2006年12月
偽物例、その2
今一番腹が建っているのが、私のパソコンに向かう時の専用イスだ。
どこかの章でお話したと思うが、以前使っていたイスが2年足らずで、前後左右が妙に不安定になり、グラグラとイスに座っていながらの船酔い気分。
何だか段々平衡感覚が失われて行きそうで、怖くなって買い換えようと思っていたところに、お舅さんの登場。
「没有!問題ない、俺が直してきてやる」・・・・・あぁ、身内とは実に有り難いもの。
お舅さんが、そういって修理に持ち帰っていく後姿に、手を合わせたものだ。
2、3日して「こんなの簡単、今度は壊れないよ」と自信満々に持ってきてくれたイスは、もうこれでもかというほどガッチリ溶接されていて、背中に反ることも、回転も許されない姿だった。
これでも直した内に入るのか?お舅さんの好意には感謝したものの、私には気に入らず、後日、こっそりと家具屋に新しいイスを買いに行った。
今度は店のいう事には騙されないぞ!上海は今やどの店の売り子も歩合制、客の好みや都合に関係なく、値段の高い物を勧めてくる。だから、店員には何も聞けないし、相談も出来ない。
ましてや私は日本語しか出来ない日本人、喋れば即座にバレて、ディスカウントにも応じてくれなくなる。
だがイスを使うのは私だ、あれこれ質問したいのをグッと飲み込み、寡黙を通す変人を演じるのは、これでかなり辛い。それとなく女房に囁き、代わりに聞いてもらうのだが、まどろっこしい事この上ない。
フト、目に留まったデザイン性抜群のイス。
背凭れは高く渋いエンジ色で、座る部分は濃い茶色のツートンカラー。真ん中に黒のラインが入っている。
肘掛も木製で肌触りよく、何よりもこのイスの全体バランスを、引き締める役割を果たしていた。
座ってみると、回転は勿論だが、背凭れ部分が他のイスよりも、ずっと反り返るのが気に入った。

座る度にバキッ!の洗礼お前なんか捨ててやる〜! |
|
「(これがいいけど、値段いくらか聞いてよ)」
店員の目を掠めるように、女房の耳元へ囁いた。
女房は地元の人間を強調するようにして、上海語で少し突慳貪に聞いた。
値札の張っていないイスは、店員の匙加減で値段が多少変わる。
いや、多少なら許せるが、私が日本人なんて分かると大きく変わるから、事は手に汗握る綱渡りなのである。
店員には、瞬時にして客の正確な値踏みが要求されるから、案外、機転の利く人でないと給料も少なくなってしまうだろう。
「う〜んと、それは350元(5250円)ですね」
この値段を聞きだしたら、買い物勝負の大半が決したと言っていい。
もう値段をハッキリ聞いた以上、私もいつまで寡黙な高倉健を演じている必要はない。
急に日本語で威勢よく話し出した私を見て、小姐店員は(しまった!)と思ったかも知れないが、もう後の祭りである。
さて、購入の決め手となる第2ラウンド、店員が私らをどのランクにして値段を弾いたのかは分からない。
このイスの値段が350元で正当なのか、それとも高いのか安いのか、まったく見当が付かないのだから大いに迷った。一ついえるのは、350元の値段は周りのイスと比べても、決して安い方ではなかったということ。
女房は勿体無いを連発していたが、出来が良ければ気分もいい。
何でも安ければ良しとする女房には解らない、付加価値の問題でもある。
本来なら、ここで更に色々な質問を浴びせ、このイスが間違いのない会社の製品なのか、しっかりした工場で作られたものかどうか、探りを入れながら判断する。
淀みなく答えが返ってくれば良し、モゴモゴしてるようなら、そこらの家内工業で作られた粗悪品という可能性も出てくるから、この辺りの駆け引きも決して蔑(ないがし)ろには出来ない。
「この会社はイタリアの会社と提携していて、最近は良く売れるんで評判がいいんですよ」
生活が掛かっていそうな、ちょっと薹(とう)の立った小姐は、付け焼刃の愛想を振り撒いてそう言った。
最近売れ出したってことは、その前は売れなかったのか?提携してから売れるようになったということか?
