2007年1月

関東風雑煮・・・・本文とは関係ありません |
2006年9月に上海入りしてから、早4ヶ月経った。
2007年の年が明け、正月を迎えた。
中国の正月は、やはり2月の旧正月がメインなので、お祭り好きな上海も普段と変わらない休日である。
それに今年は、年明け早々から雨が降り出したため、一層静かな新年の幕開けとなった。
今年の元旦はお舅さんたちを呼んで、日本の雑煮を振舞おうと前々から女房と決めていた。
中国では人を接待する場合、たとえ身内であっても、接待する以上は料理の8〜10品くらいは作る。
日本にはそんな習慣が無いといっても、雑煮だけではあまりにも貧乏臭いので、女房が天ぷらを作ると言い出した。
私は下ごしらえ係、海老を剥き、玉葱、蓮、茄子、ピーマン、さつま芋などを適当に切る。
凝り性の私は、かき揚げ用の人参を細く切るのに、きっと苦戦するだろう。女房は傍で、ただ天ぷらを揚げるだけという役割分担だ。
いや、まだ肝心の雑煮がある。これも朝早く私が作る予定だから、分担比率は遥かに私の方が大きい。
接待を明日に控えた大晦日の晩、女房から注意事項のきついお達しがあった。
「中国人は肉が少ないとケチってるって思うから、買ってきた鶏の腿肉は全部入れてね」
「今までそんなに入れたことがないけど、大丈夫かな〜」
そう思いつつ、翌日早朝、まだ女房が深い眠りにある時、私は天ぷら材料の下ごしらえをしながら、毎年の手順で雑煮を作り出した。
きつく言われた鶏の腿肉は、ゆうにいつもの3倍は入れたんじゃないだろうか。
だが、最後に味を整えるのが、どうもうまくいかない。
塩が足らないのか?醤油をもう少し入れた方がいいのか?思いあぐねていた時、フト気が付いた。
これはやっぱり肉の入れ過ぎで、雑煮というより、鶏肉ス−プになっちゃったんだと。
「大丈夫よ、中国人はこの方が好きだと思うよ」
寝惚け眼で起きてきた女房は、いとも簡単にそう言ってのけた。
中国人は好きでも、俺はいやだね。油が玉のように広がった雑煮なんて・・・・・・・
関東風のあっさり雑煮を作るつもりが、まさかの下克上、横紙破りの雑煮になってしまった。
こうなると、ギトギト油が浮いた中華風煮込みといった方がピッタリである。
お舅さんたちには、日本の正月を味わってもらおうとしたのに、これじゃぁ、日本の雑煮は案外中国人好みだなんて、変な誤解を与えてしまいそうだ。
おっと、ここで腹を立てちゃいけない。中国嫁とはそういうものだと、私はこの10年で十分学び悟っている。
ピンポ〜ン・・・・・ほら、お舅さんたちが来たぞ!
「コンバンワ〜!」
お姑さんの元気のいい声が玄関先で聞こえた。
コンバンワじゃないでしょう、コンニチハだってば!いくら教えても分からないんだなぁ。
おっ、甥っ子の声も聞こえる。じゃぁ、今日は珍しく全員が揃ったな。
私だけが厨房から出て挨拶をしに行ったら、どうしたのか義弟の顔だけが見えない。
あれっと思ったら、お舅さんが申し訳なさそうに、仕事で来られなかったと話した。
厨房で天ぷらを揚げるジュワ〜という音が聞こえ、旨そうな匂いがリビングにまで漂ってきている。
と、突然、和やかムードを一瞬にして引き裂くような、女房の金切り声が響いた。
「あんた〜!出来たのをテーブルに並べてよ!」
まるで女房一人で接待準備したかのような横暴ぶりだ。我慢、我慢、我慢する樹にはいつか花が咲く。
・・・・・・ウウウッ、俺にはもうそんなに時間が無いんじゃ、咲く前に枯れておっちんじまう!
「はいよっ!ほいきた、その前にテーブルの上に掛けるビニールはどこにある?」
「あっ、この前使い切っちゃったんだ。お父さ〜ん、下のコンビニでビニール買ってきて!」
溶いた天ぷら粉が滴る菜箸を振り回し、立ってるものは親でも使う!使う!
まったくお昼にみんなが来るってのに、10時過ぎまで寝てんじゃねぇよ!段取りの悪いやっちゃな!
