中国旅行のすすめ

1章 遥かなる昆明めざして

 秋は中国だって旅行シーズン。
上海の大都会に身を置いていると、時々無性に広々した空間が恋しくなります。
去年の秋は九寨溝。思い起こせば粒々辛苦、悪夢のような旅でありました。
今年は女房が何と言おうと、私の体力に見合った旅をしてみたい・・・・・・・・

私のささやかな願いをよそに、上海義父母の期待は膨らむ。すっかりその気で手薬煉引いて待っている様子ありあり。
何となく恒例化してしまったファミリー旅。今更夫婦だけで行きたいとは言い難い。
実家の義父母を大事にする事・・・・・・・これ夫婦円満の秘訣。
普段では滅多に望めない、女房のしおらしい感謝の言葉も聴ける。
まぁ、一緒に行くのはイイ。顎足付きだってさほど気にしていない。
問題は果たして私の体力が中国式スパルタ強行軍に耐え得るかどうかだ!

「お舅さん、今年は何処へ行きましょうかネェ〜」・・・・・ひょっとして辞退を期待。
「昆明辺りに行きたいネェ〜、あそこは遠くて中々行けないから・・・・・・」

ムムッ!やはり聞くべきではなかった。お義理の社交辞令など通用しない。
昆明と言えば中国の外れも外れ、隣国ミャンマーの国境沿いじゃないか!

義父母とも幼少の折、おしんと負けず劣らずの生活だったと聞く。
お舅さんは共産党華やかし頃、ちょっとは羽振りの良い時期もあったらしいが、往時茫々夢の如し、今年還暦を迎えてもう先が見えた。
行方定めぬ波枕、短い人生少しはいい事がなくっちゃぁ、なんとも悲しい。
頼みの綱の義弟だって、嫁が姑との折り合い悪く、とうとう出て行ってしまった。
仕事は誰でも出来るホテル警備員、上海景気からは取り残されて見通しは暗い。
義父母にしてみれば、この先、期待を胸に暮らしたって、宝くじでも当たらなきゃ、到底遠くの旅行なんか行けそうもナイ。

そこで婿殿の出番と相成る。
義を見てせざるは勇なきなり!背中に唐獅子でも彫った気分で立ち上がった。

 10月は旅行シーズン。日本から昆明の旅ツアー6日間で15万円くらい。
上海の旅行社ツアーでも3500元(53000円)それだけでも随分お得なのだが、両親の分を少しでも穴埋めしようとカミさん、涙ぐましい奮闘努力。
個人旅行に切り替えて1人2000元(30000円)であげて見せると豪語。
・・・・・・・・・・足元からじんわり凍りつくような恐怖が這い上がってくる。

「ねぇ、お金の問題じゃないョ。頼むから飛行機で行こうョ」・・・・・・・涙目の私
「どうせ時間はあるんだからいいじゃナイの!同じダョ」

九寨溝旅行で上海から成都までが35時間。それを聞いた時思わず目を剥いたが、今度の昆明は45時間。
2昼夜、籠の鳥の列車旅だ。去年より過酷な旅は容易に想像がつく。
上海一族はその差10時間を「この前よりちょっと遠い」で片付けてしまうから恐ろしい。
ええ〜い!こうなりゃ濡れる先こそ露をも厭え、毒を食らわば皿まで食ってやる〜
上海站待合室
上海站の待合室も、あっという間に改装した
上海〜昆明プレート
3000kmの鉄路を行く・・・・・・一言遠い!

