| 2002年12月。私の家からバスで15分ほど行ったところに、上海でも有名な繁華街“淮海路”がある。 ここにある例の自由市場は、何時行っても人人人でひしめき合う活気の坩堝だ。 「上海生活事情篇・値切りの達人」でここを紹介したのが、もうかれこれ2年前になる。 最近、この自由市場入り口近くに、牛丼の吉野家が出店したと聞いた。 それで早速、物珍しさも手伝い久し振りに行ってみた。 淮海路のメイン通りに面した一等地で、かなりテナント料も高かっただろう。 1階と2階に客席があり、客席としては断然2階の方が広い。これは1階に厨房がある為と思わる。 牛丼の普通盛が単品で12元(180円)と思い切った値段を付けた。 もう一頃のように日式料理だからといって高くは取れない。昨今すでに、それほど珍しくなくなって来ている。 まして牛丼は庶民の味。大衆にソッポを向かれれば、吉野家も上海進出の敗北は目に見えている。 庶民相手では薄利多売方式が正解。店内の注文カウンターは行列が出来るほどの盛況だった。 私は江戸っ子の悪い癖か、食堂で席を探してウロウロするのが嫌いなタチなので、並んでまで食べたくないの思いが強い。カミさんはこんなこと日常茶飯事の上海人。 席を立とうとする雰囲気のテーブルの傍らにジッと佇む。これでは無言で「交替!」と催促しているようなモノ。 だがそこは上海、敵も中々あっぱれ!だ。悠然と無視を決め込んでいる。 そして頃合を見計り、慌てず騒がず徐(おもむろ)に席を立つのが何とも笑える。 女房、やっとモギ取った喜びの雄叫び!かなり遠くから手招きと金切り声が響く。 「こっち!こっち!早く来なさい!」 「ここをシッカリ番しててネ!」 と言い残し、サッと踵(きびす)を返してカウンター前に並ぶ。・・・・・・・実に要領がイイ。 吉野家もさすがに牛丼のみの勝負では分が悪いと見たか、中国人の好むチキンと豚の照り焼き丼も合わせて販売。見たところ、こっちの方が売れ行きが好調のようだった。 それと日本と違うのは、お新香コーラ付きのセットがよく売れる。お茶は有料で、黙っていても出て来ない。 感覚はマクドナルドかケンタッキーの線なのかも知れない。 牛丼の味は特別中国に合わせた様子も無く、東京で食べるのと変わらなかったのが救いだ。 日本人もチラホラ来ていて、女房以外の人が話す日本語が懐かしく感じられた。
日本人には馴染みの牛丼。上海人には見た目クズ肉丼のように見えるのか、見栄っ張りも手伝ってまだまだ抵抗があるように感じた。 そういえばお舅姑さんも来日した折、天丼は「ウマイ!」を連発していたが、牛丼は「不好吃(うまくネェ〜)」と渋い顔をしていたっけ・・・・・・・・ 女房も牛丼が苦手。煮込んで縮み上がった牛肉は脂身が多く、食べるより捨てる方が多い。 したがって名実共に牛丼を楽しむ事が出来るのは私だけ。生卵がないのが、ちょと残念なくらいだ。 中国の人は生のモノには異常に神経を使う。よって生卵をご飯に掛けて食べるなどとは言語道断、野蛮人の謗りを受ける。野菜でも大きな盥で洗濯をするように洗っているくらいだから無理もナイ。 女房に至っては、ステーキ用の肉までジャブジャブ水洗いしていた。これにはさすが驚いた。 それは日本のように、衛生管理が徹底されていない所為も勿論ある。 禁やモラルを破れば、それなりの社会的制裁やペナルティが待ち受けているから、日本ではそれが抑止力にもなっている。 もっとも最近は日本でも利益を優先させるあまり、大手企業の不祥事を筆頭に右へ習いで、スーパーなどでも肉の産地表示や日付の貼替えが日常的に行われていたというから当てには出来ないが・・・・・。 こちら中国はお構いなし!それがどうした!の開き直りさえ感じる。 半分腐ったものでも売ってしまえば、あとは野となれ山となれ!