| 夕べは寒かった。勿論、この賓館クラスではエアコンはない。 その所為か、私は朝から風邪気味で調子は今イチ、食欲もない。 今日も元気だ!お粥がうまい。その分上海一族は相変わらずの意気軒昂だ。 8時より一路麗江に向かって予定通り出発。 裾野に広がる畑の中の一本道を爆走。昨日心配した、荒っぽさと巧みさが紙一重の運転技術が際立つ。 流れる景色は2000mを越す高地ゆえ、山に漂う雲が朝靄のように見える。 「ホラホラ、あそこ!すごいョ、綺麗だぁ〜」 雲の切れ間から差し始めた眩い朝日に、くっきりと壮大な虹が掛かった。 それはそれは大きな虹だった。周りに障害物がないから余計見事に見える。 「カメラ!カメラ!何処入れたんだァ〜・・・・」 小刻みに揺れるバスの車窓から、ベストショットは至難の業。 車窓を開けると朝の冷たい風が勢いよく流れ込む。 「寒い!寒い!」と乗客連呼。申し訳ない・・・・だがこんなチャンスは滅多にない。 気負いこんでシャッターを切るが、その都度デジカメの画像は微妙に外れる。 何枚か執念で取り終えて急ぎ窓を閉めた。なんとか1枚だけ虹の全体が画面に納まり、ひとり納得の笑みが零れる。
2時間くらい走りトイレ休憩をかねて郷土博物館下車。予想通り博物館は名目だけ。 連れて行かれた館内は、少数民族の風俗紹介の写真パネルが僅かに壁を飾り、政府関係のお偉いさんが訪問した折りの写真の方が余程目立った。 あとはお決まりのお土産店がズラッと並ぶ。玉蜀黍を茹でた露店なんかも出ていた。 カミさんは最近買った携帯電話を入れる布製の小物を、買おうかどうか迷っている。 民族衣装を着た可憐な売り子、人里離れた山奥に埋もれさすには惜しい美形。 世の中も中国も広い。半世紀生きて見聞した中では、こりゃぁ5本の指に入りそう。 この歳になっても、傍に居るだけでドキドキ胸が熱くなるくらいだ。 「これ、10元にならないの?」・・・・・女房いつもの値切りが始まった。 「よせ!よせ!そんなの値切るんじゃねぇョ・・・・・・・」 ごめんなさいね。今の私に出来る事といったら、せめてこの程度・・・・・・・・ヤッパリ美人は得だぁ〜 ちょうどお昼に麗江到着。又々豪華な昼食を食べて、麗江古城の観光に出る。 それにしてもこのツアーー料金760元(11400円)、採算が取れているのだろうか? 中国は値切ればドンドン安くなって、これじゃぁ終いにはタダになってしまうのではないかと思う事さえある。 まったくもってモノの値段が見えない。
麗江古城の観光。 我々が描いている如何にも中国然とした古い街並みが、古城の観光用として形成されている。 家は古いがどの家も小さい店を構え、お土産を売っていた。 通りとは言えない石畳の細い道。家々を囲む路地を縫うようにして散策。 中ほどには透き通った流れの小川があり、観光客が物珍しそうに眺めていても、土地のおばさんは気に掛ける様子も無く洗濯をしていた。 時々古い土蔵に似た造りの家の白壁に、大きな英語文字が書かれていたりする。 矢印まであるから、きっと商売上手な店主の知恵、外人観光客目当ての店かナンカの案内なのだろう。 そういえば古い家並みに、忽然と浮いたようなコーヒー店があったっけ。いいや、カウンターまで設えたショットバー風のもあったぞ。 なのに日本語が殆ど見えない。何処へ行っても日本人観光客が席巻している筈なのに、珍しい事もあると妙に感心。 日本語がアチコチ氾濫していると恥ずかしいし、ナイとなると少々寂しい気もする。人間は勝手なモンだ。 いよいよ風邪の症状が顕著になり始めた。鼻水が不本意にタラッ〜と垂れてくる。 いい歳をして恥ずかしいから鼻をかむ。それだって横向きとか、しゃがんでするとか、一応気を使っている。 なのに女房が「よしなさい!」と眉間に皺を立てて小声で諌める。 中国人にとって人前で鼻をかむのはマナー違反だという。 ・・・・・・・・カチンときた 私としては人前の体裁よりも、まず私の体調を気遣って欲しかったのだ。 第一中国人は平気で道端にツバを吐くのに、どっちもどっちじゃないか! 