国際結婚奮闘記

6.夫と友人の呼び方

 中国人が人を呼ぶ時は大概フルネームで呼ぶ。親しい人ほど呼び捨てである。
従って当然、夫である私は呼び捨てにされる。
家の中ならまだしもデパートやスーパーでこれをやられる。しかも大声でやられる。
ドキッとして恥かしさの余り素知らぬ顔をしていると、こちらが返事をするか、手を振るかするまで執拗に呼び続ける。いい歳をして余程の恐妻家に見える事受け合いだ。
まったく穴があったら入り込みたい心境で有る。
それで又、気分を損ねないよう気を配りながらのお願いと相成る。

「アナタの気持ちは解るが日本で暮らしている以上、日本の習慣も考慮して欲しい。私の立場って言うものもある」
「自分の夫を〈さん付け〉するなど到底出来ない!そんな他人行儀なこと中国では聞いた事がない」

けんもほろろに猛反発していたが、再三の説得でシブシブ了承を取り付けた。


結果、更に困る事になってしまった。

今度は○○さ〜んと呼ぶようになった。そうお願いしたのだから、それは良しとしよう。
しかし音量は変わらないし、第一日本では大体夫婦同姓だから、大声で姓を呼ばれれば周囲はまず他人同志と言う前提で当然見る。その上どう見ても親子ほど歳が違うから、よくよくタダならぬ関係に見えるらしい。・・・・・・・・・・これも恥かしい。
戸惑う私を一層周囲は訝しげに上から下まで眺めつつ、疑いの眼が光る。
私は何やら怪しげな愛人に成り下がり、倍加した羞恥に又もや身を隠せる穴を探す。

 チョット前迄の話だが、私の友人を妻は自分にとっても友人であると公言して憚らなかった。
昔から家族ぐるみで付き合っている友人と、時折一緒に食事をするのを楽しみにしていたが、結婚以来、暫く遠のいた事がありました。・・・・・・・・今は復活しました、お蔭様で。
相手の奥さんは日本人だから「○○さん、いつも主人がお世話になっています」このくらいは言うだろうし、普通の挨拶である。
女房は「あっ、どうも」でお終い。
これはいい、外国人なんだから言葉も完璧でないし許せる範囲だ。
その後がいけない。食事間の会話の中、いくら私が○○君と呼んでいたとしても、妻も一緒になって ○○君と呼ぶ事はない。
しかも私の古い友人だから、当然歳は妻と20歳前後違う。○○君○○君と気安く呼ばれて、友人もその奥さんも面食らっていましたよ。
その場で注意をしようものなら、友人そっちのけで議論が始まりかねないので、ハハハハ〜と力なく笑って誤魔化した事が、一度や二度ならず・・・・・・・クフ〜(泣)
そのくせ、私が妻の友人を呼ぶ時は、さん付けである。
これは日本人の言わば癖でもあるから仕方ないとは思うのだが、どうも一方的に尻に引かれているようで釈然としなかった。
しかし、案ずるより産むが易し、それも時が解決してくれて、今では少なからず日本の常識を弁えるようになってくれた・・・・・・・・心配せずともホントに何とか成るもんだの好例。

話のついであるが、同居をしている私の母親の呼び方については、大好評を博している。
前妻はご多分に漏れず嫁姑の折り合いが悪く、24年間「お母さん」と呼んだのを殆ど聞いた事がなかったが、今度は違う。何のてらいや屈託もなく、自然に且つ躊躇いも見せず、大きな地声で「お母さ〜〜ん」と呼んでくれる。 ・・・・・・・・・・・これは有り難い、タダで親孝行が出来たようなものだ。
母親も、さすが家族の絆がシッカリした中国ならではと、感謝感激雨あられ。
折角、手放しで喜んでいるのだから真実は伏せている。
その事で、ある時さり気なく聞いた。愛妻曰く・・・・・・・

「お母さんは外国語だから言い易いョ、何か名前呼んでるみたいョ〜」???

なんだ!結局はやっぱり呼び捨ての感覚かァ。
日本人嫁のように、自分の母親でもない人を無理矢理「お義母さん」と呼ばねばならない抵抗感は外国人妻にはナイ。・・・・・・・・・・そうかァと妙に納得した。
何でもいい、上手くやってくれるならそれでイイ。それが一番だ!


7.お嬢さん、ニコッ!へ続く・・・・


ホーム 戻る 次へ