国際結婚奮闘記
8.妻の反乱
| 今に始まった事ではありませんが、当家の妻は自立心と上昇志向が異常に強く、豊かになりたいと言う渇望はある種の執念を感じさせます。 豊かになると言っても決して心の豊かさではありません。 単に金持ちになりたい欲望が異常に強いだけの話で、妻の友人にもそういったタイプが多いから、きっと上海小姐は往々にしてその傾向にあるのかも知れません。 女房はイヤと言うほど幼い頃の貧しさが骨身に沁みているらしく、常に強迫観念にも似た焦りに突き動かされているようです。 上海人はプライドが高い分、武士は食わねど高楊枝よろしく、滅多に表情に出さない為、逆に始末が悪いのであります。 貧しさでは引けを取らない過去を持つ私だから、妻の気持ちが痛いほど良く分かる。何とかしてやりたいとの思いは重々だが、先走りした気持ちが滑ってひとり相撲の空回り。 要するに何を考えているか分からナイ!そんな事が未だに時々あります。 しかし世の中巧く出来ているもので、日本と中国の発展成長時期のズレが大幅年齢差と丁度巧く噛み合って、お互いの共通する貧しさの過去が、世代を越え国境を越えて太い絆となりつつあります。 上辺はともかく深層の部分では、そこが理解し合える拠り所にもなっています。まったく天の配剤に感謝せずに居られません。 思えば金の卵と持てはやされた私達団塊の世代も、嘗て豊かになりたい一心で遮二無二働き、日本の高度成長を支え歩んで来た懐かしさとオーバーラップするのです。
若さゆえの夢もあるだろうし、マァそれはそれで誠に結構なのですが・・・・・ だが少々度が過ぎるきらいが無きにしも非ず、それによる皺寄せや弊害が亭主側に少なからずある事も、本人はトンと気付かずお構いなし。 何とか亭主の世話なんかにならず自力で生きて行きたいという妻の願望は、ひとたびチャンスがあれば迷わず突進し兼ねない不気味な怖さを漂わせています。 これはもう、女房と言うよりも娘を育てる感覚で、堪え難きを堪え、忍び難きを忍んで頑張るしかないと覚悟を新たにする私でありました。 しかし敵も然る者、引っ掻く者、生半可な覚悟など吹っ飛んでしまうほどの勢いは留まる所を知らず、もうタジタジの態。 ウチの上海妻にとっての人生の成功とは、すなわち金持ちに成れるかどうかで決定すると頑なに信じているから、タマの衝突はこれ又どうしても避けられない。 何か行動を起こすにも、金に成るか成らぬか、自分にとって将来有益かどうかを冷静に見据え、損得の度合いによってはエンジンの掛かり具合も大きく違ってくるのであります。 目的の為には手段を選ばない気概、多少のリスクなぞ厭わぬ根性、どれをとっても男さえたじろぐ迫力なのです。 こんな調子なので女の色気を見出すのは至難の業。どこか男と暮しているような殺伐感と戦場のような緊張感が漂う毎日なので、口には出しませんがホント疲れますョ。 アットホーム、あぁ安らぎの言葉。いえいえこの期に及んで、無い物ねだりなど口が裂けても言えません。何か不満でも漏らそうモノなら、怒涛の反撃を覚悟せねばならないから。 結婚した当初、なんせ20歳も違うから体力・敏捷性では多少劣るものの、知力・先見性では一日の長があると自負していたので、まぁナントカなるだろうと全く先の心配など夢想だにしなかったのですが。 あれから早や5年経ったが・・・・・・・やはり甘かった! やはり20歳の年齢差は、歴然と重く圧し掛かって来た。 未来を考えられるという事は実に羨ましい事で、傍目に見ていても実に清々しい。 若い人はこうでなくちゃぁいけません。私だって嘗てはそう云う時代もあったが、今となっては一種の郷愁にも似た懐かしさが先行してしまう。 要するに物事に対する取り組み方の姿勢や真剣さが違うし、第一柔軟な脳ミソは私のように覚えた事も端から零れやしない。 中国語がいい例だ。カミさんが中国人なのだから、少しは勉強するなり覚えたらよかろうと思うのだが、これがからっきし駄目で教わる傍から頭に留まってくれない。