長年の体質は、そう簡単には是正出来ない。 先日も見掛けばっかり近代的になった街のスーパー。 果物売り場で、カミさんと粒が張った美味しそうな葡萄の品定め。最近は1パックづつラップに包まれている。 何気なく見たその中の一つ。アリャ〜、甘い果実に魅せられたか、場違いに元気良く団体で蠢く小さな虫。 これは見捨てては置けぬと、早速売り場の年増小姐を呼んだ。 「これ、虫が入っているョ!・・・・・こんなの売るの〜」 (余計な事をいう客だ!と言いた気な顔付き) やおら大きなお世話とばかりに、その太い親指でプチッとラップに穴を開けて曰く、 「他の買えばァ〜」・・・・・・・マァ、こんな調子だ。 この界隈に「東○」と銘打ったラーメン屋もあった。物は試し、ここもついでに試食に及んだ。 こんなに食べてはダイエットなど遠い夢のまた夢・・・・・・・・ 入り口横の電気看板に大きく“とんこつ”と書いてある。さすが淮海路、なんでもアル。 上海に居ながら東京と同じ牛丼が食べられて、そのうえ美味い“とんこつラーメン”があれば、もうこれは言う事ない。まったく上海も暮らし易くなったものだと、取らぬ狸の皮算用。 午後も2時を過ぎていたので店内は疎らな客入り。 「いらっしゃませ〜!歓迎光臨!」 威勢はいいが妙なイントネーションの日本語と、ご丁寧にも中国語と両方言ってくれる。 店内のアチコチに、大きな“青森ねぶた”のポスターが貼られていて、日本人が見ると、どこかしっくり来ない雰囲気が漂う。 上海だから通用する店作り。ここがやっぱり異国である事を認識させられ、急に期待感が萎んで行く。 東○ラーメンだからアッサリ醤油味かと思えば、さに非ずの“とんこつ”だし、ラーメン専門店と思いきや、メニューにはカレーライスから牛丼、寿司から鰻丼まであった。 経験上、得てしてこういったナンデモ屋さんは美味しくない。・・・・・・もう期待はすっかり薄れた。 値段は具と味噌味・塩味・醤油味によって多少違うが、大体15元(225円)くらい。 女房が味噌とんこつ、私がピリ辛とんこつを注文。威勢の良いお姐ちゃんが、テキパキと伝票にそれを書き込む。 「オーダー入ります〜・・・・味噌、ピリ辛、おねがします〜」 ギョギョッ!日本語が出来るのかい?それとも商売に必要な言葉だけ丸暗記したのか? 何気なく見た伝票も日本語で書かれている。走り書きだが私より綺麗なくらいだ。 こりゃ、矢鱈な事は喋れないぞ〜・・・・・・・・ しばし待つ間も、結婚して5年も経つとそう話だってナイ。所在無げに沈黙の空白。 日本語の分かる娘が、傍をウロウロしているかと思うと余計に口は重くなる。 壁面にペタペタと貼られた紙。今後、朝は10時から延々夜中の3時まで営業するとの告示。 儲かりすぎて欲が出たか、一等地に出店した割に客足が伸びない所為か、いずれにしても商売になると踏んだからには、上海も夜型の人間が増えてきたという事かも知れない。 店内は昼時もとっくに過ぎた中途半端な時間、当然お客の数もパラパラ。なのに出来上がりがヤケに遅い。 「お待ちど〜うさま・・・・した!」・・・・・・・・ちょっと訛るところが可愛い。 ナンダなんだ、トッピングのもやしとキムチが先かい!なにライスもある〜・・・・・いや、そうじゃなくて肝心のラーメンはまだなの?なんか調子狂っちゃうなぁ〜 客の憮然とした態度に多少気が咎めたかお姐ちゃん、カウンター越しに厨房へ催促の声が聞こえる。 間もなく慌てふためいて持ってきたラーメン2つ。・・・・・・いいよ、いいよ、そんなに急がなくても。 熱くなかったかいお姐ちゃん、アツアツのラーメン引っくり返して火傷でもしたら大変だぜ〜。 なに心配ナイ、あっそう。(おや?湯気が出てないネェ・・・・・・これ少し微温(ぬる)くないかい!?) 