上海の楽しい人々篇

9.止まって危ない赤信号

                                                       2007年11月
 中国はご承知の通り右側通行である。
したがって、バスも自動車もバイクも自転車も右折する時は、正面信号が赤でも曲がれる。
このくらいのことは私も上海に長くいるので分かるが、本格的に自転車ダイエットを始めてから、まだまだ細かい上海流ルールがあることを嫌でも気付かされた。

 昨今、上海も自動車が増えすぎて、あっちでもこっちでも大渋滞を引き起こしている。
その大渋滞に巻き込まれたタクシーの乗客や、自家用車の同乗者が降りるため、強引に歩道沿いの自転車レーンに入ってくる。そうなると今度は自転車の流れがストップしてしまい、にっちもさっちも行かなくなる。
バスは本来、乗客の乗降は自転車レーンを除いた車道側に、1段上がった細いコンクリート製の乗り場があるのだが、これがあるのは全体の3割にも満たない。
象のように巨大な車体を右側に横付けされたら、もういけません。或る者は車道を迂回してやり過ごすが、私など初心者は、自殺行為のようで中々出来たものではない。
バスと歩道の間に自転車が通れる隙間でもあれば、乗降客に関係なく、警笛を鳴らしながらどんどん通過して行く。みんな決して止まろうとしない。

 まさに、“そんなに急いでどこへ行く”といった感だが、自転車は一旦止まると、新たに漕ぎ出してスピードに乗るまで労力を必要とするからじゃないのか?無駄な労力は使いたくない!邪推ながらそう思うのである。
それよりも何よりも、最大の悲劇は、こんな状況下で逆走してくる奴がいること。
人を押し退けることを厭わない中国人が多い中、これほど図々しい奴は他にはいないだろうと思える。
普通なら罵声飛び交う大喧嘩になるところだが、これもまた中国人にいいところなのか、その狭い隙間で譲り合いの精神を見せているから不思議だ。

傍若無人な逆走男・・・・・・何が何でも通ってみせる!

バスから降りる人も必死だ・・・・・・自転車は急には止まれない!

 中国は強い者が勝つ!という概念が未だに強く残っているのか、バスや自動車が自転車レーンに入ってくるのは咎めだてされないようだが、自転車が自動車レーンに入ると状況は一変する。

 夏も終わりに近づいた或る日曜日。いつものように自転車漕ぎ2時間ダイエット中、赤信号でキッチリ横断歩道の手前で停車していたら、ふてぶてしい態度の警官に「ちょっと来い」らしきことを言われた。
咄嗟に、首から提げたカメラのことが頭を過ぎった。中国は一見自由主義的な風潮にはなったが、まだれっきとした共産主義国家である。
情報の流出には殊の外うるさい、それで何を撮っているのか詰問されるとばかり思った。さぁ、これは困った。

「○△■☆◎◆□▽」・・・・・・警官は、私が止まっていた白線の辺りを指差して何か言った。
「サパニン(上海語で日本人の意)、イーべレン(北京語で日本人の意)!」

私の発音の悪さに、最初、首を傾げていたが、ようやく外国人と分かり、今度は英語に切り替えてきた。
ダメ、ダメ、英語なんか尚更分からないって〜
どうやら自転車で自動車レーンに止まっていたから、罰金を払えと言っているようだ。
片手を広げているから5元(75円)ってことかな、安すぎるか?日本じゃどんな違反だって最低5〜6千円は取られるからな。すぐ日本を引き合いに出してしまう悲しい性が、またもや頭をもたげる。
それじゃ、50元(750円)か、まぁ妥当なところか。どちらか分からないまま、日本人として恥を掻かないよう、まず財布の札入れの方を広げて警官の反応を見た。
100元札を出しかかったら、違う違う!という顔になった。はて?お釣りがないってことか?

「ウ〜コエ、ウ〜コエ!」

おや、どこかで聞きなれた言葉。ウ〜は5、コエは元、途中十の位がないから、やっぱり5元だったか。
考えてみれば、そりゃそうだよな。こんな違反で、労働者の1日分の稼ぎを毟り取ったら、貧乏人は生きていかれないものね、暴動が起きてからじゃ、遅いからな。
そうなったら日本の新聞やTVでも大きく取り上げるね、きっと。
上海で、交通罰金50元を巡り、1万人規模の大暴動に発展!とかなんとかね。

おい、おい、信号は赤だぜ!・・・・・・全然、悪びれない自転車軍団

右折に左折に直進車、信号無視の自転車が入り乱れての交差点

 自転車王国だった中国も、今やその座を電動自転車に取って代わられ、上海のあちこちを回った印象としては、人力自転車は全体の3割くらいまで激減した。
人間楽しては駄目だ!こういう些細なことから、近い将来、中国も肥満体型が増えてくるに違いない。
かくいう私なんか、その最たる象徴として、この歳になってゼイゼイいいながら自転車漕ぎに勤しんでいる。