実に私の財布の福沢さんと同じなのである。 カミさんの話に戻ろう。 問題は若さに任せて家庭などにジッとしていないタイプなので、放って置くと何を言い出すか、やらかすか分からない心配で、いつも戦々恐々としている訳です。 「友達は結婚してもスナックで働いてるョ、私も行こうかナァ〜」 「エステは給料イイらしいみたい、何もしないのは勿体ナイョ!」 ・・・・・「アホかぁ、何を考えとるんじゃ」と言いたくもなる。 どうせ働くなら、もちっとマトモな所はないのか、少しは常識を弁えろと思うのだがこれが通じない。本人は同じ時間を拘束されるなら、給料の高い方を選ぶのは当然という考えだからどうしようもない。 働いたって家計に繰り入れるつもりなど毛頭ある筈もなく、独り占めなのはハナから先刻承知である。いや、仮に殊勝にも繰り入れの申し入れがあったとしても、僅かな金銭の為に「金輪際そんな危ない橋を渡らせる訳にはいかない」何がなんでも絶対阻止の徹底抗戦。 幾らお人好しの私だって、これだけは引けない最後の砦、玉砕覚悟で説得を決意した。 しかし頭ごなしに却下したら、火に油を注ぐようなもの。理責めで納得させねばならない。
「大丈夫よワタシ、そんな馬鹿じゃナイヨ」 そう云う問題じゃないと思うのだが、説得は続く・・・・・・ 「ワタシ、何もしないうちにお婆さんになっちゃう〜」 本人は焦りの色を見せ、なんとしても強行突破を目論む。 「人間はネ、必ず1回や2回はチャンスがあるもんだよ」 「まぁ1回は俺と結婚した事で使っちゃったから?あと1回くらいは必ず来る。その時にパッと掴めるよう下準備して置くのが成功の秘訣ってもんだぜ」 私もここぞとばかりに強気の洗脳教育で攻めた。 歳から言えば当然の事なのだが、私が計らずもお先にオサラバした後でも心残りのない様、こりゃ急ぎカミさんには生きる術なり、将来の目標を考えてやらねばならない緊急課題として痛切に感じた次第。 最初は勉強好きなカミさんの性格を巧みにくすぐり、将来食いっぱぐれのないパソコンと英語の習得と、日本語はペラペラで普段の生活には支障がなかったが、この際1級検定資格も取る事を勧めた。・・・・・・・エステやスナックより余程前向きだ! これがまんまと図に当たった。 朧気ながら目標が定まった所為か、エンジンが掛かってしまえば恐るべき中国パワー炸裂。まさに女の一念岩をも通すほどの大迫力で果敢に挑戦していった。 当初、私はパソコン教室なり駅前留学と宣伝喧しい英語スクールへ通うものとばかり思っていて、それなりの出費も覚悟していたが中国人はここが違う。 ハナからそんな無駄な銭など使うつもりはなかったらしい。それが分かれば尚更大安心で、私は諸手を上げて後押しに廻った。 パソコンの進歩は目覚しい。半年経てば既に中古、能力は雲泥の差ともなってしまう事を私は知らなかった。我が家には計理士に勧められて、随分前に止む無く購入した骨董品的パソコン1台あるのみ。 カミさんは文句も言わずキーボードの叩き方から始めた。 素人同然のパソコン知識から、次々と難解なパソコン手引書を独学でマスターして行くに連れ、容量が足らなくなり見事に動かなくなった。 ギギィギギィ・・・・・もうイヤだ!イヤだ!と悲鳴に近い。 アウト、万事休す・・・・・・最新式のパソコン購入と相成った。なんのなんの!パソコン教室の月謝を考えたら安い投資だ! 私は何を選んだらよいか皆目分からず、カミさんに一任すると、これ又驚くべき精力で全メーカーの製品を比較検討。パソコンに詳しい語学交流のアメリカ人に相談したり、結局迷いに迷った挙句、そのアメリカ人イチ押しのゲートウェイPCに漸く落着した。 私にはあまり聞き慣れないメーカーだったので、ちょっと心配だったがアメリカのメーカーらしく無駄を極力省いて良心的な価格設定にしたスグレものでありました。 見様見真似、説明書と首っ引きで接続も難なくこなし唖然とさせた。私は自分に出来ない事をいとも簡単にヤッテ退ける人は、ついつい尊敬してしまう癖がある。 