 昨年と同じ硬臥席(2等寝台)に陣取る。
片道で下段が519元(7800円)中段が502元(7500円)上段が485元(7300円)
因みに軟臥席(1等寝台)は800元(9000円)、硬い椅子に座りっぱなしの硬座は180元(2700円)これで3000kmの長旅は拷問に近い。
この列車、最高時速が120kmしか出ない。今時JRの普通電車だってそのくらいは出るだろう。
それでも目一杯でトットと走ってくれれば、主要駅の停車時間を入れても30時間でお釣りが来る計算だ。
ところがこのスピードに乗るまで時間が掛かる。半端じゃナイ。
おまけに何の脈絡もなく、畑の真ん中で止まってしまう臨時停車。これにも困る。
停車駅が近づくと、制帽をキリリと被った女性乗務員がトイレの錠を閉じて歩く。
ストレート拡散形式だから、畑以外の場所では困る事は私にも分かる。
問題は予告なしに度重なって止まる臨時停車だ。

一度これに見事引っ掛かった。
丁度込み合う時間帯。でもこればっかりは仕方ない。先客3人の後ろに並ぶ。
日本人としてのメンツもある。キリキリ絞る痛みを抑えつつ、悟られまいと素知らぬ顔で待つ。
小刻みに揺れる列車の振動が、否が応でも煽り立ててくる。・・・・・・天は我を見捨てたか!

やっとやっと順番が回って来た。すでにズボンのベルトは外してある。
アリャッ!ドアが閉まらない。何とか錠を掛けようとするが、力任せに押せば下の方にも影響が出そうだ。
ガチャ!体を預け辛うじて掛かった。・・・・・・・フゥ〜ようやく態勢は整った。
もう何も考えられない。一気にしゃがみこんだ瞬間、それを待っていたかように列車は緩慢な走りに変わった。さっきまでリズミカルに刻んでいた車輪の音も次第に間隔が遠のいて行く。

「チッ!又臨時停車か」・・・・・・・・この時はツイていると思った。
揺れて安定感に欠ける体勢で事に及ぶより、ずんとマシだ・・・・・なんてのは素人の浅はかさ!

ドンドンドン!まるでドアを打ち破らんばかりに激しく叩く。
何やら叫んでいる声に聞き覚えあり。そうだ!あの突慳貪な女性乗務員。
鬼の首でも取った様に更に激しく叩く。もう客などと思っちゃいない。
ウン?ヤバイ!ここは停車駅かぁ〜・・・・・・・これぞまさしく運の尽きの万事休す。

 周りの騒音に気持ちがイラ付くようでは、中国の列車旅は出来ない。
中国人は話す声も大きい。感情をストレートに出す所為か、アチコチで喧嘩が始まったようにも聞こえる。
私の声も最近大きくなったとカミさんが窘める。もっと日本人らしくしろと・・・・
中国人が描いている日本人のイメージは、物静かで身だしなみに気を使い、そして清潔と言う事らしい。
(ご苦労さんなこったねぇ、いつもそれじゃぁ疲れちまうだろ〜)

車内のスピーカーから流れる憩いの音楽。人間の喋りに負けじと大音量。
とっても寛ぐ事なんで出来やしない。更に気に入らないのが、曲選びの感性だ。
映画“タイタニック”のテーマが甘美なメロディーで流れていたかと思うと、いきなり脳天を突き抜けるような、あの疳高い声の中国民謡が流れる。
極め付けは中国漫才を延々と流す。只の喋くりだから、こちとら分かる筈もない。
車内放送担当員の気紛れか好みで替えられては、客の方は堪ったもんじゃないと思うのだが文句を言う人はいない。

中国は油断禁物、盗難なんてしょっちゅうの話だ。4人のうち常に誰かは荷物を監視している事に努めた。
定期的に鉄道警察が巡回しているものの安心は出来ない。
女房にあまり脅かされると、百鬼夜行みんな豺狼の群れのようにも見えてくる。
しかし長年の習性は中々抜けない。留守番を頼まれても居眠りなんぞしているから「騙してもまだまだ騙せる日本人」などと揶揄されても仕方ないか。

2日間缶詰状態でも、列車内では娯楽が限られている。さすがに麻雀卓まで広げるスペースがないから、カードに興じるか寝るか食べるかである。
カードの方は時折、抜き打ち的に鉄道警察が踏み込んで賭け金を没収して行く。
情け容赦はしない。あれはちゃんと国庫に入れるのだろうか?