中国の店側は、何でも売れさえすれば万歳!売り方の手段は選ばない!みたいに強引なところがあるから、客の方もそれなりの自衛策を講じなければならない。
店員の説明の端々に矛盾点を見つけ、貴重な判断材料にするのが、騙されない買い方のコツともいえそうだ。
「これ、後ろに反ると、少しキィキィって音がしない?」
「これは新品だから、最初は仕方ないです。使い出せばしなくなりますよ」
上海も競争社会になって、言葉遣いは大分丁寧になったが、責任感の無さは相変わらずである。
普通は、新品だからこそ音なんかしないいんじゃないの?と反論したくもなるが、相手の屁理屈を延々と聞かねばならない羽目になるから、内心とは裏腹に「そうなんだぁ」と納得したように頷いてやった。
まだ2つ、3つ不審な点はあったものの、気に入ったデザインの良さは捨て難く、購入する事にした。
パソコン机の前にデンと置かれたイタリアデザインの新品イスは、そこにあるだけで、何となく部屋が上品な雰囲気に変わったようで、気分は上々だったが、納得できないキィキィの音は依然として続いていた。
東京のイスは10年以上使っているが、キィキィひとつせず、しっかりした出来なのに対し、なんとまぁ、粗雑な作りだろう。イタリアの会社と提携しているなんて言っていたが、段々疑わしくなってきた。
小姐店員の、そのうち直るって言葉を信じて我慢していたが、そのうち直るどころか日増しに音が大きくなってきた。あ〜イタリア提携が聞いて呆れる!中国製はやっぱりダメだねぇ。
絶対!これはデザインだけパクッた偽物で、安かろう悪かろうで作らせたものに違いない。
このまま泣き寝入りするのも癪だと思ったが、女房は「そのくらい、アンタは気にし過ぎる」と取り合ってくれなかった。そう言われると、「そうかなぁ〜」なんて、変に妥協してしまう私も意気地が無い。
そうこうしている内に、今年の3月初旬に一旦日本へ帰国してしまった。

パソコン価格は日本と変わらない女房専用6000元也 |
そして半年が過ぎ、すっかりイスのことなど忘れてしまった9月、再び上海に舞い戻ってきた。
パソコン命の女房は、まず何を置いてもパソコンのセットアップに取り掛かる。
上海を半年も留守にするので、ADSL回線の解約は勿論、本体のあらゆる電源を切ってあるから、ちょっと大変だ。
もっとも私は、何も出来ない、分からないから、傍のイスにでも座って見ているだけ。
私がとっくに忘れていた問題のイスに、何気なく腰を下ろした途端、バキッ!という破裂音にも似た音がした。
私はイスの心棒が折れたと直感した。
驚きのあまり、私の心臓も破裂しそうだった。
ただでさえ心臓が悪い私なのに、まるでそれに止めを刺さそうとするような、殺人イスに変貌していた。
「あ〜ビックリしたぁ!なんだ、半年使わなかったら壊れちゃったのかな〜、このイス?」
女房も今度こそ「大した事ない」とは言わなかったが、女房に取っちゃ、そんなイスよりも今はパソコンのセットで忙しい。だけど私にとっちゃ、パソコンよりもイスの方が大事件。
「だから言ったじゃん!3月の帰国する前に家具屋に見てもらえばよかったんだよ」
だが、時はすでに遅きに逸した。半年も経ってしまっては、今更、家具屋へ文句を言いに行ったところで、「ハイ、そうですか」と優しく聞いてくれるような相手ではない。
幾ら半年間使ってなかったと説明しても、まず信じちゃくれないだろうし、逆に「使いが荒ければ壊れるのは当然」と、けんもほろろに追い返されるのがオチである。
もし相手がそんな態度に出てくれば、女房も黙ってはいないだろうし、店の中で怒号が飛び交う事態にまで発展してしまうのは、今までの例からして避けられそうもない。
まぁ、そうなれば、それはそれで面白いのだが、女房が頭から角出して大の男と渡り合う姿は、中国ではありふれた光景でも、日本人の私には辛いものがある。
結局はバキッ!とする異状音以外は、十分使えるイスを捨てるには忍びず、一応、我慢の限界まで使うことにした。それにしても中国生活は我慢する事が実に多い。
それからというもの、座るのも立つにも気を遣い、腫れ物にさわるようにして、そ〜とイスのご機嫌を伺いながら使っていたが、段々阿呆臭くなってきた。
いつ何時、あのバキッ!が来るかもしれないから、神経は緊張し捲くって異常に疲れるし、肩凝りも酷くなってきた。まったく、寛げない、集中できないイスなんて何の価値も無い。
お前なんか、捨ててやる!と決意して、女房に持ち掛けたのが、年も押し迫った或る日。