 上海も昔と違って要所要所には信号機がついた。
さすがに何でもありの中国でも、車は横断歩道手前で停車するが、守らないのが自転車軍団。
公安や交通指導員がいなけりゃ、我が天下。信号が赤でも青でもドンと来いだ!
2ヶ月も経つと私も慣れるには慣れたが、それでも長年の習性とは中々変わらないもの。
時折、横断歩道の手前でキチンと停まったりすると、両脇から風のように追い抜いていく。一人ポツンと取り残されている異様な光景。もしかして俺が間違っているのか?なんてジレンマに陥ってしまう。

 或る日ある時、交通指導員のいない交差点での出来事。
信号が青から黄色に変ったのを承知で、私の前を走る自転車3台くらいが突っ込んでいった。
道路が混雑していなければ、私もシカとして流れに乗って渡ってしまうのだが、一瞬両サイドを見たら、競馬場のゲートに入って、いきり立っている競争馬同様、もう交差点の中ほど近くまで自転車軍団がせり出してきていた。
このまま突っ込めば道路の中央で囲まれてしまうのは必至。その方がよほど危ないと判断して、ブレーキをかけ、横断歩道を過ぎた辺りで停まった。
その直後、ドッカ〜ン!・・・・・・・・追突されたのである。しかも相手はバイク、電動車ではない。
見るも無残に、最近取り替えたアルミの泥除けがひしゃげて、原型を留めないほど変形してしまった。

「何だよっ!信号が赤じゃないか!」

私は振り向きざま、若いネーチャンを乗せたバイク親父に声を荒げて文句を言った。
こんな時は、中国語が喋れる喋れないなんて関係ない。全部日本語で捲くし立ててやった。

「お前が停まるから悪いんだろ!」

あくまで推測だが、こんな捨てセリフを残して、サッと右折して逃げてしまった。

多いバイクと自転車の接触事故・・・・怪我がなけりゃ、双方痛み分け

見るも無残にひしゃげた泥除け!・・・・・まぁ、機能的には使えるが

 あとでお舅さんに聞いたら、中国では接触事故など、そのまま逃げてしまうケースが多いらしい。
お舅さんもぶつけて逃げたことがあるといったが、自分もやられて逃げられることもあるから、おあいこさと笑い飛ばしていた。まぁ、怪我がなかったからいいようなもの、怪我でもしていたら笑い事では済まない。
中国は一見して怪我をさせたと分かったら、尚のこと疾風のように逃げるそうだ。保険もなし、金もなし、そんな重い責任が取れないからだ。くわばら、くわばら、注意一秒、怪我一生だ。

 バイクと電動車と自転車が一緒に走る自転車レーンでは、人力の自転車は遠慮して右端を走らなければならない。モタモタしていると、けたたましい警笛を真後ろで鳴らされる。
いきなり鳴らされるから、最初は心臓がドキッ!とすると同時に、頭にカチンときた。
なんせ日本では、矢鱈にクラクションを鳴らしてはいけないことになっている。
これは教習所で嫌というほど叩き込まれた。自動車と人間が喧嘩したって、自動車が勝つに決まっているのだから、弱者に労わりの精神を持って運転しろということなんだろう。
中国はまったくこの逆と思えばいい。強い者には逆らうな!強い者には道を譲れ!とでも言わんばかりに、自動車なんか我が物顔で突っ込んでくる。絶対に停まってくれやしない。
横断歩道でも何でも見境がないから、これはよくよく気を付けなければならない。
中国では日本のように、人身事故無制限なんて任意の保険制度もない。一応、強制保険に似た制度はあるが、もし轢かれでもしたら、その額たるや、ほんの雀の涙金である。
まったくの轢かれ損であるからして、みなさんも中国に来られた折には、前後左右隈なく気をつけられたい。

路線バスと乗用車の接触事故・・・・・掠り傷程度でも、運転手同士、
道路の中央で派手に言い争う。バスの客はそっちのけだ!

