある。 片や中年現場管理者。かなりダブダブのTシャツと、若者が好んで穿く中途半端に長い半ズボン姿。 どうも芸能界絡みは、世俗と一線を画す意識が強いのか変り種が多いようだ。 気持ちは分かるが、背伸びし過ぎてチャップリンのように何処か滑稽に見える。 「自転車が通りま〜す!ご迷惑お掛けしますぅ」・・・・交通整理が主な仕事、腰が低く如才がない。 これで給料がもらえるなら楽な仕事といえるが、きっと傍(はた)で思うほど甘くはないのだろう。 日も高くなった頃、準備万端整え終わった現場に監督と俳優が到着。 主演の若い男女とも、今が旬のトレンディ俳優。ブラウン管ではよく目にするが、名前は知らない。 亜麻色の長い髪をなびかせ、明るく洒落た服装の美人タレント。バックが老朽アパートだから余計に眩しく光って見えた。 撮影隊を率いる総帥は監督。TVドラマでも映画と同じで、やはり監督が一番偉いらしい。 サンダル履きは戴けないが、口髭を蓄え恰幅のいい体格と物腰は、一目でこの人が監督と分かった。
道路はテント張りで占拠。人がやっと通れるくらいだが、滅多にお目に掛かれないドラマロケに住人は文句を言う気配なし。 普段口うるさいおばさん連中も、あわよくば人気の俳優さんとのツーショットを虎視眈々と窺っている。 1日目は部屋の内部に篭(こも)りっきり。6畳一間だから、カメラさんは窓越しに外から撮っている。 普通、建物の外観や外での芝居を撮り終えると、内部シーンはスタジオにセットを組むと聞いたが、最近はNHKでも予算が厳しいのか知れない。 幾本もの長いケーブルが部屋から引き出され、それが道路のテントに陣取ったモニター画面に繋がれている。専用チェアーに踏ん反り返った監督は、片手に団扇、片手にトランシーバーを持ち、次々と細かい指示を出していた。 なんの商売でも偉くならないと楽は出来ない。中にいる照明係や若いスタッフは汗みどろの奮闘中だ。 撮影は夜間に突入。その前に食事休憩となり、ダンボール2箱に詰められたロケ弁当が配られた。 これは俳優もスタッフも監督も一律同じ。同じ釜の飯を食べているという一体感が大事だ。 映画やTVドラマ作りには、湯水のようにお金が掛かると聞いていたが、こんな大勢のスタッフを従えていては、まさに納得だ。 映画全盛だった昔なら監督は神様同然、気に入った雲が出るまで気長に待つ“雲待ち”や役者の内面から湧き上がる“演技待ち”など我儘も当たり前だったらしいが、今はそれも伝説の世界。時間と予算の戦いなのが容易に想像できる。 細かいカット割りのテストと本番を繰り返し、時刻も10時を廻った。 飽きもせず2階の窓から眺めているコッチも、やや疲れが出て来た。 「ヨ〜シ!最後のカット行くぞ!」 恐らくTVにオンエアされれば、5〜6分で流れてしまうだろう、それぞれのシーンを丸1日かけて撮っている作業を目の当たりにすると、TVドラマとはいえ、徒(あだ)や疎かに見られない気がしてくる。 「お疲れさ〜ん!」監督の一声で、11時にようやく1日目の撮影が終了した。 俳優もやっと狭い6畳から開放され、古参のスタッフも帰り始める。 後に残された若いスタッフが、黙々と片付けをしているのが印象的だった。 ・・・・・・・こりゃ、よほど体が丈夫でないと勤まらないなぁ〜
2日目の朝も早かった。あの若いスタッフはどのくらい寝たのだろう。 手際よく昨日と同じ状態に戻す準備作業を進めている。それなら昨夜遅くまで、あんなに綺麗に片さなくてもいいのに・・・・・ 今日はゴミの収集日。ゴミ袋片手に外へ出た私は、バッタリ例の若作りの現場管理者と顔が合った。 「ご主人、チョットお願いがあるんですが・・・・・」 ムムッ!なんだ、2階からの見物をヤメロとでも言うのか?それともエキストラ出演のお願いか? 「実は・・・・・女優さんにトイレ貸して貰えませんか?」 (ドキッ!あの美人女優かョ。願ってもない!そりゃ、断れないだろう) 「イイですョ。どうぞ、使ってください」・・・・・・ 「あ〜助かりました・・・・・・・それで洋式ですよネ?」 一瞬何でそんな事聞くのか分からなかったが、すぐに合点が行った。 老朽アパートにあるトイレは、美人には辛い共同和式。 いつの世も美人はお得なモノ・・・・・まぁ、その分、花の命は短いか? 今日は天気もマァマァ、外でのシーンを全部撮り溜めするらしい。 主人公の二人が初めて出会うシーンのテストが延々と続く。バックが煤けた古アパートだから、若さ溢れる俳優の顔が余計活き活きと見える。 「ねぇねぇ、チョット見てみな。日本の女優も綺麗だろ〜」 女房は昨日から撮影隊にはトンと関心を示さず、相変わらずパソコンの虫。 