2007年1月
私がまだパーマを掛けていた4年前、この朝礼をやる店での出来事。
オールバックを注文したのに、うっかり間違えたのか、よく分かりもしないで知ったか振りをしたのか、とにかく居眠りしている間に七三の横分けにカーラーを巻かれてしまった。
文句を言っても、巻き直す気配はなく、大丈夫、大丈夫の一点張り。
よ〜し!仕上がりが注文通りでなきゃ金なんか払わないぞ!とその時を待った。
今時流行らないお釜型のスチーマーを被せられ、いやその熱いこと熱いこと。
パーマ定着液を何度も振りかけ、その度に髪裾から滴るのを、備え付けのトイレットペーパーを千切っては拭き、千切っては拭き、それでも間に合わず、襟裳からツツツゥーと背中に垂れて行くのにもジッと耐えた。
激闘3時間!これで髪がゴソッと抜けたら、どうしてくれるんだ!と思いながら、やっと仕上がりの時を迎えた。
案の定、オールバックにはならない。横へ流れるように巻いてしまったのだから、なる筈がない。
そんな細かいこと気にしない、気にしない、とばかりに美容師は、ドライヤーで強引に後ろへ撫で付けた。
「ハイ、終わりです。いい仕上がりでしょ」
「でもさ、これって洗ったら、また横向きになっちゃうんじゃないの?」
「大丈夫、髪が伸びてくれば、そのうち自然に後ろへいきますよ」
そりゃ、そうだろうけどさ〜、それまで出掛けるなってか!これじゃ帽子でも被らなきゃ、しょうがないぜ!
女房が、どう通訳してくれたか知らないが、私の剣幕で大方の察しはついた筈だ。
それでも美容師は、自分のミスを認める気などはサラサラなく、却って良い結果になったと自画自賛した。
この時、まさに女房と同じ心境で、あぁ、こいつらには何言っても駄目だと、諦めたことを思い出した。
これで懲りてしまい、以来この美容室には行っていないが、どうだろう、技術のレベルは上がったのだろうか?
いつも店の前を通る度、店内をガラス越しに覗くが、そこそこ客は入っているようだから、まぁ、この辺界隈の美容室の中では健闘している方だろう。
それとは正反対の店が、我がマンションの1階店舗にある。
今ではいつ潰れるか風前の灯状態で、一頃の勢いはまったく見られない。
女房など1000元カードの残りがまだ200元ほどあるから、早く使ってしまわなければと焦っている。
中国ではこういう末期的症状を見せ始めると、いきなり店を閉める。
長い間のご愛顧もへちまもない。夜逃げ同然であるから、勿論、使い切れなかったカードの残金などは戻ってこない。
だから、いくら割引率が高いからといっても、高額のカードなど買うのはよくよく考えないと割引どころか丸損になりかねない。
目端の利く奴は、そんな噂を聞いたり、気配を感じたるすると、急いでネットオークションにかけて、カード残金の半値くらいで売ってしまうらしい。
このネットオークションにかけるのは、なにも倒産絡みだけではなく、カードを買ったはいいけれど、店のセールスのしつこさに嫌気が差したとか、技術が気に入らなかったりした場合もオークションに出てくる。
買う側に不審がられないよう、長期出張で使い切れなくなったとか、彼女のために購入したが別れたので要らなくなったとか、もっともらしい理由を付けているが、どこまで本当なのかは怪しいものである。
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この店、以前の経営者は30歳をちょっと越えたくらいの小姐だったが、従業員にも厳しく、店内の雰囲気にも馴れ合いがなく割りと良い印象だった。
開店以来、5年も商売を張ってきたから、お得意客もあっただろうし、それなりに経営は安定していたと思う。
ところが1年ほど前、マネージャーをやっていた小姐に店を譲ってしまった。
どんな経緯があったかは知らないが、このマネージャー、店を引き継いだ途端に態度がガラッと変わった。
まるで自分専用の美容室でも持ったつもりで、毎日、自分の美顔エステに勤んだ。
それをやらされるエステ小姐は可哀想である。相手はオーナーだから、恐らくタダ働きなのだろう。
その癖、お金にはシビアで、女房にもカード残金が少なくなったから補充してくれと、顔を見る度せっつく。
私らは10元の洗髪按摩のファンで、しょっちゅう来ていたが、今まで40分くらい掛けてくれたのが、30分になり、最近では20分くらいに端折ってしまうようになった。
元々どこの店でも、洗髪按摩の10元はサービス色が強いのだが、オーナーは10元で40分も掛かっちゃ割が合わぬと思ったのか、時間の短縮という暴挙に出た。
