中国初見参物語

2.とんだマンション巡りの巻

 まだ夜も明けきらぬAM6:00、早起きの私はホテルの窓辺に佇み、ナンでもカンでもすべて新鮮で興味深く目に映る上海を眺めていました。
時は1996年上海バブルの真っ最中、至るところ建築中の高層ビルが雨後のタケノコのように林立していて、建築屋の私にとってはワクワクするような活気に溢れている。
向かいのビルでは薄暗い朝モヤの中、もう作業が始まっているので驚いた。
熔接火花が綺麗な花火の如く弧を描いて前面大通りに向かって降り注ぐ。
ガードマンも居なけりゃ、危険防止のシートもない。
車や自転車は文句も言わず大きく迂回して、なんとなく暗黙の秩序が保たれている。
私はこういう所にワクワクする。
何事にも責任問題が付いて廻り、必要以上に法律でがんじがらめにされて身動きできない日本の建築現場に較べるとナンという開放感だ。
ホテル周辺は建築中だらけ



1996年当時の徐匯区徐家匯
2001年には一大商業地区へ

AM7:00を廻った頃、誰やらドアをノックする。
ドア越しに「誰?」勿論日本語である。返事は意味不明だがお舅さんの声のようだ。
随分早いなと思いつつドアを開け、咄嗟に何か言わなければと数少ない中国語が頭を駆け巡る。
私は「ニィ・ザォ(おはよう)」と言うつもりだったが、出てきた言葉は「ドア・サオ・チェン(これ、幾ら)」
と値段を聞いてしまった。まさかドアとドアを謎掛けした訳でもないし、そんな器量もない。、
本人は「おはよう」を言ったと思っているから全然気が付いていない。

言われたお舅さんが妙にシブイ顔になった拍子に、ハタと始めて気が付いた。
白けた気まずい空気が流れ、弁明しようにも言葉の壁は厚い。ここはもう愛想笑いしかない。
以来、誤解の元になる付け焼刃の中国語を使うのはヤメタ。

気まずさを引き摺りながら朝食に出掛ける。決してキレイとも清潔とも言えない町の普通のレストランで粥を啜る。
相変わらず矢継ぎ早に、何か話しかけてくるが一向に解らず返答に困る。

今回の訪中は結婚するに当たって両親への挨拶が主ではあるが、日本のテレビや新聞で盛んに報道されていた上海の好景気に乗じて、実際に自分の目で確かめ、条件が整えば値上がりを見込んでマンションを購入しても良いという腹だった。
その事は事前に彼女から上海の両親には何度も電話で説明済みだったので期待は高まる。
幸か不幸か?、お舅さんは国営建設公司に勤めていて、その方面にはかなり顔が利くし・・・・。

不動産屋とモデルルームとマンション現場の行脚が始まった。
何軒かの不動産屋を訪ねる。何処もカタコト日本語が話せる営業がいて何とか話は通じる。
という事は日本人の客も多いと推察するが、案の定価格は思いっ切り吹っ掛けられた。


「ナニ!3500萬円、バカ言うんじゃないよ。そんな高くて買う奴が居るのかヨ」

「高くナイヨ、中国、金持ち沢山イルヨ」

商業地区の駅前一等地30階建ての最上階、広い寝室と客室とメイドの部屋まであり、
リビングに至っては30畳ほど有りそう。浴室2、トイレ2。、厨房すべて大理石張りである。
外のバルコニーは人工芝が敷き詰められパーティが出来そうなほど広い。
ここは珍しく内装工事も込みではあるが如何にも高い。事前の調査を考えると納得いかないゾ。
当時の上海物価から換算すると、3億円の価値という事になる。
青田買いの3500萬円也
マンション下は地鉄駅
駅5分の一等地2100萬円也
駅5分一等地
上海郊外300萬円也
上海郊外