高地だからタダでさえ息苦しいところへ、鼻詰まりのイライラも加わり珍しく反発した。 「分かった!今度は堂々と見えるところで鼻チ〜ンしてやる!」 お舅姑さんは水を得た魚のように元気溌剌。 こういった場所を観光する度、「俺は上海人でよかった」と感慨も一入なのだろう。 同じツアー客の中に、村夫子(そんぷうし)然として痩せたおじさんが夫婦連れで来ていた。 福建省の人で、旅行慣れしていない所為か、何から何まで旅行社パックにしたらしい。恐らく相当ボラレたんじゃないかな? お舅さん、この夫婦とすっかり意気投合。良い旅の道連れが出来たようだ。 かくしゃくとしたこの御仁。歳は64才といっていたが、その額に深く刻まれた皺は、どう見ても70才過ぎにしか見えなかった。 バスの中では、この夫婦が私たちの前に座っている。おじさん余程の煙草好きと見えて、バスの中でも火をつける。まだこの辺のマナーが徹底していない。 車内に張られた「禁煙」のステッカーは有名無実、運転手やガイドまで時として吸っている。 私も喫煙に掛けては人に負けないが、マナーは心得ているつもりだ。 このおじさん、飄々としているが見ていないようで、しっかり見ている。 なにやら聞き慣れない言葉を話すあいつは何者?時々胸を押さえフゥ〜フゥ〜言っているが、どこか体の具合でも悪いのかいな? それで談笑しながら歩く道すがら、お舅さんに聞いた。 「一緒に居る人、幾つくらいなの?」・・・・・・・一緒に居る人とは私の事だ! 「幾つくらいに見えます?」・・・・・・お舅さんも人が悪い。 「ウ〜〜ン、私よりまず歳はいってますな〜・・・・・70は過ぎとりますでショ」 これを傍で聞いていた女房は大笑い。言われた私はちっとも笑えない。 クソッ!言うに事欠いて70過ぎとは、ほざいたな〜。鼻水を啜りながら地団駄を踏む。 「私はおじさんを、90歳もとっくに過ぎて旅行出来るなんてスゴイと感心してました」 女房にこう言い返せと頼んだが、喧嘩になるからと、結局私が言われッ放しでチョン。 以来、このおじさんとは口も利きたくなくなった。根に持つ性格ゆえ、食事も別テーブルでするよう心掛けた。 麗江古城散策も終わり、次に向かう先は“黒龍潭公園”中国お得意の定番だ。
これといって見るべきものはない。澄んだ池の周囲の山々が水面に映し出されて、中国なら何処でも見られる景色で少々食傷気味。 ただ池の辺を歩いて周るのでは能がナイ。ガイドも困ったのだろう。 池の淵に立つ、ゴツゴツした松の古木の木肌が、ちょうど鰐皮のように深く細かく分かれている。 それを指し示し、取って付けたように麻雀の牌松だと説明してた。 しかも、これを撫でて触って行くと、麻雀が強くなる! なんでそう根拠も無い事を、平気でシラッと言えるかなぁ〜・・・・・ そう言われると、人間の手の届く範囲がテカテカと黒光りしている。 他のガイドも、きっと同じような事を言っているのだろう。 もうアホらしくって聞いてられない!・・・・・・・が、私もソッと触ってきた。 池の中ほどにお堂があり、橋を渡って行ける。そこから撮る写真が最高だと自慢げにガイドがのたまう。 折角来たのだから綺麗な写真の1枚もと、テクテク橋を渡った。 息が苦しいと何事も億劫になるが、私は気力を振り絞った。 絶景ポイントは間違いなかったが、なぜか邪魔がいる。 上半身裸の屈強な若者が、カンフーの練習中。 知っていてどかないのか、観客が見ているから益々エキサイトしたのか、このカンフー兄ちゃん中々終わりそうにナイ。 相手が強そうなので文句も言えず、ここはガイドが代表して言うべきとの目が一斉に注がれる。 当のガイドは我関せず、「これも風景の一つだから・・・・」と実に気楽そうだ。