馬鹿を言っちゃぁいけない!洗髪按摩をしっかりサービスすれば、黙っていてもそれが高額の毛染めやパーマ、エステに繋がって行くものだ。要するに商売が下手なのである。
オーナーがそんな調子だから、従業員一同も右へ倣いするのは当たり前。
シャンプーも按摩も、力なんか入れたら疲れて損だとばかりに、揉むのではなく撫でているだけの、単なるポーズに変わってしまった。
お客は正直である。そのうち、閑古鳥が鳴くようになった。
客が来ないから勿体無いと、店の照明も少し落とすようになり、全面透明ガラスの向こう側では、カット美容師や洗髪小姐が手持ち無沙汰で、テレビなんか見ている日が多くなった。
腕のいいエステ、按摩小姐は、これでは稼げないと次々に店を去り、顔ぶれは新人ばかりが目立つようになる。
人間落ち目にはなりたくないとはよく言ったもので、悪循環の歯車は逆に、逆にと回って行く。
ようやくオーナー小姐にも焦りの色が見え始め、心労が祟ったか、小太りの体型がエステなんかのお世話にならなくても、見事なスリム体型に変身した。
まさに怪我の功名とはこのことである。
さて、女房気掛かりのカード残金200元である。
春節明けまでに使ってしまわなければ、今度上海に来た時は、この店、本当になくなっているかも知れない。
二人で行って、洗髪のあと按摩を頼んだ。
これでも100元だから、まだ゙100元残る。
オーナー小姐はすっかりお見限りだった私らを見ると、すばやく駆け寄ってきた。
「私はあなたたちが上海の戻って来ているの知ってたよ、ちっとも来てくれないなんて冷たいね」
要するに、長い付き合いで友達だと思っていたのに、協力(売上げ)してくれないなんて友達甲斐がないと言いたいようだ。なんだか一方的に友達にされてしまったようで気分はよくない。
中国の人間関係は、深入りすると身動きが出来なくなると、女房はよくこぼす。
ちょっと世間話が出来るようになった程度で、別に深入りした訳でなくても、馴れ馴れしくこういう態度に出て来るのだから、深入りしたらもっと大変なことになるのは十分予測できる。
女房の方を担当した小姐は、まぁまぁだったが、私についた小姐は、てんで話にならないくらいのど素人!
これでも金を取るのかと文句を言いたいくらいの奴だった。それでも一所懸命下手は下手なりやってくれれば、まだ可愛げもあるのだが、やる気の無さもこの店ピカ一ときていた。
1時間の持ち時間中、欠伸が5回、ええ、あまり腹が立ったので数えちゃいましたよ。
ただただ時間つぶしのための按摩で、ほとんど撫でてるだけ。おまけに全体を揉み終える時間の配分など、まったく考えちゃいないから、最後の足揉みは時間切れで、右足だけ揉んで左足はなし。
もう二度と来てやるもんかと思いましたね。早く潰れてこの辺をスッキリさせて欲しいと念じましたよ。
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ところが女房の奴、まだ残りの100元が気になってしょうがない。
「もうすぐ東京へ帰るから、髪をカットしてきなさいよ・・・・・1階のお店で」
もう二度と行くこともないと思っていた店が、カード残金のために、また行かされる羽目になりましてね。
あまり上手そうに見えないカット美容師だったけど、もう一人も似たり寄ったりだし、仕方なくやってもらいましたよ。2年ほど前にパーマは止めていますからね、チョンチョンと髪を切ってもらうだけだからと。
それなのに、どうやったらこういう切り方が出来るのか、思わず感心してしまいました。
カットが終わり、ドライヤーで切髪を吹き飛ばして、改めて鏡を見て・・・・・ピンときた印象は、明治の書生さん。
明治だなんて古すぎて分からない方もいるでしょうが、まぁ、とにかく前時代的な仕上がり。
私がもう髪型なんかに拘らない歳だといっても、これはないでしょ〜!
中国じゃこれが流行かもしれないが、私はこれから日本へ帰るんだ!日本じゃ笑われちゃうよ、こんなの!
文句言おうにも、言葉は殆ど通じないし、下手に直してもらってもっと酷いことになっても困るから、そのまま不満タラタラで戻ってきた。
「ただいま〜」と声を掛けた私の頭を一目見て、女房も笑いを堪えるように顔を背けた。
「大丈夫よ、そのくらい。あんた外に出る時、帽子被ってるから分からないよ」
いやいや、そういう問題じゃない。やっぱり、他の美容室に行って、やり直して来ようか?
