上海の生活事情篇

6.美容室は花盛り

                                                   2003年2月
 ウン!・・・・よしよしピシッと決まった。
やっぱり日本の床屋の方が気配りも完璧、仕上がりはグッドで申し分ない。
私は満足気に鏡を見ながら独り悦に入り、ニンマリ納得の笑顔を見せた。(気持ち悪る〜・・・・)

近頃は散髪も上海の方が断然安いので、なるべく散髪サイクルを調整して、上海到着早々美容室に飛び込む事にしている。
もっとも自ら進んでという訳ではなく、上海だって東京だって散髪には変わりないと主張する倹約女房の影響が大きい。(私は決して同じとは言い難いと思うのだが・・・・・)
当然、春と秋の出発時は悲惨で、伸びきった不精頭で成田空港を闊歩する様は、いい歳をしてもう少しナントカならんかと反省の色は濃い。
女房はその格好の方が、盗難のターゲットにされないだけメリットがあるというが、本人は半ばやけっぱちのホームレス気分である。

 ちょうど1ヶ月前、日本へ帰国する直前に、上海馴染みの美容室でパーマを掛けてきたのだが、技術の差か中国製パーマ液の品質が悪かったのか、早くもすっかりウェーブが取れてしまって、ただのボサボサ頭に逆戻りしていた。
これでは幾ら何でも見苦しい。思い立ったが吉日、早速、朝9時を待って近所の理容室に出向く。
この日は朝から寒気鋭く、東京は小雪がチラチラと舞っていた。
それがいつしか氷雨と変わり、理容室入り口の大きな透明ガラスを、雨脚が憂鬱そうに叩いている。身動きならないジッと我慢の散髪2時間ではあるが、安心して任せられる分、上海美容室とは格段の差があり、リラックスした気分でいられる。
もう十数年も通っているから、たとえ居眠りしていても、いつもと寸分違わず仕上げてくれるのが嬉しい。
私の頭は生意気にもパーマを掛ける。30代の若い頃から何故かオールバックにした。
理由は特に無いが、商売をしていたので歳よりも多少老けて見られた方が貫禄の点からも得な事、それに不精モノだから洗いっ放しでも型崩れしない便利さが何より気に入っていた。
カミさんはこれを嫌がる。20歳の年齢差が余計離れて見えるそうだ。
オールバックとは逆に前髪を額にかぶせた方が、幾分なりとも若く見える。ついでに髪も茶髪に染めて、もっと大胆なカットにしろ!と手厳しい。

 日本の理容室は何といっても手際がいい、時間を無駄にせず、サービスが細やかだ。
これは徹底していて、上海慣れして帰って来た私には、実に新鮮な驚きとして映る。
まずザッと洗髪し、きつ過ぎず緩過ぎず順序良くカーラーを巻いて行く。その上にパーマ液を万遍なく降り注ぐのだが、液が垂れても額で食い止めるようキッチリタオルを巻く。
この巻き方が実に鮮やかで、その水も漏らさぬ巻き方は、さすがプロの技を感じさせる。
更にパーマ液が、この完璧なタオル砦を巧妙に掻い潜って垂れてきたとしても、後方の守り堅くしっかり襟元へもタオルを挟み込む念の入れようだ。
液の効果が出る間、サッと煙草に火を点けてくれて、黙っていても何冊かの雑誌だって持って来てくれる。
最近の週刊誌は、どれもヌード写真が満載なので思わずドキッとさせられる。
いい歳をしてスキ者と思われたくないので、こんなの興味ないという顔でさり気なくページを繰るが、店の主人がちょっと離れた隙に、さり気なくサッと戻って見たりもする。
しばらくして今度はウェーブを定着させる液を掛けるが、先ほどのパーマ液より量が少ないので垂れて来るほどじゃない。そこで念入りに背中の電動マッサージや顔剃りをこなしてしまう。
再度洗髪の後、ようやくカット作業に入り、再々度洗髪して、ドライヤーで形を整える。
トータル2時間、「お待ちどうさま」の掛け声とともに、肩越しをブラシで払い、ここで目出度く支払いとなる。
いつもだと7500円だったが、昨今のデフレ風に倣ったか、この日は6800円と値下げされていた。
因みに上海でのパーマカットは100元(1500円)〜150元(2250円)なのであります。

 上海の美容室に初めて行ったのが4年前、オンボロ招待所に45日間滞在した折でありました。忘れもしましぇ〜ん!・・・・上海一族との友好を深めるべく、不覚にも安易に計画してしまった三峡クルーズ。
清潔で律儀な日本人らしく、髪もこざっぱりと整えて行こうと思い立ったのだ。
 
