上海の楽しい人々篇

6.私はバスの車掌さん

  上海の路線バスは中心部から放射線状に数え切れないほど出ている。
ここへ来て地下鉄も一気に線が増えたが、まだまだ便利なようで不便な地域もある。やはり庶民の足は安くて小回りの利くバスが人気だ。
市内を循環するバスには1元(13円)と2元(26円)があって、2元の方はエアコン完備、わざわざドア横に空調付と大きくうたってある。
日本ではどんなバスでもエアコン付が常識、だからバス料金に差が付くことなど無い。上海でもいずれ近いうち2元に統一されるのだろうが、物価高を煽るようで私は賛成できない。
それにしても上海は余程予算があるのか、路線バスもみんな新しくなった。
私らは犬バスとか兎バスと呼んでいるが、前方のサイドミラーがやけに大きく出っ張って犬の耳のように垂れ下がった、ちょっと愛嬌のあるバスが主流だ。
新型路線バス
新型路線バス・・・・・ミラーが犬の耳に似ている
車中も綺麗になった
2元の方は暑さ知らずの空調バス

3〜4年前まで、車体のあちこちに赤い錆びが浮き出た埃塗れのバスをよく見掛けた。別段恥ずかしがる風も無く、むしろそれを活躍した勲章のように誇らしげに堂々と走っていた。
ガタピシの車体を小刻みに震わせ、濛々たる排煙を上げて走るさまなんか、中国らしい情緒があって良かったのになぁ〜。
そういえば2両連結の1元バスが上海では廃止になったのか最近はまったく見ない。
いつ廃車にしても惜しくないボロボロの外見も凄かったが、内部はもっと凄かった。掃除なんかした事あるのかと思いたくなるほど、何処も彼処も埃とゴミだらけ。
それに饐(す)えたような異様な臭気が鼻を突く。女房に言わせると下層労働者の匂いだそうで、鼻の利かない私でもその強烈さに目が沁みた。
鉄製の椅子はズボンでも引っ掛けて破きそうで、たとえ空席があっても座るのは憚られる。
おまけに運転手がギヤを入れ替える度、ギヤが噛むのか派手な音を出して車体が軋んだ。
この手のエアコン無し1元バスは、夏になると天井にある換気口を開ける。サン・ルーフなんて、そんな気の利いたもんじゃない。
問題はバスによってはこの蓋がよく閉まらず、いつも中途半端に開いていた。
察しの良い方はもうお分かりと思うが、雨が降って来るとバスの中はてんやわんや。車中で傘を差したいくらいになる。
逃げ惑う乗客をよそに運転手は至って涼しい顔。それでも怒ったり抗議したりする人が居ないのに驚く。ここが中国人の気持ちが大らかなところだと感心する。
もっとも運転手に抗議したところで、「整備は俺の仕事がじゃない!」と言われるのがオチだろう。
今では殆どお目に掛かれなくなったあのバスは廃車にしたのかな?ひょっとして今でも地方を走っていたりしてね。地方の乗客の慌て振りが目に浮かぶようだ。
何事も経験と思い、私も面白がって2、3度乗ってみたがすっかり懲りてしまい、以来乗ることはなかったが、無くなってみると妙に懐かしい気もする。

 ちょっと前までバス停でイライラしながら待つ大勢の人垣も、やっと来たバスが2元の空調バスだと渋々やり過ごしたものだが、今は躊躇することなく乗ってくる人が多くなった。
それだけ上海は金回りが良くなったという事だろう。ちょっぴり優越感に浸りながら、いつも空いているバスに乗っていた私など今大いに困惑している。
上海には昔懐かしいトロリーバスも走っている。発展する上海中心部では様々な工事が四六時中行われているので、公道に張り巡らされた電線が時として邪魔になることが多い。
第一雑多な印象が拭えない事から、近々これも廃止の憂き目にあうのは間違いないところだ。



