| 中国初見参物語 |
| 1.気が重い上海初上陸の巻 |
| 1996年9月初旬、成田へ行くのに何に乗っていったらいいかもわからない。 どうやら成田エクスプレスに乗って行けば連れてってくれるらしいとの情けない情報をもとに、わざわざ事前に緑の窓口まで切符を買いにいく有り様。 (笑わないで下さい、当時本人は妙に真剣で緊張してました) オーバースティの彼女は用心して成田までは行かれないと云うし、私だって海外の個人旅行は初めてで不安だ。・・・・・・・・・・始発のホームで涙なし(クソ!)の別れ 女らしくない、可愛くない、細かい配慮が足らないのだ! あぁ〜この時もし気が付いていたらと思うと、返す返すも残念無念、慙愧に耐えない胸の内。 まだこの時は上海人を妻にするという事が、この先如何なる試練と悲惨な運命が待ち受けているのか、まだ知る由もなかった。・・・・・・・クフゥ〜〜(泣) 兎にも角にも何とか上海到着、2時間半の空の旅に案外近いと実感。 上陸一番、虹橋空港のトイレの汚さに唖然、ビックリ。 これはエライところに来たぞと暗澹たる不安がよぎる。 入国手続きを済ませ出口に向かうが、どこかわからずウロウロ・キョロキョロしていると不審者発見よろしく係員に連行され荷物検査。 中国語で捲くし立てられ、すでに頭は真っ白状態。眼光鋭く掴み上げたのが訪中直前に買った翻訳機. ・・・・・・・係員も見た事がないらしい。 完璧な北京語で喋ってくれる、日常会話を網羅したスグレ物。 どうやら「これは何だ」と聞いているらしい事は分るが、私も買ったばかりで使い方をまだよく知らない。 あれこれ、いじ繰り回している内に急に喋り出してお互いビックリ。 係員と目と目が合って頬が緩み、翻訳機を無造作にバックに戻し「行け」と目で指示。 ヤレヤレ助かったと出口に向かう。
連絡済の両親が来てくれてる筈だが頼りは写真の顔。出迎えの人達の顔、顔、顔。 どれを見ても同じに見えるし弱ったな。 再度見回すと、私の名前らしき文字を掲げたプラカードが目に入り、義父弟と思しき二人連れがが手を振っていた。 ドキッ!思わず練習してきた中国語の開口一番の挨拶を反復する。 初対面、顔はにこやかに笑っているが、向こうも何を云っていいか困っている様子。 私「サァ忘れない内に早く言ってしまおう」と覚えたての中国語挨拶を淀みなく?云ってはみたが何の反応もなく無視・・・・・・ヤッパリ付け焼刃ではダメだったか。 タクシーで住居のある徐匯区徐家匯に向かう。30分くらいの距離で割と近い。 車内でも何となく気まずい空気が流れ、意思の疎通が計れず言葉の壁は厚い。 車窓からは発展する上海を象徴するかのように、様々なデザインの林立するビル群。 遠目には近代的な都会を形成しつつも、それと対照的に逞しく生きる上海庶民の暮らしぶり・・・マナーなし、モラルなし、ルールなし。 路上で西瓜を食べてる光景が目に付くが、種は勿論皮もその場所に放っりぱなし、生活汚水も道路にぶちまけ、頻繁に車が行き交う大通りを実に巧みに平気で渡ってくるし、見ているほうがヒヤヒヤものだ。 正に何でも有りの雑多なエネルギーが渾然一体となり、良く解釈すれば活気のある第一印象の上海でした。 徐家匯のお父さんのマンションに到着。 繁華街の近くだが築5年と云われても、とてもそうは見えない老朽感。 10階の部屋に入ると、その暮らしぶりから妙に浮いた電化製品が並ぶ。 大型テレビ、8oビデオ、高級コンポ、エアコン等など、きっと娘の彼女が送ったものだろう。 9月初旬でかなり蒸し暑い、部屋に入った途端汗が吹き出てくるが一向にエアコンをつけてくれる気配なし。催促するのも図々しそうで気が引けるし・・・・・・・ 後で分ったが電気代の関係で滅多につけないらしい・・・・・・・ただのアート飾り物。 さてお土産の披露と相成り、お父さん(6歳しか違わない)には日本製高級スーツ、 弟には日本製中級スーツ、お母さん(3歳しか違わない)には日本製ワンピース、 弟の嫁さんにはそこそこのアクセサリー、その他もろもろ。 この日本製というのにこだわるが、外国製品偏重の現状ではここが一番大事で、それ以外は喜ばないからである。 お互い無言の笑みを交わしながら、一方的に中国語と日本語で喋り合う。 まったく分らないのだが、不思議と気持ちが通じるからおかしい。 訪中の歓迎会という事になり、予約してあるレストランへファミリー内揃っていざ出陣。 断っておくが、これから始まる幾多の散財は全部私持ちである。 円卓に次から次と料理が運ばれてくる。当たり前の話しだが全部中国料理、どれも脂ぎっていて私には中々手が出ない。 身振り手振りでもっと食べろと勧めてくれるが,別に遠慮している訳じゃない。 どうせ自分のお金で食べているんだから、遠慮なんてする筈がないョ〜。
東京で彼女と食事に行った時も驚いたが、迷い箸にさぐり箸に肘付きは序の口で、果ては肉の脂身を手で引き千切るは、テーブルに直接ペッペと吐き出すやら、食後テーブルの上は戦いすんで日が暮れて、見るも無残な宴の後。 よっぽど育ちが悪いのか、躾が悪かったのか、親の顔が見てみたいと漫然と思っていたが、 ??????目の前にいる親を見てまったく同じ所業に十分納得しました。 宴も僅かながら盛り上がり双方多少緊張も解け、時々顔を見合わせては愛想笑い。 目線が合ってもヤッパリ目は笑ってない・・・・・・・ニッと不気味な微笑返し。 トイレに立った私は個室から出て通りかかる従業員に「厠所(ツーソー)」と聞く。 無言で指差された方向に進みそれらしきドアを開けると、確かにトイレではあるが どう見ても汚い。 洋式便器の蓋は無く、そこかしこ欠けていて排水も詰まっていそうだ。 取って返しさっきの従業員に身振り手振りで「客用のは何処だ」と問いただすが、何度聞いても其処しかないと云う・・・・・・・・アッそうと妙に納得して再び入り直す私でした。
かくして訪中1日目の夜は更け、お父さんが手配してくれた三っ星ホテルにチェクイン。 無事に初日スケジュール完了でした。 2.とんだマンション巡りの巻に続く・・・・ |