 当時、洒落た美容室が上海中に、それこそ雨後の竹の子ような開店ラッシュ。
その華々しい店構えは、時代の最先端を行く自信に溢れていたが、これは利に聡い上海人特有のハッタリで、肝心の技術は二の次だったように記憶している。
派手な美容室
チェーン展開する大手美容室
洒落た内装いつも客より従業員の方が多い店内

 上海には理容師免許なるものが、あるのかどうか定かではないが、私の見る限り、とにかく時流に遅れてはならじの焦りが先行して開店しちゃったような店が多く、上手か下手かは終わって見てのお楽しみという、それなりの覚悟が必要な感じだった。
しかも当時の上海物価から考えると、ただの散髪に留まらない流行の美容室は、ある種、見栄っ張りな贅沢と目されていた形跡があって、料金も法外に高い気がした。
どうせやって来るのは金持ち旦那に有閑マダム。300元400元は当たり前、まさに取り放題の料金設定。
まして私は日本人、そんな雰囲気の店へノコノコ行こうものなら、飛んで火にいる夏の虫。寄って集って2倍3倍は吹っ掛けられそうである。
そこでまずカミさん一人がシラッと乗り込み値段交渉。私は何食わぬ顔で外で待つ。

「男の人がパーマ掛けてカットしたら、幾らするの?」

・・・・・・・・いかにも花形業種らしく、いっぱしの美容師を気取ったマネージャー。
ファッション雑誌から抜け出たような個性派的いでたち。如何にも似合うとは言い難いが本人は得意満面。
にこやかな応対とは裏腹に客の値踏み・・・・・・金!金!が脳裏を駆け巡る。
髪の長さやパーマの種類、パーマ液の品質によっても違うと、敵もさるものノラリクラリと曖昧に誤魔化す。
その手は桑名の焼き蛤!あとで無用のトラブルを避けるため、カミさんも執拗に食い下がる。

ようやく最低150元という回答を引き出したが、女房にすればまだ納得の金額には程遠い。
150元といえば2250円。東京と比べたら、私とすれば十分納得出来る金額だが・・・・女房は違う。
上海に着いた途端、勝手知りたる庶民レベルの金銭感覚にスイッチオン。
日々猛烈に変わり行く上海にあっても、気持ちは今ひとつ許せないのだ。
お舅さんや弟が行く裏通りの店は、パーマを掛けても30元(450円)くらい。普通の散髪なら5元がいいとこだ。
だからといって、日本人の私が物見遊山気分で、そんな店へは決して行けない。
さすがのお舅さんも、連れて行ってやると言わなかった辺りを考えても、相当の覚悟がいる事は間違いなさそうである。もっと安く上げたい向きには、路上で営業している青空床屋がある。これなら2元(30円)で済む。
切って落ちた髪は、風が何処かへ運んで行く。あらイヤダァ〜と顔をしかめる人もいらっしゃるかと思うが、私は細かい事に拘らないそんな風景がいつしか好きになってしまった。
それでも勿体無いと思う人は、鏡を見ながら器用に自分で切ってしまうのが、上海庶民の日常なのだ。
青空床屋
青空床屋・・・・・雨の日はさすがに休業
下町美容院
気軽に行ける庶民美容室・・・・・日本人にはちとツライ

 この店の近くにもう一軒美容室があった。表通りから横道に入ったその店は、美容室というより床屋といった方がピント来る佇まい。店構えもぐっとシンプルになり、庶民感覚の匂いがそこはかとなく漂ってくる。
店の広さは、さっきの店の半分も無い。しかも雑然としていて、一見して肝心のパーマ技術を持ち合わせているとは思えない雰囲気にたじろぐ。

「ここは止めとこうよ!幾ら安くたって俺いやだぜ〜・・・・」
「大丈夫よ、値段聞くだけだョ!」

父親譲りの物怖じしない性格からか、躊躇いも見せずツカツカと店内に入って行った。
タバコをふかしながら外で待つ私の鼻孔を、隣のコンビニから漂ってくる“おでん”の匂いがくすぐる。
妙に懐かしい感覚に包まれる。
中国でも“おでん”なんて売れるのだろうか?まさか日本人だけが買う訳でもなかろうに・・・・・
以前一度買ってみたが、味は日本のそれと全く変わらなかった。
仕切りの入った四角いステンレス鍋から、少し細目の竹串の先っぽが沢山顔を覗かせている。
煮込んだおでんスープの香りが堪らない。中国にさつま揚げやつみれがあるのも意外だった。
レジ傍で売られているのは日本と同じで、フッと日本へ戻った錯覚さえ覚える。
そんな懐かしさに浸っていると、手招きしながらカミさんの呼ぶ声。

「100元でいいって言うから、試しにここでやってみたら〜?」

試しにって・・・・・・実験台じゃないんだから、気持ちは当然怯む。

「パーマ出来るって?ホントかよ、なんか心配だなぁ〜、終わるまで居てくれるんだろ!頼むョ」

7.パーマ残酷物語へつづく

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