私の乏しい財力では、ちと贅沢かも知れないが、これを使っていたら俺は病気になっちまうと、買い替えを訴えた。病気と聞いて、私の心配よりも、まず医者代が頭に浮かんだ女房。
病気とイスとを秤に掛けりゃ、病気が重たい、お金の世界である。
「それならば年が明けたら買いに行きましょう」ということになった。

お舅さん、今度は溶接しないでねこれは捨てなせ! |
2007年の新しい年が静かに明けた。
上海は生憎の雨が降り出し、一層静かである。
1月1日、元旦には、上海一族に日本の雑煮を振舞おうと招待していた。
その大騒動の模様は、「上海の楽しい人々8章」に詳しく載せるつもりなので、そちらを読んでいただきたい。
真昼の決闘とも言うべき、惨憺たる昼食が終わり、疲れ果ててソファにもたれ、居眠りを始めていたお舅さんを、叩き起こすように女房は言った。
「お父さん、旦那のイスちょっと見てくれる?なんかギイギイ音がするんだって」
娘の癖に人使いの荒い奴だと思ったが、たった今、散々ご馳走?になった手前、嫌とはいえない。
パソコン室に向かい、私の悩みの種でもあったイスに座ったり、下を覗き込んだり、ひっくり返したりと異状音の元凶を探し始めた。傍では女房のパソコンで、甥っ子がゲームに熱中している。
お舅さん、今度は持って行っちゃ嫌ですよ、また溶接でもされたら、今度こそ使い物になりませんからね〜。
10分ほど引っくり返しては、あちこち油を差したりしてみる。
差す油の量が多すぎて、床にポタポタ滴っているのを物ともせず、目的完遂のためには、多少の犠牲など止むを得ないとばかり気にもしない。
「だめだ、これは直らん」
お舅さんにしては意外に早い決断だった。その理由は、私も薄々だが最近気が付くようになった。
今秋9月に上海へ戻って、すぐに冷蔵庫を買い替えた。それまでの冷蔵庫は買った時からドアの閉まりが悪く、きちんと閉めたつもりでも、ポルターガイスト現象のように、いつの間にか開いている事が頻繁にあった。
お舅さんにも何度か修理してもらったが、この頃は、もう直りそうもないから「捨てなせ、捨てなせ、」(捨てなさいと言えない)と盛んに言うようになった。
私はまた、日本人なのにケチケチしないで新しいのを買え!と遠回しに言われているものと勘違いして、マンション購入と同時に買った冷蔵庫でもあり愛着はあったが、これが潮時と思って見限ることにした。
今度は間違いない物を買おうと、あちこちの店を回って比較検討の結果、日中合弁のパナソニック製品に決め、大枚4000元を払って購入した。
さて、新しい冷蔵庫が配達される日、お舅さんが個人宅配のリアカーおじさんを引き連れてやってきた。
古い冷蔵庫の引き取りかと思い、いやに手回しがいいなと、お舅さんにまた感謝。
数日してお舅さんから、「お昼ご飯を食べに来ないか」と誘われたので、いそいそ出掛けた。
ちょうど時間通り着いたが、お舅さんはまだ調理中で厨房の中。ちょっと挨拶にと厨房に入ったら、正面にどこぞで見たような冷蔵庫?よくよく見ると、ついこの前廃棄したうちの冷蔵庫だった。
「この前はありがとうね〜、うん、冷蔵庫調子がいいよ〜」
「調子がいいよって、もう駄目だって言ってたじゃない。直ったの〜?」
そう考えてみると、まだ他にもあった。
デジカメの液晶画面が急に映らなくなった折、これも「捨てなせ!」を連発された。
私も寿命かと思い、東京に帰ってから新しいのを買った。
度々上海に電話している女房から、この話を聞いたお舅さん。「今度来る時に、持ってきてくれ」
壊れてるカメラで、また見栄でも張るつもりか?お舅さんのやりそうなことだと思いつつ、今回持ってきて渡したら、カメラの奴、人見知りでもするのか、これがなんと直っちゃった。
特別な修理をした訳でもないと言っていたが、私の早トチリで買い換えるに及ばなかったかと思うと、ちょっぴり悔しい。でも、もう上げちゃった物を返せとは言えないしな〜。
最近は、洗濯機が標的にされているようで、「これはもう随分古いタイプだ」とか「この頃に作られたものは、力が弱いんだ」とか、さりげなく言うようになった。そのうち、また例の「捨てなせ!」が始まりそうである。
だから、このバキッ!イスも、音ぐらいじゃ壊れている内に入らないと思っているお舅さんは、密かに狙っているのかも知れない。いいよ、いいよ、そんな権謀術数巡らさなくたって、差し上げますよ。
とは言うものの、今度こそ絶対間違いないものを買うとなると、イスひとつが1000元もするしなぁ〜。
ここが貧乏人の辛いところと、いま思案の最中なのであります。
| 2007年1月6日分、次回更新まで中国ランキングのクリックよろしく。 |
 |
|