今日の観光日程はこれで終了。夕方5時半を回り、ちょっと早目の晩餐に向かう。 一旦麗江の街中まで戻ったが、通り過ぎてドンドン寂れた街外れに連れて行かれた。 普通の農家兼用餐庁、少々面食らいながら入った庭には、玉蜀黍が所狭しと干してある。 ・・・・・・・オッ、いきなり落ちたな〜 どうやら食べるところも、吹き曝しの庭先のようだ。 「長居は無用だぜぇ〜、俺は風邪気味なんだからョ〜」 女房も「分かった」と頷く。 どうせ今日は大した事ないよ。普通の家庭料理か田舎料理じゃないの〜? さすがに夕方になると冷え込んできた。露天での食事はチョと辛い。 縁台風の低い腰掛に座って待っていると、人の良さそうな農民店主が挨拶にやって来た。 挨拶よりも料理の方を先にしてくれないかなぁ〜 その家の娘と思しき小姐が、湯気の出た丼を次々運んでくる。 ちょっと丼の縁が欠けているのは、ご愛嬌か。 如何にも田舎然とした素朴な料理が膳に並ぶ。見た目からして私はもう食欲減退。 早速食べ出した皆々が「美味しい!」と大喝采。 今まで中国人が美味しいといって、私が食べて美味しかった例がない。 そう期待もしないで、大根の煮付けらしきものを一つ摘まんで口に入れた。 これが美味!なんで!・・・・・・見た目からは想像も出来ない。 どれも少しづつ食してみたが、皆一様に美味しかった。 店主が自慢の地酒を注いで回る真心サービス。 私は飲めないから丁重に断ったが、他の男連は杯を重ねていた。 突然、乾杯の唄。店主と女房とその娘が盃を捧げて朗々と歌い出した。勿論アカペラだ。 店主、女房はともかく、娘が可哀想。恥ずかしいのだろう、泣きそうな顔だった。 まずまずの晩餐だった。日本からのツアーじゃ絶対に望めない体験でありました。
これで完全終了と思いきや、ガイドがさり気なく気を引く言動。 「ここから近いところに、少数民族の結婚を体験できる民族館があります〜」 結婚を体験出来るとは穏やかではないが、女房、「どうせタダでは済みっこナイ!」 ガイドはこっちの警戒心を察してか「無料、タダ、お金はいらない」を連呼する。 私は風邪気味、女房はお金の心配で気乗りがしなかったが、ツアー全員がすっかりその気。 私らだけ反対するのも大人気ないと、不承不承付いて行った。 「納西民族園」の看板が掛かっている。 驚くなかれ、手薬煉(てぐすね)引いて待っていたように、派手な民族衣装を着た若い娘が、両サイド横一線に並び一斉のお出迎え。 こりゃ駄目、これでタダなんて有り得ない。私らは経験上、敏感に謀略を感じ取った。 皆ドコまで人がいいんだ!何の疑いも無く、若い娘の拍手に乗せられ入って行く。 アレレッ、お舅さんまでも・・・・・・・ 仕方なく気が進まずに入った民族園。形ばかりの農耕機具や風俗の紹介。 それが終わるや否や、さっき出迎えた大勢の娘の中から選りすぐりの美形が、ワァーと隣室から現れた。 もうウ〜もス〜もない。寄ってたかって上着を脱がされ、赤マントと冠を被せられてしまった。 そら始まった!女房先見の明あり。 私はドサクサに紛れ言葉が分からないからと逃げの一手。 それでもウムを言わさず襟首を掴まれ、強引にその珍妙なマントを着せられた。 反対の扉を開けると階段があって、ちょっと広めの裏庭へ続いていた。 手に手をとってこの階段を降りる。まさに結婚の花道だ。 かりそめの儀式に参加出来ないツアーの女ども達はヤンヤの喝采。 裏庭に双方間を空けて一列に並ばされた。 進行役の小姐がこれからどうするかを説明するが、こっちは皆目ワカラナイ。 どうやら渡された赤い布をお目当ての娘に被せ、抱きかかえて別室に運ぶ。 所謂、略奪結婚ゲームみたいなモンらしい。 よしてくれョ!こっちはジッとしていても息苦しいのに、いくら細身の可愛い娘だって、抱きかかえて走るなんざぁ自殺行為だ。 そんな事を説明している暇はない。躊躇している内にスタートの号令が掛かってしまった。 むくつけき男達が一斉に可憐な少女に襲い掛かる。 キャ〜キャ〜逃げ惑う美少女達。・・・・・・(ちょっと真剣味が足らないぞ〜) 一方相方の娘は私が襲ってこないので、逃げ惑うシチュエーションが出来ずに困っている。 ええ〜い!侭よ!ここまで来たらヤルッきゃないだろう。 赤い布を両手に広げ、ヨタヨタと近付く。これじゃ略奪など、なりゃせんじゃないの。 相手は若い。ちょっと蹴飛ばされたら、簡単に引っくり返ってしまう。 有り難い事に待ってましたとばかりに、大した抵抗も無く餌食になってくれた。 