上海の厳しい現実篇

7.あの煙草を探せ!

                                                     2006年12月
 師走に入り、クリスマスも迫った或る日、女房と小旅行に出掛けた。
小旅行といっても地下鉄に乗って終点まで行くだけだが、他愛のないそれだけでも、寒いからといってマンションに閉じこもっているよりは気分が晴れる。
私が最初に来た10年前の上海は、地下鉄も中心部を縦に貫く1号線の1本しかなかったが、今や距離も伸び、路線も5本にまで増えた。
今日はうちからも一番近い1号線の上海体育館駅から乗り込み、南方向の終点まで行き、そこから5号線に乗り換えて、終点の閔行開発区まで行く予定だ。

一番新しい上海地下鉄5号線10駅だけの近距離線だ

ハッキリと明暗別ける開発区、1年後にはここも高層マンションか?

 地下鉄1号線は上海体育館を基点に、北へ終点の共富新村駅まで18駅あり、南の終点までは6駅ある。
南の終点までは何度か行った事があるが、ちょっと見ないうち、見渡す限りの高層マンションだらけになっていて、大きく様変わりしたことに驚く。
5号線に乗り換えても3駅目の銀都路駅までは、工事中の高層マンションが林立している。
開発の魔の手が、どんどん郊外を侵食してきている様子が一目瞭然で分かる。
またその高層マンション群とは一画をなして、線路沿いの1等地には、3階建ての豪壮な個人住宅が優雅に建ち並んでいて、敷地内には申し合わせたように高級車がとまっていた。
ここなどは中国の新興成金が集まった地域といえそうだ。
4駅目以降はガラッと景色が変わり、旧い民家や5階程度の低くて老朽化した集合住宅が多くなり、たまに新築のマンションがあっても10階程度と低いものが目立つようになる。
2006年までの開発の境界が、ハッキリと色分けされているようで、分かり易くて面白い。
7駅目の金平路駅を過ぎると、今度は工場群が現れてきた。
こんなにあるんじゃ、たとえ開発が続けられたとしても、これだけの工場を移転させるのは難しいだろう。
恐らく開発の波は、ここら辺りで止まるんじゃないかと、素人目にも予測が立つ。
終点の閔行開発区に着くと、その予測はもっとハッキリした。
商店などは影もなく、駅にピッタリと工場が隣接していて、商業の発展する気配さえなかった。

 何もないところに、いつまでいても仕方がない。
6駅目の東川路と7駅目の金平路の間が、賑やかそうだったのを思い出し、それならば帰路はそこで降りて1区間散策をかねて歩くことにした。
行ってみると、車窓から見えた賑やかさとは大違い。確かに商店は並んでいるが、客が・・・・いない。
行き交う人も疎らで、発展途上である郊外店の難しさを露呈していた。
フラリと入った按摩店で、全身マッサージをしてもらったが、私がいつも行く按摩店は1時間45元(675円)に対し、38元(570円)と中途半端に安かったが、それに合わせるように技術の方も低かった。

閑古鳥の鳴き声が聞こえそうやはり受けないか牛丼一筋

郊外はもう少しの辛抱発展したら家賃の値上げで撤退か

 驚いたのは吉野家の牛丼店があったこと。
中心部の繁華街ならともかく、こんな郊外で一体商売になるのかと心配した通り、お昼時間がとっくに過ぎていたとはいえ、広い店内にお客は2人と、かなり苦戦中だった。
そこでしっかり並牛丼13元(195円)と茶碗蒸し5元(75円)を食べて、お土産にも3個ほど持ち帰ることにした。
いつも遠くまで電動自転車に乗って、買出しを余儀なくされていたから、今日は一石二鳥のラッキー日となった。
帰ったらこれは冷凍庫に入れ、日本食が恋しくなったらチ〜ンして食べるのだ。
それにしても北京には69店舗もあるという吉野家が、なんで上海には6店舗しかないのか、上海七不思議の一つにしていいほど、私は解せなかった。

 それともう一つ嬉しかったのは、お目当ての煙草があったこと。
上海の中心部では、今どういう訳か煙草の欠品が続いている。たまに入荷しても、運のいい人が纏め買いをしてしまうので、コンビニやスーパーでも在庫のある銘柄が少ない。
日本なら滅多に欠品なんて事はないが、こちらでは平気で「没有!(ない)」と無愛想に言い放ち、申し訳ないなどという気持ちは更々ない。いつ入荷するのかなんて聞いても、私の知った事じゃないなんて顔をする。
上海も大分サービス精神が浸透してきたとはいえ、まだこういう輩も結構いる。
それに、たばこ自動販売機も見たことがない。まぁ、これなどは防犯上の理由で納得できるけどね。
なんたって日本じゃ、ショベルカーで派手にATMごと持っていっちゃう中国人がいるんだから、煙草の自動販売機なんて朝飯前なんだろう。

 中国の煙草は、今までめちゃめちゃニコチンやタールの入った、噎(む)せるように辛いのが相場だったが、昨今様子が大分変わってきた。
外国の真似か、健康ブームの煽りか、最近になって軽い煙草の銘柄が幾つも発売されるようになった。
私は日本では3mmの煙草を吸っていたが、うちのマンション近くにある煙草店では、そんな軽いのはないと言われ、仕方なく「中南海」という銘柄の5mmに切り替えた。
「中南海」は10mm(5元)、8mm(7元)、6mm(8元)、5mm(10元)とニコチン・タール度が少なくなるにつれ、反比例するように値段は高くなっている。
なんでこんな小刻みにしたのか、「そんな理由は大きなお世話だ」と言われそうだが、その「中南海」が最近どの店で聞いても売り切れで難渋している。
8mm、10mmならあるのだが、お目当ての5mmとなると、かれこれもう1ヶ月も欠品が続いていた。
中国の流通や物流の経路が、どんな仕組みになっているのかは知らないが、なんともお寒い状況である。

 ところがところがである。この郊外の煙草店のショーケースには、数多の銘柄の中に埋もれながらも、燦然と輝くように「中南海5mm」が鎮座していたのだ。
私は我が目を疑った。あちこち散々聞きまわってもなかった「中南海5mm」を、今この目でしかと捉えた。
やっと探し当てたという、ちょっとした感動が込み上げてくる。
・・・・・・・いや待て、待て、そう簡単に喜ぶな!ひょっとして偽物かも知れないぞ?