お舅さんに「太貴!太貴!(高い)」を連呼。もう少し安い所をと、身振り手振りで伝える。
うまく伝わらなかったのか、それで今度は極端にレベルが落ちた。
タクシーで徐家匯駅前から20分程走る。地下鉄の駅にして4つほど行った郊外である。
確かに駅前ではあるが、ひなびた商店が軒を連ね舗装されていない道路には砂埃が舞い、所々水溜りがあって凸凹、排水溝も満足でないと見た。。
開発が始まったばかりらしく土地柄に不釣合いなマンションが2〜3棟建っている。
連れて行かれたマンションの周囲は、まだ其処彼処に雑草が生い茂る野原が点在し、いずれ発展する筈とお舅さんの言葉が俄かには信じられない。
マンションは未だ外構工事を残しており、新築には間違いないのだろうが中身は中古のようだ。
入口エントラスも何処かうらぶれた感で、廊下通路の壁は全部ペンキ塗りの為、すでに相当汚れが見える。
ここは内装は自前でやる為コンクリートが剥き出しではあるが、広さはマァマァである。
25階の20階、廻りに何もないので見晴らしは良いが妙に寒寒しい。
価格は一気に10分の1以下の300萬円に下がったが、値上がりも見込めそうにない其れ成りの物件で、先の物件との余りの落差に食指動かず。

午後よりマンション工事現場視察に繰り出す。
お舅さんは上海人お得意のハッタリで「日本から知り合いのバイヤーが来る」ぐらいは言ったかも知れない。こっちが赤面するほどの出迎えであった。
私も建築屋の端くれで、日本では大手の下請けでマンション内部木工事を請け負った経験もあるが、大きな現場になるほど現場所長などと、滅多に顔を合わす機会も無く言葉も交わさない。言い返れば雲の上の人的感覚である。事もあろうに、そのお偉い現場所長さんが真新しい作業着にヘルメットをかぶり、ニコニコと満面の笑みを湛えて出迎えてくれた。ご丁寧に、その後ろと脇には5〜6人の部下まで恭しく整列している。
私と言えば当時の上海風俗から考えて、およそ場違いな派手なアロハ風シャツのいでたちなので、思わず出直して来たくなった。

工事現場の喧騒の中、数棟あるうち一番工事が進捗している棟に向かう。
外側の工事用エレベーターに乗ってどんどん上がって行く。途中の階では足の踏み場もない乱雑さが目立ち、整理整頓などクソ食らえの空気が漲る。
30階建ての20階に到着。降りた途端又ビックリ、ナナなんとこの階だけは綺麗に片付けられ掃き清められているではないか。
いやいや、これは私の為にやってくれた事じゃない。キットさっきまで本当のお偉いさんが来ていた筈だと思い込む事にした。・・・・・・・・・後が怖そ〜う

案の定降りてくると、御丁寧に通訳まで待機していた。
促されるままゾロゾロと近くの餐庁へ商談と成りし候。大阪で2年勉強したと言う建築公司直属女性社員の通訳は、巧みに両者の間を取り持ち次第に熱を帯びてくる。
「ココなら将来オフィスにも最適だから、隣の房子(戸)も買いなさい」と大きく出た。
締めて内装ナシの1戸2100萬円、2戸だから4200萬円である。
思わず眉をしかめた私の表情を見逃さず、さすがは商売上手な上海人業者であった。

「今なら完成前だから10%値引きしてもヨイ」と畳み掛ける。
お舅さんが何を言ったか知らないが、私がそんなに金持ちに見えたのだろうか?

もう何を言われても防戦一方で「考えてみる」の一点張りで乗りきった。
即決は無理と見たのか、この冷やかし野郎と見たのか、残念無念のあきらめムードが漂い三々五々やっと引き上げて行った。
3年後、マンション1戸買う事になるのだが、広さ・地域・地の利など殆ど変わらない所が、1戸内装工事込みで1000萬円で買えた事を考えると、ここでの決断はやはり正しかったのだろう。

3.恐竜博物館は何処だ!の巻に続く・・・・


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