それからと言うもの、パソコン熱は更に拍車が掛かり、もうどうにも止まらなくなった。 1日10時間は日夜格闘していただろうか?・・・・・・・ 深夜2時3時まで明かりを煌々と点けてヤルくらいなら、朝いつまで寝てないで昼間存分にやったら良かろう思うのだが、本人は夜の方が集中できると聞き入れる気配ナシ。 解説書など私だって2〜3頁開いただけで、こりゃアカンと即万歳したのに「何でお前に分かるの?」 しかも日本語で書かれているのに・・・・・・如何にも摩訶不思議? いやいや、まさに鬼気迫る猛勉強振りでありました。 加えて睡眠時間が10時間だから物理的に家事など出来る筈もないし、第一眼中にナイ。 これはいい、元々今までだって大してやらなかったのだから、然したる影響はない。 如何わしい所へに働きに行かれるよりはマシと、私も涙を飲んで今まで以上に協力を惜しまず気配りするよう心掛けたのでありました。
中国人の経済的観念は、実に金が掛からなくて大歓迎だ。 外国人情報誌に語学交流の募集を掛け、独身という触れ込みで歳もチョと誤魔化した。 男の下心はいつの世も世界共通なのか、引っ切り無しに妻の携帯電話は鳴った。 どうせ勉強するなら、最初からキチンとした英語を覚えたいと、なるべく母国語が英語である人を厳選してた様子。 パキスタン・インド・果てはイタリア系の人からも申し込みがあったが妙な訛りが気になる様で、情に流される事なく毅然と断わった。 傍らで聞いていて「なにもそんな突慳貪に言わなくても・・・・・」と思うのだが、中国人にしてみればこれが普通。慣れたとは言えやっぱり喧嘩腰に聞こえる。 女房にしてみればハッキリ断わらなければ、この手の人はしつこくて何度でも電話して来るから大変だという思いもあったのだろう。 結局、アメリカ・オーストラリア・イギリスの混成チーム4〜5人に落ち着いた。 皆それぞれ中国に興味を持ち中国語の習得を希望していて、まさにお互いの利益が噛み合って、いよいよ思惑通りのスタートに相成りし候。 職種も空軍パイロット、大学講師、英語教師などで私としても幾分安心ではあるが、案外、間違いの綻びなんてのは往々にしてこんな事から起きる。 それからと言うもの週に3回ルンルン気分で出掛けるので、正直、大年上の亭主たる寛容さをもって、にこやかに送り出す顔とは裏腹に心中はそれほど穏やかではなかった。 その内、カミさんも私の微妙な心理を感じ取ったのか「一度見に来たら?」とのお誘いを受けた。 「いいよ、いいよ、信用しているから」 ここで妥協しては男がすたる。グッと堪えてやせ我慢・・・・・・・堅く固持しようと思ったが、マァ一度だけなら悪くはなかろうと、おずおず女房を尾行するかのようにくっ付いて行った。全く妙な気分である。 その日はオーストラリア人の英語教師。 激しく人が行き交う繁華街、待ち合わせ場所で所在無げにショルダーバックを抱えて待っていた。 やって来たのは雲を突くような大男! 背丈2mは優に越えているだろう。どんな奴か高ぶる気持ちも思わず萎縮してしまった。 喫茶店のイスがお子様専用イスに見える。お尻をちょっと揺すったら即バラバラに壊れそうだ。 私は彼が背を向けた位置に陣取って全身を耳にした。生憎、大きすぎる巨体にすっぽり隠れて愛妻は見えないが親しそうに話を始めている。 女房の浮気調査もどきな自分に吹き出しそうで、ますます妙な気分である。 中国語も英語も解さない為、従って話の内容も皆目分からないが、一見して語学交流には間違いなさそうな雰囲気でチョッピリの安堵感。 雨にも負ケズ、風にも負ケズ、誕生日にはシラッとプレゼントまで貰いながら、メキメキと上達して参りました。本人の努力は私が一番よく分かっています。 1年の内、カミさんは4〜5ヶ月上海に戻るので、開始以来のメンバーも随分変わりましたが、その都度、又良きパートナーと巡り合いナントカ続けて来られたようです。 中には夫婦同士のお付き合いにまで発展して、食事をしたりカラオケに行ったり、私自身も外国が随分身近に感じられるようになったのは大きな収穫でありました。 