幻の中南海3mmたばこ15元日本でも売っているらしいが?

韓国の3mmたばこ13元味はこちらの方がうまい

「おい、ここ售完(売り切れ)の札が出てないぜ、あるかも知れないから、ちょっと聞いてよ」
「煙草やめるんじゃなかったの?売り切れをチャンスだと思って、もうやめれば〜」

渋る女房の尻を押すようにして、ショーケースの向こう側で、暇そうにしている売り子小姐に聞いてもらった。
無表情にそれを聞いた売り子小姐は、まだ買うとも言っていないのにも関わらず、愛しい「中南海5mm」を1箱無造作にショーケースの上へ出した。へぇ〜やっぱりあるんだ!
あれっ?ちょっとまってよ〜!この「中南海3mm」ってなんだ、中南海に3mmなんてあったっけ?
ショーケースを覗き込んでいた私の目に、今まで見たことがなかった3mmの文字が飛び込んできた。
うちのマンション近辺では、まずお目に掛かったことがない。デパートの煙草売り場にもないものが、なんでこんな田舎町にあるんだという疑問が、またフツフツと湧いてくる。
そういえば、うちの近くの店で、「一番軽いのが欲しい」と最初に聞いた時、煙草屋の親父が3mmたばこがあるという話は確かにしていた。
だけど、「実際には見たことがないんだ」とも言っていたが、その幻の中南海3mmたばこなのだろうか?。

「これ偽物じゃないの?」
「うちはそんなもの置いてないよ」

店主らしい中年のおっさんが、そう横から口を挟んだ。
みんなそう言うんだよねぇ、そう聞かれて、「はい、偽物です」何ていう筈がないものね。
女房とひそひそ談合に及ぶ。女房は路上など売っている露天業者は信用できないが、ここはちゃんとした店だし、簡単に逃げられないから、ほぼ大丈夫だろうという話で纏まった。

「この中南海の3mm幾らなの?」
「1個15元(225円)」

おやおや、5mmと比べて一気に5割アップだよ。女房がどうする?と聞いてくる。
買っちゃえ、買っちゃえ、ケチケチするない!どうせうちの近くじゃ無いんだし、それでもまだ日本より安いぜ。

「それじゃぁ、この3mmを1カートンちょうだい」

今日の思い掛けない運の良さもここまでだった。この辺りの郊外じゃ、高い煙草はあまり売れないから、仕入れも少ないんだと言いながら、売れ残りの2個を出してきた。
女房の言い方を引用すれば、消費の少ない地域ということになる。平たく言えば、貧乏だからあまり物を買わない、したがって高いものなど余計に売れないということなのだ。

「2個しかないんだってよ、それでい〜い」
「しょうがないだろ、じゃ、残りの8個は5mmでいいよ」・・・・・私はちょっと落胆の色を見せ、女房にそう言った。
「別なのでいいんだったら、他の3mmがあるよ」

ボソッと店主が呟いた。えっ、あるの!あるならそれを先に言ってよ〜!
店主は「RAISON」という銘柄の煙草を一つ出して見せた。
MADE IN KOREAと明記された韓国の煙草である。1個13元(195円)だが、これも今まで見たことが無い。
確かにタール3mm、ニコチン0.3mmと表示されているが、私もこの銘柄を知らないし、偽物かどうかは一種の賭けだろう。結局、この店主の売り上手に乗せられて買うことにした。
売れ残りの「中南海3mm」を2個、「RAISON」を8個、〆て134元を、女房は最後の粘りを見せて4元負けさせ、130元(1950円)で取引を成立させた。

 小旅行で思わぬ大戦果をあげた私は、日が翳って寒くなった夕暮れの街並みを、コートの襟を立て、急ぐようにして地下鉄へと向う。

「たまに郊外に来るのもいいね。今日は大満足だよ」
「ワタシはそうでもない、寒かっただけだよ」
「・・・・・・今日はなんだか気が合わないねぇ」

私は暗にまた違うところへ出掛けようと仄めかしたが、寒さに弱い女房は「来年ね!」と軽く躱(かわ)し、バシッと拒絶した。まったく冷たいやっちゃね〜。
歩いている途中で、ふと気が付いた。いつもなら1カートンくらい買う時は、1個取り出して吸ってみて、直に味を確かめるのだが、今日はあの親父のペースにすっかり乗せられ忘れてしまった。
女房にとっては止めて欲しい煙草だ、もし偽物なら悔しい思いの良薬になって、本当に止めてくれることを寧ろ期待しているので、いつもの失敗した〜という表情はなかった。

この項おわり

おっと、まだ終わっちゃいけないんだ。
へっへっへっ、帰って早速吸ってみたら、間違いなく吸い口の軽い本物でした。
ありがとうございました女房殿!

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