それにしても中国人は良く食べる。始終口を動かしている。
義父母なども食料だけでバック一つ満杯にあった。
朝昼晩と狭い通路を車内販売の弁当ワゴンが通る。
惣菜とご飯を別々のパックに詰めて15元(225円)、中国では割高だ。

「オラオラ!早く買わないと無くなっちまうぞ!」

そんな無愛想な言い回しで売り歩く。
女房に聞くと、「お弁当いかがですか?」と普通に言っているらしいが、中国語の勢いと大きな声で、何となく機嫌が悪そうに聞こえてしまう。
お舅さんはいつも一言多い。その通りすがる売り子にボソッと言った。

「アンタらにみんな儲けられちゃうネェ〜」
「あんた、買ったことナイじゃないの!そういう事買ってから言ってョ」

ひとしきり回っても高いから売れ残る。忘れた頃に又それを売りに再登場。

「今買えば5元にしとくョ!チッ、それでも買わねぇか!」

やっぱりそんな風に聞こえる・・・・・・・
停車時間はいそがしい!
やや大きな駅・・・・・パジャマの人は昆明までこの姿
寂れた地方駅
地方の駅は何処かうら寂しい・・・・物売りの声が空しく響く

 停車駅に近づくとアナウンスがある。気もそぞろ三々五々乗降口に集まり出す。
駅売りの弁当や果物が目当てだ。勿論、車内売りより断然安い。
狭い車内に閉じ込められていると息が詰まるので、私も停車駅に着く度、外に降りて外気に触れるようにしていた。
駅売りのワゴンの前は黒山の人だかり。見れば弁当と一緒に湯気の立ち昇る蒸し万頭が売られていた。
実に美味そうで、これなら食欲も湧きそうだ。
急ぎ私達の居る車窓を外から叩く。ノッソリ首を出したカミさんの面倒くさそうな顔。
万頭を頬張る仕草をして買ってくれのサイン。
間もなくパジャマにスニーカー、ざんばら髪を振り乱し、スッピンのおぞましい姿で降りてきた。
私は過去本当にこの女に惚れたのだろうか?自身を疑いたくなった。

「どれ!いくつ買うの?ア〜細かいの持ってる〜?」・・・・・持ってりゃ呼びはせん!

一つの蒸篭に小振りの万頭が10個ほど並んで3元(45円)。
女房おもむろに100元札を出した。まだ周りの人垣は崩れていない、売り子は忙しいのだ!けんもほろろに無視も同然。
仕方なくお姑さんに借りるべく車内に取って返したが、山と積まれた蒸篭は次々と羽根が生えたように売れて行く・・・・・・ア〜残り僅か。
戻ってきたカミさん。降りるのももどかしくステップに足を掛けたまま、一際大きな声で叫ぶ。

「ひっ、ひと皿頂戴〜!」

時すでに遅く、目の前でありがとさんの完売御礼。

「アホ!」・・・・・・憤懣やる方ない目で女房を睨む。食い物の恨みは怖いのだ。

地方の鄙びた駅では、駅売りも大切な収入源。お客さんは大事だ。
遠くから蒸篭の段重ねを抱えて、別の売り子が息を弾ませ駆けて来る。
カミさん脱兎の如く駆け寄り、肘で群がる人々を牽制。首尾上々にて一皿確保。
さすが私の見込んだ嫁さんだけの事はある!エライ!

ちょっと遅目だが和気藹々の朝食と相成る。当然、義父母にも勧める。
まず私からアングリかぶりついた・・・・・・・・??冷たい!
あいつぅ〜・・・・・・蒸す前の万頭も平気で売るのか!
売ってしまえばこっちのもの、ワゴン売り子の一本勝ち。
中国風駅弁釜飯
今売らんで、いつ売るんだ!・・・・気迫の弁当屋
悠久の中国
川の流れのように・・・・・悠久の中国

やはり中国個人旅行は、「清く、正しく、美しく・・・・・・」宝塚少女歌劇団唱歌のようにはいかナイ。

2章 昆明到着・嗚呼ヘトヘトに続く・・・・・・

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