| 1995年12月忘年会シーズン到来.。 今日一緒に飲む友人とは30年来の付き合いである。言わば腐れ縁的同期の桜だ。 ![]() いつの頃からか恒例となり、夏の生ビールと暮れの熱燗時期には決まって声を掛け合う。 お互い近況を語り合い、積もった憂さをトコトン晴らし合う事で旧交を暖めてきた。忘年会と呼ぶには、あまりにも寂しい中年黄昏おじさん二人きりである。 おまけにお互い脛に傷(離婚歴)持つ身の上が、夜の巷の彩りとは裏腹に心は隙間風が吹き抜け、そこはかと無い侘しさが漂ってきて人生の終焉を感じさせる。 この侭お互い朽ち果てたまるか!と云う意地が無きにしも有らずだが、顔で笑って心で泣いている姿はどうしたって悲壮感が先に立つ。 件の友人は浮いた話もトンとご無沙汰な割に、まだまだ結婚に付いては未練タップリの感ありあり。 「おまえと一緒にするな」と無理を承知の見果てぬ夢。 所詮、双方五十歩百歩の域を出ず、やがて50歳に手が届こうかという年齢が、希望を繋ぐ微かな望みも、木っ端微塵に打ち砕かれてしまいそうな儚さだけが身に沁みる昨今なのである。・・・・・・ウウゥ書いていて泣けてくる。 馴染みの居酒屋で待ち合わせ、せめて今日は明るく行きたい。・・・・が、この年は違った。 ナント云う事だ!あいつが若い女を連れて来た。 髪だって薄い奴がだ! 驚愕の雄叫び、驚天動地の極み、先を越されたのか!なんたる失態等々。 しかも娘のように若い。一見柳眉細腰、楚々とした佇まいとは言い難いが、兎に角、若いが一番!年の頃なら25〜26歳と言ったところか? (馬鹿云え!丸っきり親子じゃねェか) 上気して得意満面の友人は面目躍如、照れてはにかむ。・・・・・・アホ、照れる歳か! なんてこったい!それならそうと言ってくれれば居酒屋だけは避けたのになァ。 私もいい歳をして狼狽えては恥ずかしい、何か云おうとするも突然の事にてシドロモドロの体たらく。 「ヤァ、いらっしゃぃ」・・・・・・語尾が消え入りそう。 居酒屋の店員じゃあるまいし、もちっと気の効いた事が云えないのかと自分に腹が立つ。 「こんばんは」・・・・・・短い挨拶が返って来た。 涼やかな眸が笑い、鈴を鳴らした声音と書いてしまえば、私もイイ男なのだが元来嘘は言えないタチである。 目はパッチリ大きいがドングリ眼に近い。将来金持ちに成りそうな胡座をかいた鼻。その癖小生意気にも、何処と無く憂いを秘めた翳りだけは持ち合わせている。 (男心はコレに弱いのだ)マァいいさ、俺の彼女じゃナイ!しかし若いのだけは羨ましい。 「ア〜僕の中国語の先生です」・・・・・・気取るんじゃネェョ。 髪の薄い竹馬の友が彼女をやっと紹介した。こいつは継続は力なりと云う典型的なタイプで、もう十年も根気良く趣味で中国語を学んでいたが、 その割に日常会話が辛うじて出来る程度だから、才能のほうも其れなりだったのだろう。 彼女があまりに流暢に日本語を話すので、最初、中国人と聞いても俄かに信じられなかった程だ。友人はいやに馴れ馴れしく先生と中国語で話している。 (レッスン料浮かすようなセコい事するな!) 先生と呼ぶには若すぎるが、レッスンを受けて2年になると言う。 人間誰しも才能とは有るもので窮すれば通ず、こう云う手を考え出す友人の特異な下心は尊敬に値する。 「先生大変でしょう?こう云う出来の悪い生徒だと・・・・・」 「そんなコトありませんヨ、とても楽しい人、デス」 ウン??アクセントに妙な訛り発見。ヤッパリ中国人と言うのは間違い無さそう。でも顔かたち肌の色も変わらないから違和感はナイ。話が興に乗れば案外饒舌で気さくなのだが、余計な事まで聞きたがる。 こっちが赤面してしまう話でも平気だ。ここらが日本人と違うところか?品がないのが玉にキズである。 時折フッと見せる〔男はみんな狼よ!〕的な気迫の篭った眼差しが・・・・・・コワイ。 お酒が体質に合わないと云う先生は、ウーロン茶でお相手しながらも実に良く食べる。 高級レストランならそうもいかないが、どうせ居酒屋では多寡が知れているから、私は大盤振る舞いでメニューの料理を上から順に注文した。 