業を煮やした客は、後続のバスに移動・・・・・こんなのも有りか?
これが引き金になって後ろは大渋滞!でも言い争いは続く・・・

 今日も今日とて、後ろからこれでもか!と言うほどやかましく警笛を鳴らされ、どんな傲慢なクソ親父かとすれ違いざまにしかと見たら、可愛い小姐だった。少しは恥じらいと言うものを持ちなさい、恥じらいというものを。
とにもかくにも、ダイエットの所要時間2時間をこなし、最終コーナーである我がマンションに通じる道路に左折しようと、キッチリ左折専用の白い停止線で停まっていたところ、またもや、いきなりのドッカン!である。
プップッ〜という警笛が2、3度鳴った。ぶつかってから警笛鳴らしてどうする!アホタレ!
今度は後輪の横からやられた。後ろを振り返って見たところ、大した被害はないようだったが、ぶつけられたのには間違いない。
相手はノーヘルで若い兄ちゃんのバイク2人乗り、こんなところでぶつけるなんて、よそ見でもしてたに違いない。

「どこ見てんだよ!こんなところでぶつける奴がいるか!」

そんな奴がいるかったって、ここにいるんだからしょうがない。私は言葉の勢いだけは負けまいと、例によって日本語で捲くし立てた。
相手も中国人特有のしたたかさを持って、大声で「直進の邪魔をしたお前が悪いんだ」見たいなことを言った。

「直進の邪魔って、ここは左折車の停まるところだろ!」

私は自転車の前輪が踏んでいる白線を指差した。
相手は私が外国人だと分かると、もう逃げる準備段階に入っている。悪かったとの態度でも示せば話が別だが、やられた方を怒鳴りつけて逃げるなんて言語道断。ここは筋道を正すべきだと、私は変な正義感に燃えた。
すると、こっちの気持ちを読んだか、相手はハンドルを右に切り、エンジンを吹かしながら逃げ始めた。
周囲には左折を待つ電動車や自転車の人たちが沢山いたが、臆せず大声で怒鳴ってやった。

「おい!おい!逃げるのか!謝れ!」

私はこんな時でも冷静さを失わない。「バカ」とか「この野郎」といった言葉は厳禁。周囲の人もTVの戦争物で、日本軍の兵隊がよく使うこのくらいの意味は知っている。周囲も敵に回すようなものだからだ。
5、6m走り出した茶髪兄ちゃんが、その声で一旦停まった。
バイクの2人が同時にジロリと私を睨み付けた。ヤバッ!腕づく勝負になったらどうしよう?勝ち目は千に一つない。ボコボコにされて、二度と中国には来たくなくなるかも知れない。
相手はその睨み一つで、私の瞳から戦意が喪失したのを嗅ぎ取ると、勝ち誇ったようにバッバッバッと小気味よいエンジン音を響かせて走り去っていった。
またしてもの敗北感・・・・・・・だから私は若い奴が嫌いなんだ。

 信号が青に変り、さて行こうかと思ったら、ペダルがやけに重い。重いというよりは動かないいった方が近い。
真後ろから見たら、後輪が歪んでブレている。見た目なんでもなかったが、なんだ!被害は予想以上に大きい。
我が家までもう少しの場所だったから良かったようなもの、これがとんでもなく離れていたら、もっと大変だった。
動かない自転車を、無理やり引き摺るようにして帰り、早速女房に報告したら、

「バッカだねぇ、そういう時は沿道側に停まって、信号が青になったら行けばいいんだよ」

女房は私の怪我の有無より、修理費のことがまず頭に浮かんだんだろう。女房の言うことは分かるが、それだと信号が変った時、直進してくる自転車軍団を横切って行かなければならない。
帰って危ないような気がしないこともないが、仮に沿道側に停めていても追突されないという保証はない。
その時には女房の奴、きっとこう言うだろう。

「なんで左折するのにそんなとこ停まっているのよ!バッカじゃないの、みんな左折線に並んでいるんだから、そこ行けばいいじゃないの!」

 私たちだけで修理屋に行くと、ボラレる可能性もあるので、ここはまたお舅さんのお出ましを願う。
後輪のゆがみは修理不能とかで、ホイルの交換となった。5段ギヤの自転車をバラしての作業は大変だったろうと思うが、修理費は50元(750円)であった。

 東京でも女房が同じようにバイクに横突され、この時は横倒しにされたそうだが、特に体の痛みも自転車の損傷もなかったので、相手が謝ってその場は収まったのだが、翌日、太腿に大きな青紫の内出血発見。
自転車も少し歪んで、後ろから女房の漕ぐ姿を見ると、後輪がブレているのが一目瞭然。
怪我と修理費で大損害であるが、相手の住所も聞いていないから、どこの人かも分からない。
こんな場合、上海じゃ噛み付くように文句を言う女房も、日本ではやけに大人しい。
それで自転車屋へ持っていって、修理費を聞いたら、なんとこれが6000円。
スーパーに行けば中国製の自転車が9000円くらいで売っているから、その差3000円で新品が買える。
なんとまぁ、日本の修理費の高いこと。
女房は「このくらい大丈夫よ」といって、上海仕込みの横着さで、修理もせずにそのまま今も走っている。
私もこういう嬉しい格差があるから、ちょっとくらいイヤなことがあっても、当分、上海を嫌いにはならないだろう。

この項おわり

2007年11月16日更新 次回まで中国ランキングのクリックよろしく。


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