それにしても白人系は、どうしてあぁも人目を憚らずベタベタ、チュチュするんですかネェ、こっちが赤面して目のヤリ場に困るくらいで、相手の日本人妻は言い訳に必死でした。 あれから2年、飽きもせず諦めもせず「よく頑張った」と内心は大いに誉めてあげたい心境であります。 妻も自分なりに自信がある程度ついたのか、語学仲間の友人に勧められ、TOIEICの試験に挑戦する話が持ち上がりました。 「なに、それ?」私は英語の試験と言えば英検と思っていましたから、恥ずかしながら始めて耳にしたのです。正直、990点満点中、精々500点も取れれば大成功、「プレゼントのひとつも買って上げなきゃなァ」ぐらいにしか思っていませんでした。 ウチのカミさんはどういう訳か試験度胸が良い。本試験を落ち着いて出来る人は、まったく幸せモノです。私など建築士の試験で時間が足りず、最後はミミズがのたくったような字になって焦り捲くった苦い経験があります。 日本語検定1級試験など殆ど予習もしませんでした。こちらが心配して「どうせ受けるなら1回で取れるように、少しは勉強してったら?」と優しく諭すが本人は至ってケセラセラ。 「大丈夫だヨ、あんなモン1回で取れるヨ」 おうおう、あんなモンとは大きく出たな!世の中そんな甘いモンじゃないんだ、あとで吠え面かくなヨ!・・・・・・ 結果、本人の予告通り合格しちゃった。 そんなに世の中甘いのか、言った私の立場がない。 だが今度のTOIEIC試験は様子が違う。 試験日1ヶ月前より普段にも増して猛チャージ、当日慌てないように試験場の下見までして入念な準備を施していた。いつになく緊張しているようだ。 当日、「1回目だから気楽に行きなョ」と明るく送り出した。 試験はまる一日掛かり、いかにもホッとした表情で帰って来た。いつもの気炎が聞かれないから、どうやら出来の方はイマイチだったらしい。 ウチの奥さんの良い所は切り替えの早い事、終わった事はいつまでもクヨクヨしない。 それから数日して試験の為のびのびになっていた上海へ夫婦仲良く出発した。 2ヶ月の滞在中TOIEICの事などすっかり忘れて帰国してみると、毎度の事ながら郵便の山。 「そう云えば、試験結果がきている筈!」慌てて目の色を変え探し始めた。 「あった!あった!」封を切るのももどかしく、急ぎ取り出して恐る恐る覗き見た。 試験結果625点の眩い数字が光る。予想以上の点数だったようだ。 途端に女房の得意満面な最高の笑みがこぼれた。精一杯の背伸びをして 「ワタシもこのぐらいはいくと思ったョ」・・・・・・・ 相変わらず可愛くない言い草だが、まぁ今日は許してあげよう。あれから更に1年、破竹の進撃は止まらない。今年は800点を目標に気を緩めるどころか、益々厳しさに拍車が掛かっている。 夫婦であるから利益は分け合うもの、私だって随分と協力した。 結果的に私も女房の努力のお零れを頂戴して、多少ともパソコンを扱えるように成り、お陰で世界が広がった。 国際結婚ゆえの悩みや苦労を共有出来る多くの友人とも知り合う事も出来た。 以前の私だったら英語圏の海外生活など夢のまた夢、それが今や手に届く所まで来ています。 女房を当てにしているのがチョト情けなくもありますが、ええ〜い夫婦一心同体と考えれば、私の後人生に計り知れない可能性を提示してくれた最愛の女房に大感謝せずにはいられません。 如何にも20歳違いで不均衡な危うい結婚生活も5年持ちました。 年月を積み重ねるうちに、自然とお互いの領分が見えて来るし、一見、妻の我侭と見える事にも私自身随分救われている事だってある。 夫婦はこれでイイと思う。 ましてや、普通の夫婦のように恐らく長くは一緒に居られない。申し訳ないと思う分、出来るだけ優しく接して良い思い出を作ってあげたい。 そうしなければ、また私の気も済まないのであります。 ウチの家庭はこれでイイと思う・・・・・・・ 9.私のジャンヌダルクへ続く・・・・ |