「何でも好きなもの食べてネ。勘定はコイツ持ちだから」 傍らの友人が思わずビールを吹き出す。それにしてもこんな大衆居酒屋へ良く付いて来たものである。 私も酔いのドサクサに紛れて「僕チンも中国語習いに行っちゃおうかなァ〜」などと歳の順序も省みず逆に先生になついてみたりする。 アァ〜支離滅裂、若い娘になついてどうする!恥を知れ。 ![]() 一頻り話も弾み、お腹も一杯になったので、場所を替える事と相成る。 五十近いおじさんとしては、安手の居酒屋の非礼を詫びる意味でも、ここはホテルのラウンジかバー辺りで飲み直したい。 上機嫌も手伝いチョット飲み過ぎた友人が、「カラオケに行くぞ!」といきなり喚き出す。普通、そう云う事言うかァ〜。己の歳を考えてからモノを言え!と言いつつも、「行こう、行こう!」と私もスグ同調するところに節操がナイ。 典型的な日本の飲兵衛おじさんと化した二人は妙にはしゃいで、彼女の都合も聞かず行け行けドンドンと、半ば強引にカラオケスタジオに連れ込んだ。延々2時間、ダミ声の演歌あり、お経のようなムード歌謡ありと、聞くに堪えない状況だった事は想像に堅くない。 ・・・・先生も災難だったろう、でも案外辛抱強いところもあると感心した。 普通ならこれで縁も切れて当然、日本人の悪評だけ残して終わりだった筈だ。ところが人生一寸先は分からナイから面白い。数日後、あの時ドサクサに紛れて聞き出した電話番号に臆面も無く掛けてみた。 「先日は失礼しました。・・・・・・云々、私も中国語教えて頂けませんか?」 今日は素面である。歳相応にあくまで紳士的に言ったが、内心は断られると覚悟していた。 「こちらこそヨロシクお願いします」・・・・・・意外であった。 こりゃァ瓢箪から駒が出たぞ! 当時彼女は留学生、経済的に楽ではナイ。幸か不幸か、天は我に味方した。ホントは断りたかったのだろうが、背に腹はかえられない事情だったらしい。 彼女は身持ちも堅いし用心深い。レッスンと云っても自宅などへ呼ぶ訳がない。必然的に外の喫茶店などでレッスンする訳だが、彼女は決まって安価なファーストフード店を指定して、個人レッスン料は高いか安いか分からなかったが1時間2千円だった。 自分の都合だからとコーヒー代も割り勘で、いくら私が払うと言ってもニッコリ笑って首を振った。・・・・・中年おじさんは、こう云うところに弱い。 苦しくても人に甘えず通すべき筋は通す。義理と人情の仁侠映画で育ったおじさんにとって、これは評価急上昇である。 正直、外国人でも色んなのが居るもんだと認識を改めたくらいだ。 私だって独り身、たまには夜のネオン街に飲みに行く事もある。行き付けのスナックなども2〜3軒は知っているし、興に乗れば「店がハネたら、旨い物食いに連れてくぞ〜」酔いも手伝いアト先考えずに勢いで言っちゃって、あれは嘘でしたとも言えず、覚悟を決めて店の女の子を2〜3人引き連れて行く羽目になる。 そんな失敗も1度や2度ならず3度4度、全く懲りない男なのである。 そんな時、必ず手を挙げて集まってくるのが中国人やフィリピンホステスであった。 しかも彼女等は遠慮がナイ。 「ナニが食べたい?ラーメンかァ?」間髪入れず「ヤダ〜〜おすし、お鮨よネ〜」 夜中に営業している鮨屋なんぞ、高いに決まっている。 散々飲み食いした挙句、「 お土産戴いてイ〜イ」とほざく。 ・・・・・・「なに〜土産?お前の亭主へか!」 故に、今まで外国人には良い印象を持っていなかったのである。 (マァ声を大にして言えることでもないが・・・・・・・) 話が横道に逸れた。 中国語のレッスンは厳しい。 こっちは半分冗談から出た事だから、どうにも身が入らない。ファーストフードの隅の席で、四声発音の基本をア〜とかマ〜とか上げたり下げたり発声するがコレは面白くない。妙なカップルだから第一周囲の目が気になる。 一通り終えると簡単な基本会話、当然、喋りは長くなるから何度聞いても覚えきれない。私は演歌世代であるだけに、妙な小節をコロンコロン利かせてしまうので、これにも困った。 「そこは下がるでショ、違う違う、上げるじゃなくて下げるの」 本人は懸命に下げているつもりでもOKが出ない。 