「この天ぷら、何で食べるんだぁ?醤油か?」
「ばかねぇ、天ぷらは天つゆで食べなくっちゃ美味しくないよ」
「天つゆ?どこにあるんだい」
「あんたが作るんだよ、あっ、それと大根下ろしもね」
こういうのを泥棒捕まえてから、縄を綯(な)うって言うんだ!もう天ぷら揚がってんだろ。
俺に作れったって、みりんもなけりゃ、日本酒もなしで、そりゃ無理だ。
あるのは出汁とる鰹節のパックだけ、ええ〜い、そんなまどろっこしい事やってられん。
窮余の一策、蕎麦好きの私が日本から持ってきた、ざる蕎麦のつゆが少し残っていたっけ。
そうだ、こいつを薄めてなんとかしよう。
ここが大事、中国人が偽物を作る気持ちが少しは分かった、背に腹は代えられんということだ。

美味しい天ぷら・・・・写真は本文と関係ありません |
「お母さん何やってんの?」
「テレビ見てるよ」
今日はそんなに寒くないのに、お姑さんは達磨のように着膨れした姿でソファに座り、お客様然としてテレビを見ていた。
親子とはいえ、動かないところは女房と実によく似ている。
「お母さ〜ん、何やってんのよ。出来たものテーブルに運んで!」
コロコロ転がった方が早いような格好で、厨房に現れたお姑さん。
そのままじゃ、十分な働きが出来ないと思ったか、何枚か脱いでやる気を見せた。
「天ぷらは冷めたら美味しくないからね、先にどんどん食べてていいよ」
お舅さんたちはテーブルについたが、食べる前からもう疲れてしまったようだ。
もし、この次に呼ばれたら、やんわり断ろうと思ったかも知れない。
そんなこと知ってか知らずか、厨房の女房は10年一度の大活躍!いつになく真剣な表情で、目の前にあるものから構わずどんどん揚げている。
ピーマンに蓮に茄子、どっちかっていうと人気がない種類だ。
それも変なところに律儀で、一種類を全部揚げてからじゃないと次の材料に移らない。
甥っ子なんか、大皿に毀れるほど盛られたピーマンと蓮を見ただけで、逃げ出してしまった。
残された上海一族のゴッドファーザー、こうなりゃ是非もないと、やけくそ気味に腹を括った。
娘と婿が悪戦苦闘して作ってくれた日本料理?だ。このまま袖にでもしたら、一族の一枚岩にひびが入らないとも限らない。あぁ、婿がこっちを見ているし、もう逃げられやしないんだ。
老夫婦は顔を見合わせ、観念したように箸を取った・・・・・・「さぁ、母さんいただこう」
雑煮は大食漢のお舅さんたちを考えて、大鍋に目一杯作った。
私は最初、日本式に奥床しく、丼7分目くらいに雑煮を入れたが、2杯よそっても大して減っていないことに戸惑った。こりゃ残ったら、こんな沢山、夫婦2人じゃとても食べきれやしない。
その危機感から、ついつい丼から溢れんばかりの雑煮を入れてしまった。
お姑さんは、その並々と入った雑煮を手元に引き寄せ、未知の味に少し怖そうな表情を浮かべて、ズズズ〜と啜った。
「アッチッチ〜!いやぁ、これすごく熱いね」
私は天つゆ作ったり、大根を下ろしたり、餅を焼いたりしていたから、温め直しにコンロに乗せた大鍋の事をすっかり忘れていた。気が付いたらボッコンボッコン沸騰していたのだから、熱い訳だ。
「ど〜お?美味しい?」
「好吃〜、オイシイ、オイシイですね〜」
「そ〜お、今ちょっと啜っただけで分かるの?」
お互い言葉を理解していれば、いくら身内とはいえ、ここまでストレートに言ってしまうと、冗談では済まなくなるが、解らないということは、時に都合が良く便利な事もある。
日本語と中国語が入り交じった「オイシイ」が、素っ頓狂な返事が返ってきたが、その割りに顔が笑ってない。
お舅さんと見れば、この一杯が盛りっきりだと思ったのだろう。これさえ全部食べれば文句がなかろうとばかり、嫌な事は早く片付けたい一心で掻き込んでいた。
いいよ、いいよお舅さん、そんなに慌てて食べなくったって、お代わりはまだまだ十分あるから大丈夫よ〜
バリッバリッ、シャクッシャクッ、テーブルの周りには小気味良い音が響いている。
ピーマンと蓮の天ぷらを食べた時の音だ。
まだサツマイモも、私の好きな玉葱と人参のかき揚げも、剰(あまっさ)え海老の形も見えない。
もうお舅さんたちは、嫌ってほどピーマンや蓮を食べさせられ、すでに満腹信号が点滅している。
メインの海老のかき揚げが出来てきた頃には、完全ギブアップ状態で、退席のタイミングを窺っていた。
あ〜またしても苦労は報われなかった。うちの奥さん、段取りも悪いが、後先が見えないのも天下一品だ。
昨日寒い中、電動自転車で走り回って調達したのは、何だったんだ!海老ちゃんだって泣いてるぞ!
