国際結婚奮闘記

3.てんやわんやのお披露目篇

 さて、役所への届出も無事に済み、お披露目をどうするかと云う話になった。
勿論、私は2度目だし歳も歳だから気恥ずかしくて御免蒙りたい。
運良く女房も結婚式にお金を掛けるなんて勿体無い派なので、パスする事に決定。
婚姻届提出後、すぐに申請した在留特別許可はいつ下りるか分からないし、当然出国も出来ないので中国上海での結婚披露もナシにせざるを得ない。
それでも何か記念にと、フォトスタジオで式無しの写真だけを撮る事にした。
タウンページを見て片っ端から電話、一番安い店でも一式15万円位しただろうか?
猫を被った(アトで分かる)倹約女房は「勿体無い」を連発していた。  
私の住んでいる場所は、俗に下町と言われる所で近所の噂スズメが喧しい。
シラッと惚けて、いつの間にか若いお姉ちゃんが同居していたのでは、なんと言われるか分からない。
結局、虎穴に入らずんば虎子を得ず、正面から堂々と挨拶回りをした方が良かろうと相成った。


これは老母の役である。中国人である事を多少憚ったのか、半ば強制的に日本名の通称を決め、
金銀の水引を掛けた祝い物にその名を記して準備万端。
吉日を選んで女房を引き連れ、向う三軒両隣を廻った。
近所も突然の訪問に、さぞかし度肝を抜かれただろう。
老母の事だ、満面笑みを湛えて「今度新しく来た嫁です」とでも言ったか・・・・・・・
随分前の事ではあるが、確か前の嫁さんもきっとこんな風に廻ったのだろう。
・・・・・心が痛む。 もし、もしもだ!又そんな事になったら、いくら何でも3回は廻れない。
そんときゃ引越ししかないだろう。  

これで良し、一段落である。 あとは親戚へのお披露目か。
普段それほど付き合いがある訳じゃないので、私は省略してもイイかなと思ったが、年寄りはそうは行かない。 丁度、親父の法事があるから、その時一遍に済ませてしまう事で老母を説得した。

当日、施主である当家は予定時間より大分早めに菩提寺に到着。

遠路遥々来てくれる親戚連を待つ事暫し、法要時刻前には続々と集まり出した。
随分御無沙汰の叔父さん叔母さんも居る。
女房は正座が出来ず、奥の方でだらしなく足を投げ
出していた。
フツ〜こう言う場合、そそくさと嫁は甲斐甲斐しくお茶でも入れるものだが、敢えて言わナイ。
親戚連は、私がとうの昔に離婚した事も、きっと知らないのだろう。
女房を何て紹介したらいいかの戸惑い「あの〜今度の家内です」??一瞬の沈黙。
「冗談でしょ、イヤ〜ネェ〜。奥さん何処行ったの?アレこの方娘さん?大きくなったわネェ〜」  

無事法要も終わり、場所を替えて心尽くしの供養膳にて料理屋へ。
親戚連も女房が中国人と聞いて一様に緊張した。幼稚園児と話すように分かり易い言葉を選びながら盛んに「分かる?私の言ってる事分かります〜?」と結構気を使ってくれている。
「日本語はペラペラだから普通に話して大丈夫」と言っても、外国人と直に話などした事のない面々なので、かなり面食らっていた。  

ラスト、このあと双方の親しい友人を招いてのお披露目。
友人の経営するレストランを好意で借り切り30人ほど集めて挙行した。
御祝儀を二度戴く結果になった人も何人か居たが、これは勘弁して貰うしかない。
多いに冷やかされ、盗っ人呼ばわりされての手荒い祝福であった。
〔人間生きてりゃ、その内いい事がある〕が本音だった。
しみじみ「僕ァ幸せだなぁ」を実感し、人生二度目の最良の日となった。
かくて、大幅年齢差ゆえ、長いか短いか分からない航海の船出と相成った。
これから先、相当の試練が待ち受けていると覚悟は出来ているが。
・・・・・・・・・ ここは暫し戦士の休息をまどろみたい。

4.忍耐の家庭生活篇に続く・・・・ 



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