看板通り、白濁色のとんこつスープ。見た目はそうだが、味に深みがなくコクもない。 第一ピリ辛の筈が、ちっともピリッと来ないし、何とも間の抜けた味なのだ。 「これ、何かおかしいぜ!美味いんだか不味いんだかよく分からない味だネ」 女房も私のスープを掬って味見。アラッ本当だという顔。 責任を果たし安堵感に浸っているお姐ちゃんを、女房大声で呼ぶ。 「これ注文と違うんじゃないの?このラーメン辛くナイョ!」 「あ〜これ、辛味噌お好みで入れるんです。今持ってきマス〜」 今もって来ますって、単に忘れていたんじゃないの?・・・・・・・知らないで、“とんこつラーメン”ってこんなものかと食って行った中国人客は、恐らく二度と来ないぜ。 言われた通り、この辛味噌入れたら結構イケる味になりました。 東京のラーメン激戦区、新宿や荻窪のと較べようもありませんが、まぁ上海で出会った“とんこつラーメン”ということで許せる範囲でしょう。 焼肉屋のご紹介。 通常の焼肉といったら、ご存知の通り韓国系か日式が通り相場です。 一頃、高級店も大衆店も餐庁には、この日式という文字がメニューにも表の看板にも躍っていました。 でも日式と書けば客が珍しがって注文してくれた時代は過ぎました。上海人の口も目も肥えたのです。 それでもまだ気が付かないのか、頑なに営業方針を貫いている店もあります。 私のマンションの1階にある大衆餐庁。 半年前ほどに新規開店した、勿論中華餐庁です。客席が20席くらいの家内工業。 私らも今度の新規店はひょっとして美味しいかも?と期待しつつ1度は食べに行きます。 メニューを見ると、日式オムライス・日式焼きそばの文字が飛び込んできました。 「オレ、これね!ヘェ〜焼きそばがあるんだぁ〜・・・・」 久し振りの故郷の味。日式と書いてあるから勿論ソース焼きそばだろう。ア〜〜喉が鳴る、腹の虫が騒ぐ。 出て来た期待のソース焼きそばを見て唖然とした。・・・・・・・スパゲティナポリタンだった。 おまけに肝心のスパゲティは輸入品で高いから、中国うどんで代用している。こんなの有りかョ〜・・・・・ きっと何処ぞで食べたオーナーの恐るべき勘違いか、料理人の見様見真似だったのだろう。 この店で食べた中国人客が、未だにナポリタンを日本の焼きそばと思い込んでいるとしたら気の毒な話だ。 デパートの最上階にあるレストラン街などには、必ず1軒は焼肉屋がテナントとして入っている。 ちょっと前まで、これも異国の香りが漂う外国料理だったので、当然目の玉が飛び出るくらい高かった。 ところが値段が高いのが致命的。一般庶民には高嶺の花、昼時でも閑古鳥が鳴いている始末。 若い娘にチマチョゴリを着せて、入り口で「アンニョンハセヨ〜」と言わせても客は来なかった。 いくら人間の多い中国とはいえ、客として来てくれなければ商売は成り立たない。 隣の中華餐庁やベトナム料理店の満員御礼が羨ましい。 そこで外国料理店は、こぞって泣きの涙で値下げに踏み切った。 ランチタイムの2時まで50%OFF、嬉しい半額キャンペーンだ。 我が街、徐家匯にある焼肉のチェーン店2軒。いつ行っても客が入って居る方が珍しい大変な苦戦だったが、ランチタイム半額にしてから大分客数も増えた。 店先で配っている小姐のチラシやポスターには、期間限定のサービスと銘打ってあるが、肝心の期間がいつまで経っても未記入のまま。 客にとっては有り難い。私らだけ夫婦連れ立って行くのは勿論、お舅姑さんを呼んで一緒に食べる時もある。 大体1人50元(750円)見当で腹一杯食べられる。まぁ夜に来ても倍の1500円だから、東京から較べれば格段に安い。東京なら夫婦で行っても1万円くらい食べてしまうだろう。 だがこの店にも難点がある・・・・・・・・・・ みんな大好きなカルビを何人前頼もうが、持ってくる時は1人前づつ。