「あ〜お腹一杯だ、もう苦しい(助けてくれ)、吃飽了!」
席を立とうとしたお舅さんに、女房の目が光った。
まだまだ沢山あるんだ、このくらいじゃ許せない!
ご飯だって五合も炊いてしまったのに、もう少し食べてくれなきゃ、格好が付かないじゃないのよ。
私は知っている。雑煮も天ぷらも、実はそれほど口に合わなかったことを。
油がタップリ浮いた日本醤油ベースのスープに、ピーマンと蓮ばっかりの天ぷらじゃ、そりゃ箸も伸びないよね。
そこ行くと、お姑さんはさすが母親だ。滅多にない娘の晴れ舞台に、恥は掻かせたくないと、もう必死の形相で食べている。
「なんだ、もうホントに終わりなの?じゃ、もう揚げなくていいね」
おい、おい、俺の好物の芋天はなしかよ。人参だって苦労して細く切ったんだ、せめて玉葱と合わせたかき揚げくらい、もう少し作ってくれよ。
「海老が大分余っちゃったけど、いいわ、今度なにかに使うから」
あんた、馬っ鹿じゃないの、メインの海老はそっくり冷蔵庫行きかよ。
う〜ん、あんたには料理の才がないんだから、もう二度と天ぷら作るなんていうなよな!
本日一番奮闘したと思い込んでいる女房が、最後にテーブルについた。
旨い、美味しいと舌鼓を打ちながら食べている。ああ自分で揚げた天ぷらは、さぞ旨いでしょうよ。
「あまりピーマンが残ってないね、私あれが割りと好きだったのに〜」
ナヌ〜・・・・それじゃ、ピーマンばっかり食べさせられた方は、一体どうなんだ!
自分の好物を、みんな食べられちゃったような言い方は許せん!何も好きで食べたんじゃないわい!
おのれ〜、言わしておけば、どこまでもコケにしおって、食い物の恨みは末代まで祟るぞ!
いやいや、もとい!それは無い、女房だから、末代まで祟ってもらっちゃ、俺が困るんだった。
約2時間に及んだ日中合体の元日決戦は終わった。
さぁ、片付けだ!と思ったら、女房の奴、ソファにどっかりと腰掛け、爪楊枝かなんかでシーシーやっている。
李家でも調理はお舅さん、片付け洗い物はお姑さんと、分担がほぼ決まっているので、何の衒(てら)いも抵抗もなく、お姑さんが一人黙々と片付け始めた。
厨房の調理台、ガスコンロの周りは、飛び散った天ぷら粉で、さながら戦場のようである。
流しには、ありったけの皿を出したのか、山積みになっていた。さすがに段取りが悪いと、ここまで凄い。
まったくどこから手を付けていいか分からないくらいだったが、お姑さんは文句ひとつ言わずやってくれた。
日本的に言えば、自分の娘の我侭至らなさを、婿さんに多少恥じていたのかとも思う。
でも、それを意見している場面など見たことがないから、やはり中国でこの程度は、なんら恥じる事ではないのだろう。単に子供に甘いのか、中国の伝統なのか、私にはなんとも理解し難い思いが残った。
中国人妻を娶ろうと考えている諸兄に告ぐ!
このくらいのことは日常茶飯事であります。
よって、いちいち腹を立てていたら、とても中国人妻と長く連れ添う事など出来ないのであります。
ちょっとでも難しいかな?と思われた方は、即刻、恋の炎の火を消して、別れることをお薦めしたい。
それでも青年はまだいい、「苦労は買ってでもやれ」という名言もあるから。
だが、初老、老境の人には無理だ、もう苦労して花を咲かすほどの時間は残っていない。
うん、なんだって?結婚してから追々相手を変えて行くって?甘い、甘い、変えなきゃならなくなるのは、あなたの方でっせ。お相手は、泣いて喚いて脅しても、絶対、自我を通すんですよ。
それでも構わんと、お覚悟した方だけ、私と苦難の道を行きましょう。・・・・ウウッ、書いていて泣けてきた。
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