上海の生活事情篇

7.パーマ残酷物語

                                                   2003年2月
 一抹の不安を抱え、恐る恐る店内に入った。
さっき下見した美容院と違い、てんでんバラバラの服を着た従業員が一斉に注目する。
大きな店ならカット師も先生、そこそこの弟子、見習いと3段階ランクによって値段も違うが、ここはそれらしき人物が2人しか居ないので値段も一定なのだろう。
あとは垢抜けない洗髪按摩小姐2人が手持ち無沙汰にしている。総勢4人の小所帯美容室だ。
どちらのカット師がやってくれるのだろうか?一瞬!俎板の上の鯉状態。
一人は長髪を茶髪に染めた今風の若者。まぁ、何処となく美容師的な雰囲気は出ている。
片方はニコリともしない愛想なし、毬栗(いがぐり)頭の武骨漢。
出来れば茶髪の今風若者にお願いしたいと願いつつも、間の悪さはいつもの事。
チカッ!見てはいけないその武骨漢と目が合ってしまった。・・・・・・紙一重の差で運命の歯車が回りだす。

「はい、ど〜ぞぉ」・・・・・・ヤル気無さを窺わせながら、独り言を呟くようにボソッと言った。

日本の理容室にあるどっしりとした仰々しい散髪台ではなく、簡便簡素で上げ下げが出来るだけの至ってシンプルなイス。
横柄な態度で仲間と喋くる洗髪小姐に、私の頭を洗うよう指示を出す。
座ったままシャンプー。タップリ泡立ててマッサージも兼ねて入念な洗髪。
女房が傍らで「この人は日本人、話し掛けても解らないからね」と言いつつ、あらましの髪型説明。
面倒臭そうに無言で頷くカット師。やや不安が胸を過ぎる。

「こっちに来て!」・・・・・・・「ハイョ!」

きっと日本語など滅多に聞く機会も無いのだろう。その言い回しが面白いらしく、小姐がケラケラと笑う。
店の奥に大分使い込まれた洗髪台がある。仰向けに寝そべり、若い小姐のしなやかな指が心地良く泡を洗い落とす。・・・・・・・ここまでは実に気分が良かった。

「面白い事なんぞこの世に何も無い」とでも言いた気な無表情カット師、いよいよの出番。
ドライヤーでザッと乾かすと、いきなり髪を切り出した。(アレレレ〜、分かってるのかョ!)
最初に切っちゃったら、髪にカーラーを巻き辛いんじゃないの〜?・・・・・
これが中国のやり方なんだろうか?不安は確かな形となって現れ始めた。

「オ〜イ!大丈夫なのかョ、パーマやった事あるんだろうな!」
「大丈夫ョ、よく言ったから」

読んでいる雑誌から目も上げずに、女房がのたまう。
言葉を解さないと都合のいい時もある。本人を目の前にしてストレートに言っても、所詮解らないのだから角も立たない。
案の定、カーラーを巻き出したら苦労している。そりゃそうだろう、そのくらい素人にだって解りそうなモノ。小姐助手を従えて、しばしの悪戦苦闘。短くなってしまった髪に無理矢理巻くから、必然的にきつくなる。
これじゃぁ最初に頼んだ自然なウェーブのオールバックなんかに、なりゃせんじゃないの!
こうなりゃ東京のように居眠りなんぞしていられるもんか!これ以上好きにはさせないぞ!
オィオィ、落ちたカーラーそのまま使うなョ!あ〜えらい店に来ちゃったなぁ〜・・・・・・・
ドキドキ・ハラハラの連続だったが、さすがはプロ。このまま放棄したのでは金にならない思ったか、男の意地でどうにか巻き終わった。第一関門突破だ!
私としては東京も中国もパーマは、そう変わらんだろうし、この先の工程もおよそ察しは付くと高を括っていた。

ご丁寧にも3種類ほどパーマ液を持ってきて、どれを使うか問うてる素振り。
何を言っても無理だョ、わたしゃ解らないと言ったでしょう。再度「オ〜イ」と女房を呼ぶ。
中国製なら最初に決めた値段通りだが、やはり輸入品の方が出来上がりは良いと、盛んに別の高額パーマ液を勧める。・・・・もっと自国の製品に自信を持ってもらいたいものである。
聞きようでは、誠に正直で好感が持てそうだが、本音はどうやら私が日本人なので、ここは儲けるチャンスと踏んだらしい。利益幅のある輸入品を使わせたい腹なのが、どことなく読み取れる。
因みにその輸入品だと一気に300元、500元と跳ね上がる話だった。

「不要!中国製でいいですョ、なにか問題あるの?!」

女房バシッと言い切った。相手に付け入る隙を与えない、堂々とした拒絶振り。日本なら当たり障りなく、やんわりと断るところだが、中国ではそんな気遣いは無用。
儲け損なったカット師は気を取り直し、パーマ液を降り注ぐ前にタオルを巻いた。段取りはやはり東京と同じだ。
変わっているといえば、随分とタオルの巻き方がゆるい。こっちの心配何処吹く風、何の躊躇いも見せず中国製パーマ液を一気に降り注いだ。・・・・・いい度胸だ!
不安的中!髪から滴ったパーマ液がうなじへと伝わり、襟首から背中へツツツゥ〜と流れ落ちてきた。なんとも不快感が込み上げてくる。

「おうおう!垂れてくるぜ〜」・・・・・・大概のことは我慢する私も、声を大にして抗議に及ぶ。
ナンノこれしき!慌てず騒がずカット師は、無造作に襟首へタオルを押し込んだ。
ウ〜ン、さすがは中国、サービスもへちまもあったモンじゃない。
場所の移動を促される。指差す方向に目をやると、前時代的な“おかま”があった。
まだこんなのがあったのか〜・・・・・エッ!これ被るの?
郷に入れば郷に従え、拒否してこのまま中途で放り出されるくらいならと腹を括った。
タイマーをセットしたカット師は、私の目の前にトイレットペーパーを置き、その場を離れた。
最初は何に使うか分からなかった。鼻でもかめというのかいな?
パーマは命懸け




嵐の前の静けさ・・・・・本人も余裕の読書
このアト、悲劇が待っていた!