さぁ、ここからが大変! ハテ、この娘抱き上げられるだろうか?一瞬、躊躇し怯んだ。 他を見れば皆軽々と抱きかかえ、悠然と別室に消えて行く。 人は人だ!咄嗟に無理と判断して・・・・・・・おんぶに変更した。 娘も驚いたのか、布を被せられて見えない上、おんぶでは要領が掴めない。 ヨイショ!おんぶしたまでは良いが、前方の別室までペース配分を考えなくちゃならない。 別室入り口に5〜6段の階段もある。 おぶわれた娘の、まだ固い乳房の感触を楽しんでいる余裕などナイ! 火事場の馬鹿力はなかった。ものの数m駆けただけで息が苦しい。 アレッ!と思った。こんな筈じゃぁ?と考えたら、おぶわれた娘の両腕で首を絞められていた。 そうだろう!いくらなんで、そこまで落ちぶれてはイナイ。 「グルジィ〜・・・・・首!首!」・・・・・・・日本語じゃ分からないか。 ズルズルと娘を引き摺るようになった。これじゃ落語の「駱駝の馬さん」そっくりだ。 ようやく息も絶え絶えに娘を別室に連れ込んだ。 もしこれが本当の略奪結婚だったとしても、もう手を出す気力もナイ。 女房から後で聞いた話だが、例の村夫子然の親父。あの貧相な体では、とても抱きかかえるのはおろか、おんぶだって出来ないので、お手々繋いで別室に入ったとか。 私ももそうすれば良かったと思ったが、あとの祭り。 夫婦の契り、固めの盃。お互いの腕を絡ませ一気に飲み干す。みんなはそうした。 お舅さんなど破顔一笑、鼻の下を2cmくらい伸ばして大喜び。 うちの女房、そうはさせじとストップかける。勿論、ゲームである事は重々承知。 私はアルコールが入ると余計苦しくなるのだ。ありがとさん、助かったぁ〜 めでたし、目出度し、これでお開きかと思ったら・・・・・結納金?を出せと来た。 ウ〜ンこれは新手の金集めだ!手が込んでいる。 ウチのツアー以外の男が、豪気にも100元札をまず皮切りに出した。 お金を乗せるお盆が回された。皆アレッ!とした顔だが、今更引っ込みが付かない。 うちのツアーの男連が渋々財布から100元札を取り出した。 グルッと回ってお舅さん、さすがに知らん顔して抜けられない。皆の手前メンツもある。 断腸の思いで50元札をお盆に載せた。100元札を出さなかったのは、せめてもの抵抗か? そして私。おおよその察しは付いていたが、瞬時に財布の中身を思い出す。 確か50元札は無かった筈?、日本と同じでご祝儀にお釣りはナイ。 そこでカミさんを大声で呼んだ。 「ヤッパリ金出せってョ〜・・・・・みんな出したから、しょうがねぇよ」 傍らの相方娘はお盆を持ったまま、私らの逃走を警戒している。 今までの経緯を一部始終見ていた手前、さすがの女房も10元は出せない。 これ又断腸の思いで、50元札をお盆の載せた。 辺りはすっかり薄暗くなった。 お帰りも、幼気(いたいけ)な乙女達がズラッと並び、手を振って名残を惜しむ。 「ありがとう!又来てネェ〜」・・・・・・・・・・来る訳ないだろ! こちらもバスの窓を開け、手を振り々歓送に応える。 娘達は口々に何か叫んでいるが、もとより私には分からない。 ・・・・・・・・きっと今日の大成果を称えあっているに違いない。 バスの中は笑いの渦。毟り取られなかった女連がキャッキャッと囃し立てる。 大枚100元も取られた男達は項垂(うなだ)れてガックリ。上海チームは50元で、まだ傷は浅かった。 それにしても最初に100元出した奴、いい子ぶっちゃって何処と無くおかしかった。 最初は居なかった筈なのに、いつ入ったんだろう?・・・・・・ 瞬間!ピンと閃いた・・・・・・あいつサクラじゃなかったのかぁ〜!
賓館に着いて、どっとベッドに倒れ込んだ。 風邪気味の上に重労働?が重なり、本格的な病人になってしまった。 熱を測ると38度を超えている。こりゃイカン。 頭ガンガン、寒気ゾクゾクで、手持ちの薬を飲んで早々に就寝。 それにしても、さっきの娘。小顔で愛くるしくて好きなタイプだったなぁ〜。 飲んだ薬が効いてきたのか、ロリータおじさん涎(よだれ)を啜り、いつしか夢の中・・・・・・・ 7章 麗江は東洋のスイスへ続く・・・・・ |