面倒くさそうに緩慢な動きで立ち上がり、私の肩越しから覗き見た。 「う〜ん、マァマァだね。中国の女優はもっと綺麗だョ」・・・・・オッ!張り合っているな!聞くんじゃなかった。 ロケ隊にしてみれば大きなお世話だろうが、目に見えた進展がないのは、見物している方にとっちゃぁ面白くない。近所の野次馬も少しづつ減り始めたので、こちらも暫しの小休止。 思い出したように小1時間ほどして再び窓を開けてみると、大きく様子が変わっていた。 「ナンダ!ナンダ!もう終わりだョ〜」 小道具の家具が外に運び出されている。その横には軽四輪のトラックも待機中で、あきらかな撤収態勢。 待てよ?それにしては機材を片付ける気配がナイ。ハハァ〜ン・・・・・引越しのシーンか。 道路を占拠していた特大テントは姿を消し、モニター機器と監督はズッと後方に陣取っていた。 引越し最中の主人公をヒロインが訪ねてくるシーン。カメラ移動用のレールも敷かれた。 ここで又テスト、テストの繰り返し。イメージ通りにならない監督は、巨体を揺すって直接の演技指導に走る。 「ワタシ、プールへ行ってくる!」 今日はロケ見物に忙しい。話しもろくに聞いてくれないと業を煮やした女房、藪から棒に言い出した。 運動嫌いの女房、三十路も半ばになって、最近ウェスト回りの贅肉が気になりだした。 そこで嫌々ながらも、運動不足解消のため時々区営の温水プールへ行くのだが、連れが欲しいと見えていつも「一緒に行こう」と誘う。だが運動嫌いは私も同じ、悪いとは思いつつも勘弁してもらっている。 「今ならイイんじゃないの、まだテスト中だから」 水着の入ったバッグを提げて、今か今かとGOサインを待っていた女房。勢いよく階下へ下りていった。 車庫に愛用の自転車がある。トットと行かなきゃ又出られなくなる。焦る女房の顔が目に浮かぶようだ。 「ハ〜イ!それじゃぁ本番行きます。静かにしてくださ〜い」 助監督の叫ぶ声!・・・・・アレ!そりゃまずい。 大声出して階下の女房に知らせる訳にもいかず、固唾を呑んで事態を見守った。 「ヨ〜イ、スタート!」・・・・・カチンコの小気味良い音が鳴る。 辺りに静寂と緊張が走り、ヒロインを追い駆けて、カメラがゆっくりレール上を移動する。 最悪の状況!ウチの電動シャッターも、油切れの軋む音を派手に立てつつ、ゆっくり上がり始めた。 「カット!カット!カァ〜ット!」・・・・・こめかみに青筋を立てた監督の怒号が響く。 思わず逃げ出したくなった。知らぬ顔でソォ〜と窓を閉めようかとも思った。 そんな事とは露知らぬカミさんは、何事が起こったかとキョトンとしている。 「す、すみませ〜ん!悪気は無かったんで〜す」・・・・・2階の窓から叫ぶ私。
変わり映えのしない御馴染みのロケ弁当昼食をはさみ、午後も快調に撮影が進んだ。 どういう訳か、引越しシーンを取り終えた家具類が、ご丁寧にも又部屋に運び戻された。 ウン?やる事がよう分からん? それが終わるや、今度は大きな暗幕で窓を囲い始めたから、ますます分からなくなった。 監督とモニター班が、我が家の正面に移動してきた。モニター画面がバッチリ見える。 部屋の中での様子が丸見えで、公然の覗き趣味満喫。 アラッ!?高鳴る胸の動悸。まさか、まさかのラブシーンが目の前で始った。 なんという幸運、なんという最良の日。幸せひとり占めかぁ〜 美男美女が結ばれるシーン、あの狭い6畳間によく布団が敷けたものだ。 昼日中でも暗幕のお蔭ですっかり夜ムードだが、淀んだ空気の締め切り状態。 文字通り、別な意味での汗みどろ・・・・・・・芸能界で生きて行くのも大変だぁ〜 さすがはNHK、本番はさらりとしたラブシーン。露出も胸元までのソフト路線。 愛する二人が布団に横たわり見詰め合う。倒れ込むように抱き合う上に布団の縁が被る。 本番はこれだけの至って色情を感じさせない作りだが、ところがテストを繰り返す最中は隠してばかりもいられない。時々眩しいばかりの裸体がモニター画面を横切る。 もっとも上半身だけだったが、人気女優の小振りな胸を見られただけでも、随分得をした気分になった。 (でも遠くから見たモニターだから、肉襦袢(古い!)を着ていたかどうかは定かではナイ) ピンポ〜ン・・・・・若いスタッフがインターホンを鳴らす。モニターを盗み見しないで欲しい要請か? 「ハ〜イ」・・・・・・「すみません、トイレを貸していただけませんか?」 オッ!やっとお呼びが掛かったか。急ぎ階下へ下り、1階のトイレに案内した。 間近に見たヒロイン女優は、又一段と華やかで美しかった。 このドラマは秋に放映とか・・・・・・・残念ながらその頃私達は上海にいる。 |