何も知らない私は長期戦を覚悟して、悠然と日本から持ってきた本を読んでいた。
束の間の余裕もここまで。ジワリジワリと“おかま”の温度が悪魔の足音の如く上昇してくる。
額には汗とパーマ液が入り混じって滴り流れてきた。
そうか〜、トイレットペーパーの謎が解けた。それをこれで拭けって事か。
その内、汗かきくらいでは済まなくなった。・・・・・・あつい・・・熱い・・・・アッチィ〜!
ズルズルッと腰が引けて、本能的に“おかま”から逃げの体勢になった。
このまま我慢していては、髪が全部燃え尽きそうな恐怖感が襲ってくる。
最悪そうなったとしたって、中国床屋じゃ責任を取ってくれるなんて事は、金輪際有り得ない。
ここは自分で自分の身を守るしかないのだ!
髪に巻いたカーラー止めの輪ゴムが、熱さに耐え切れずパチンパチンと音を立てて飛び散った。
最早これまで!

「オ〜イ!熱くて駄目だ!とっても我慢できないョ〜」

さすがは女房、亭主が禿げては更にメンツがなくなるとばかりに、大声でカット師を呼び付けた。
なに!もうちょっとだから辛抱しろ〜・・・・あんた、スキンヘッドになったら責任取ってくれるのか!

我慢の限界に挑戦、中国でパーマを掛けるのも命懸け。堪忍袋の緒がプッツン間際に終了した。まさにイスを蹴って立ち上がる寸前だった。もう2度とこの店には来るまいと固く心に誓う。
頭が焼ける感覚が抜けない。ひょっとして洗髪したら、ゴッソリ髪が抜けるのではないかの緊張が走る。

洗髪はさっきと違う小姐。あの娘は他のお客に按摩中。どっちでもイイが、今度の娘は少々荒っぽい。丸で南瓜(かぼちゃ)でも洗うような扱われ方に、新たな怒りが湧いてくる。
ア〜ァ、シャツの襟がビショビショだ。もっと丁寧にやってよネ。
ここまでくれば峠は越えた。あと少しで苦労も報われる。
ウン!中国で貴重な体験したなどと喜ぶのはまだ早いかぁ〜・・・・・

涙々の中国初パーマ理容も終盤、最後の追い込みとなった。ここまですでに2時間半が経過している。
カット師の目にも安堵の色が窺える。自分自身を「良くやった!」と賞賛しているようにも見える。
鏡に向かい、私は改めてマジマジと出来栄えに見入った。
心配したほどチリチリのパンチパーマ風にはなっていないので、まずは一安心。
カット師がドライヤーで髪を乾かすに連れ、その全容が白日の下に露呈してきた。

パーマが効いていない!自然なウェーブどころか、ほとんどその形跡もない。
お人好しの私は、やはりケチって中国製パーマ液を使った報いかと一瞬思ったが、いやいやこれは技術の差だと確信した。
あんなに辛かったのに・・・・・・・あの熱さはいったい何だったんだぁ〜
件のカット師は別段悪びれる風もなく、平然とドライヤーで髪を撫で付けている。
パーマならそんなに撫で付けなくたって、形は決まるもんだ!・・・・・金返せ〜!
もう何を言っても始まらない。目に薄っすら悔し涙が滲んだ。(それほどじゃないか)
カット師、最後のサービス。
さっきの洗髪で濡れた襟首を、モノはついでとドライヤーで乾かし始めた。
襟首をムンズと引っ張り、背中にまで暖風を送り込む。・・・・・・こんなの間違ってもサービスとは言わないぞ!

全工程3時間、戦いは終わった。
客の私はもうクタクタ、初めて笑ったカット師のみ自己満足の極みでありました。
馴染みの美容室
馴染みの美容室・・・・・右のカット師が女房のお気に入り
足つぼマッサージ
足つぼマッサージ・・・・・別料金で巻き爪切りもOK
店内もカラフル
カラフルな店内・・・・今日は美人マネージャーが居なかった
可愛い洗髪小姐
お茶をひく洗髪小姐・・・・・毎度の事か屈託がナイ

 あれから4年、取っ換え引っ換え東奔西走、随分と上海の美容室も替えたが、今はようやく落ち着いた。ウチのマンション1階に店を構える美容室、ここなら近くて一番いい。
規模はカット師が2人、洗髪按摩小姐が6人、エステシャン1人、足つぼマッサージ2人、それと全体を統括する美人マネージャーが1人の中堅美容室だ。
所要時間40分の洗髪按摩が10元(150円)、仰臥しての1時間フルマッサージでも40元(600円)、足つぼマッサージも同じ。
女房には内緒だが、正直、脚線美マネージャー見たさに通っているのは、お釈迦様でもご存知あるめぇ。
洗髪など1日置きに行くものだから、金持ち日本人は自分で髪も洗わないなどと噂されたりもしている。
メインのパーマ・カットは150元(2250円)で、技術も今いちなのだが、この美人マネージャーに免じて許している。幾つになっても男とは他愛のないものと、つくづく感じるこの頃なのであります。

8.美容室大戦争1章へつづく

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