そんな必要はない!東京へ帰るまでに髪も少し伸びるから、それほどおかしくなくなると、女房は人の頭だと思って簡単に片付ける。
そのうえ、あんたの頭なんか誰も気にしてないから大丈夫!とまで言われた。
それじゃ、まるで人格を否定されたようで、甚だ面白くない
私の頭をしげしげと見ていた女房は、髪型ではなく別のことに気が付いた。
「あんた、ついでに白髪染めたほうがいいよ」
20歳も年齢が違うせいか、白髪に関しては私自身より女房の方が気にする。
だが、私はこの髪を染めるのが大の苦手ときている。
ツンと鼻を突く染料の刺激臭が堪らないし、染料を服に垂らしたら落ちないから、上半身裸の上にビニールを被せられるのも嫌だ。
もう、まな板の上の鯉の心境で、身動きひとつせず、女房が塗り終えるのを我慢の一字で待つ。
色が定着するまでの30分が長い。やっと女房から、「ハイ、洗ってきていいよ」のOKがでると、一目散にシャワールームに駆け込み洗い落とす。
「やれやれ、これで2ヶ月は安泰だ」と、洗い上がりの髪を鏡に映し、ホッと安堵の溜息をつくのが毎回のパターンなのだが、今回は様子がまるっきり違った!
「オ〜イ、大変だ!大変だ!ちょっと見てくれよ!」
私は洗面所から絶叫した。鏡に映った髪は、いつもの見慣れた黒ではなく、亜麻色に染まっていたのだ。
ただならぬ叫び声に、女房も慌てて飛んできた。私は、「これ!どうしてくれるんだ!」と食って掛かる。
「アレ〜、おかしいね。定着時間が長すぎたかな?」
「俺は30分だっていうから、ピタッとその通りにしたぞ!よく説明書読んだのかよ」
「あっ・・・・・・間違えちゃった!私の毛染めでやっちゃった!」
かくて、亜麻色の髪の明治の書生さんが出来上がってしまった。
もう、髪型がどうこうの問題じゃない。仲良く同じ色の茶髪夫婦になってしまったのだ。
間違えたのは、もう1回染め直せば済むだろうが、私にとって連続であの苦行に耐えなければならないのが、何よりも辛く口惜しい。
これというのも、あの美容室にさえ行かなければ、こんなことにもならなかった筈で、そう思うとまた新たな怒りがメラメラと込み上げてきた。
それからというもの、丑の時参りじゃないが、藁人形に釘を打つ怨念を持って、1階の美容室の前を通る。
透明ガラス越しに誰も客が入ってなかったりすると、いよいよ倒産Xデーが近くなったかと、一人ほくそ笑んでいる。
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美容師の月収は大体2000元(30000円)くらい、洗髪小姐で1200〜1300元が相場だろう。
これは特に安い訳でもなく、外食業界も普通の餐庁なら、一通りこなせるコックが1500元、下働きなら1000元にも届かない。先日も近くの火鍋餐庁の店先に、この値段で募集広告が出ていたから間違いない。
私が贔屓にしている焼肉屋のマネージャーも、日本で5年ほど働いた経験があり、日本語だって達者であるにも拘らず、1500元程度しかもらえない。
飛ぶ鳥を落とす勢いの上海も、このように草莽の庶民は薄給に甘んじているのが現状である。
一流美容師を目指して頑張る、或る一人の若者の話を紹介しよう。
彼ら、彼女らの住宅環境は劣悪で、狭い部屋に何人も押し込められ、それでいて寮費は月200元も取られている。食費は月180元だが、毎日、ちんげん菜と大根の炒め物で、何ヶ月も肉なんか見たことがないという。
強制的に菜食主義者にさせられたお蔭で、スリムな体型は維持しているから、これは喜んでいいのか?
会社の研修もしょっちゅうあって、月4日の休みのうち、1日がこれで潰れる。
それでもタダならまだ我慢もするが、少ない給料の中から、これも場所代や研修費を引かれてしまう。
そのうえ、山よりも高いノルマを課せられ、達成できる人なんかいないのに、出来なきゃ罰金だ。
何のことはない、稼いだ給料も巡り巡って、オーナーの懐に戻る仕組みになっている気がする。
まったく、我々を奴隷か疲れないロボットとでも思っているように、こき使われる毎日だ。
一見華やかに見える美容室も裏に回れば、いつも泣かされているのは働く者達である。
繁栄と好景気に浮かれる上海にあって、その下支えをしている彼らが報われることは少ない。
片方では、大学を出て運とコネで大企業に就職出来た者が、基礎給料の何倍にも相当する、22項目以上の訳の分からない補助手当てで、月収1万元以上ももらっている。
不平等感が蔓延してきた上海、貧富の差はますます激しくなって、この先、どう辻褄を合わせていくのか?
今日は春節大晦日前日、通路までギッシリの硬座列車で故郷へ帰る者もいれば、遠くて5日間の休みでは帰れなかった若者もいる。でも一様に明るい笑顔なのが救いだ。
小雨降る深夜の街では、明日を待ち切れずに花火を打ち上げる音が木霊していた。
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