必要以上に皿が大きく、そこに盛られた肉の量は、これが一人前かと思うくらいある。・・・・・・・・・ところがそれはあくまで平面的に見た時の話だ! フグ刺しじゃないんだから、何もこんなに薄く切らなくたって・・・・・・・・肉が皿にへばり付いて取れないなんて焼肉屋、聞いた事がないゾォ〜。 したがって幾ら安くても、身内以外のお客は連れて行けない。 今日は焼肉らしい焼肉を食べたくて、別の焼肉店へ遠征した。以前1〜2回行った事があり、美味しかった記憶が鮮明に残っている。少なくも肉はもっと厚かった。 バスで行かなければならないので、ついつい億劫になってしまうが、今回の上海暮らしもあと僅か。 美味しい焼肉を堪能して有終の美を飾りたいと、いそいそ出掛けた。
この店もランチタイムは出血サービス。焼肉定食25元やラーメン定食18元、炒飯定食20元などの定食モノが人気。上カルビ定食でも38元で食べられる。 以前来た時、見栄を張って上カルビをバンバン注文したが、それはそれは霜降りの極上肉だった。 でも店が良心的な所為か、普通カルビでも東京なら上カルビで通るくらいの美味そうな肉。決して落胆するような事はないので安心して食べられる。 それに炭火焼なのが嬉しい。蝶ネクタイのウェイターがテーブルに設えた七輪に、真っ赤に熾(おこ)った炭を入れて行く。 早速、迷う事無く焼肉定食を注文。ちょっと思案して肉が足らないと判断、カルビ肉を単品で1皿追加した。 ここはそんなに待たせない。間もなくドレッシングサラダ、キムチ、ワカメスープ、韓国風味付けした昆布の細切り和えがテーブルに並んだ。 やがてメインのカルビが3皿、おずおずと到着。これで役者は揃った。定食モノだけでテーブルは一杯だ。 いざいざ、食べんかなと気負いこんで肉に箸を伸ばして気が付いた・・・・・・あれ〜???? 「何これ!単品で頼んだカルビ皿も定食のと同じかい。おかしいジャン!なんでぇ〜」 メニューには普通カルビの単品は確か38元と書いてあったような・・・・・・ 色々特典の付いた定食が25元、その中の肉だけもう1皿頼んだら38元したのと同じだ。 これじゃぁ、話の辻褄が合わないんじゃないかぁ?! こっちは肉の量も多いとか、皿も違えるとか、当然何らかのハッキリした区別があるものと思っていた。 それが出来なければ、1人1品のみ限定と断り書きをして置くとかの配慮があって然るべきだ。 この辺りはやはり中国人商売、遠くそこまで気が及ばナイ。 「これ、同じ皿だけど〜!エッ、間違っていない。それならこの単品、定食に変更してョ!」 相手が相手なら、こちらも負けていない!女房、至極当然という顔で平然と言ってのけた。 結局、私が焼肉定食2人前を平らげた。ベルトも緩め、下も向けない満足度100%の幸福感。 最後のトドメに、特製バニラアイスクリームまで大サービス。これがまた上海では珍しい本格派美味。 私がウマイ!ウマイ!と連発するので女房、「もう一つ貰ってあげましょうか?」 まぁ、定食3人前だから、3つ持って来ても良さそうなものだが、食べているのは2つだけ。 だからといって日本人なら厚かましく「もう一つくれ」とは中々言えない。 「アイスクリーム一つ足らないョ・・・・・」 「これは人数分だけデス」 さすがの女房も、ここは黙って引き下がるしかなかった・・・・・・・・ これで勘定は〆てたったの75元(1125円)、こりゃ東京へ帰りたくなくなったぞ。 「ありがと・・・・・ますた〜」(本人は“ありがとうございました”と言っているつもり) 調子外れだが元気のいい小姐の声が、店内一杯に響いていた・・・・・・・・・ おわり
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