フト、よく子供達が遊んでいるゲームに似ていると思った。 「赤上げて、白上げないで、赤上げて」・・・・・・私には語学の才能が無い事を思い知らさた。 段々回を重ねる毎に、彼女のひたむきさや律儀さに引かれてきてしまった。 そうなると見方まで変わってくるから不思議だ。ひしゃげた鼻も見様に依っては愛嬌に見えるし、ドングリ眼だって少女漫画に描かれるパッチリした円らな瞳に見えてくる。 面体さえ納得すれば、スタイルだって中々だし、胸だって大きい・・・いやいや、そんな事はどうでもイイ。彼女を見初めたのはそんな理由じゃない筈だ! 老いても恋は盲目・・・・・イカン、イカン二十歳も違ってうまく行く訳がナイ! 頭を強く振って打ち消すも、ひょっとしてと云う期待感が交錯する。彼女は露ほども考えた事がないかも知れないのに、全く持って無体理不尽な話である。 悩める中年の星キラリ・・・・・・独り合点で悶々と悩むアホウ鳥1羽。 数ヶ月後、とうとう決着の時が来た。それまでにも微妙なニュアンスで結婚の申し込みをそれとなく伝えていたから、今日は此処で一気に落城を期する。 これまでにも何回か彼女と食事をした超高層のレストラン。宝石のような夜景が美しい。ここは1時間おきに、3〜4人編成の生演奏が聞ける。 ・・・・・頼むムードを盛り上げてくれョ。 コース料理が躾の行き届いたボーイによって次々と運ばれてくる。 「どぉ、美味しい?」・・・・・「ウン、美味しいデス」 彼女もやや堅さが取れないみたいだ。 其れまでにも誉めては投げ千切っては投げして、散々口説いて来たから今更心残りはナイ・・・・と思うが、もし振られたら「冗談、冗談」とでも笑って言おうか悩む。 万事を尽くして天命を待つの心境か?・・・・・・ウ〜ン俺も言う事が古い。 食後にカクテルを頼んだ。カクテルグラスの淡いピンク色が、これから先を明るく暗示しているようだ。 漸くお目当ての生バンドチームが入ってきた。いよいよ期待に胸が震える。いつもより衣装が派手なので気になったが、マァいい早くやってくれ。 「皆様ようこそお越し下さいました云々・・・では、ごゆっくりお楽しみ下さい」 ![]() バンドリーダーが「ぁワン・ツゥ・スリー」と気取って指を鳴らす。 バンバンバン・カンカンカンいきなり軽快なラテン打楽器を打ち鳴らして始まった!!ギョッ!アレレッ度肝を抜かれたのは俺だけか! 強烈なサンバだかボサノバのリズム。バンドはすでに乗り捲くっている。 昨今の不景気風を吹っ飛ばすべく店側の魂胆か?半分ヤケになって盛り上げるミエミエの意図有り々。 これではプロポーズより踊り出したくなってしまう。・・・あ〜なんてこったい。 まったく!なんで今日はラテンなんだ!・・・・(少しは気を利かせろ、少しは) この前はラブ・ミュージックだったのになァ〜。 それでもナントカ誠意は伝わった。基本的合意の詰め、この時始めてオーバースティである事も打ち明けられた。私は男気で懐深く全部受け容れたが以後1年間に渡り、赤羽の入国管理局へ毎月通うとは想像もしなかった。 最後まで二十歳違いの拘りと迷いは拭えなかったが、とうとう彼女は決心した。 電話で上海の両親には「条件はいいけど大分歳が違う」とだけで言明は避けて、一応の了解は取り付けた。・・・・・・・・サァいよいよ現実となった。 私の方も口の達者な老母が一人居るが、「今度はうまくやっておくれよ〜」と難なくOKしてくれた。相手が中国人と聞き一瞬眉を曇らせたが「マァなんでもいいワ」と素っ気無い。 「何でもいいはナイだろう、俺はあんたの息子だョ!お〜い婆さん聞こえるかァ? 」 あぁ忘れていました。件の髪の薄い竹馬の友、気が多い彼はとっくに他の先生に鞍替えしていて、これこれしかじかと報告したら「お前も手が早いな〜、マァうまくやれヨ」とお褒めのお言葉。 アホ抜かせ、手が早けりゃこんな歳まで独りで居るかい!下手な余裕持たないで自分の足元しっかり見た方がイイぜョ!・・・・・ あれから5年彼はいまだに独身である。 2.そもそもの始まり篇に続く・・・・ |