 上海の乗り合いバスは路線によっては運転手一人のワンマンカーもあるが、主流は大概車掌が乗っている。
人間が多過ぎるから、そう簡単に無くせないのが実情なのかも知れない。
車掌は小姐の場合が多く、運転手は男の方が多い。
という事は、小姐運転手も当然いる訳で、タマにではあるが乗り合わせたりする。
小姐車掌も変わった。以前はパサパサの髪を後ろで束ね、化粧っ気のない顔でニコリともしなかったが、今は少なくも見掛けだけはかなり女性らしくなった。

茶髪にパーマ、それに自己流メイクを施し、身なりも女性らしいものに変わってきた。みんな30代半ばくらいの歳だから、磨けばまだまだそれなりに見られる。
惜しむらくはその努力の割りに、車中に華やいだ雰囲気がもう一つ伝わって来ないこと。
何が足らないかといえば、もうこれは愛想がないの一言に尽きる。突慳貪な所は昔と変わっていない。ここが変われば上海も本当の意味で変わったと思えるのだが・・・・・

車掌の席は後方出入り口の近くと決まっていて、どんなに込み合っても客が座ることは許されない。一見切符のモギリと料金徴収だけの単純労働に見えるが、これで中々経験を必要とする仕事だと最近分かった。
まずバス停に着くと我先に乗り込んでくる客の顔を瞬時に覚えなきゃならない。
空いていれば器用に乗客の間をすり抜け、新客の料金を徴収するが、かなり込み合ってきてそれも無理と判断すると、定位置から大声で怒鳴る。

「あんたとアンタ払ってないョ!」(私にはそんな風に聞こえるだけで、あくまで推測です)

そうするとよくしたモンで、客から客へと手渡しで小銭が運ばれてくる。お釣りがある場合は又この流れの逆で戻って行く。このローカルな雰囲気が私は好きなのだ。
中国は交通の走行が日本と反対なので、道路を横断の際に勝手が違いヒヤッとする場面も一度や二度ならずある。長年の癖で右ばかり注意を払っていると、左からいきなりクラクションを鳴らされたりする。
また自動車優先の交通ルールは、如何にも中国らしく、力の強い方に弱い方が遠慮する論理が罷り通っている。最近は歩行者用信号も各所に付けられたが、青から赤に変わる時間が異常に早い。これも人間の生命の軽さ、歩行者軽視の表れか?
広いメインストリートなど早足で渡って丁度なのに、左折車が我が物顔で突っ込んでくる。
それでも地元の人は器用にその間隙を縫って渡ってしまうが、私のようにモタモタしている人間は渡り切れず、中央の白線上で次の青信号を待つことになる。
自動車車線が青になったら、中央に人影があろうと徐行する気配などまったく見せず、ビュンビュン飛ばして来る。こちらはまさに前門の虎、後門の狼状態。目の前を行き交う車の風圧も相俟って、髪も逆毛立つ恐怖の数分間である。
こんな調子だから路線バスも右折の場合、並み居る自転車軍団を押し退けて、強引に割り込んで曲がらなければならない。この時がもっとも小姐車掌の見せ場でもある。

「当心!当心!(危ないぞ!どいて、どいて!)」

バスの横っ腹を素手でドンドンと叩き、声を限りに叫ぶ。時には赤い布切れを振ったりもする。
バスは小奇麗に変わり近代的になったが、やってる事は以前と大して変わっていない。

朝の出勤時間帯と夕方を除けば、昼間はバスの中も割と空いている。
小姐車掌の座席前には備え付けの小さなボックスがある。昼時になるとそこの引き出しからおもむろに弁当を取り出し、乗客が居ようと平気で頬張りだす。
それをジッと眺めている私には、遠足気分で仕事をしているように見える。いや、決してその行状を批判している訳ではない。むしろ羨ましいとさえ感じている。
日本のように何から何までマニュアル通りにやらなければ、失格社員の烙印を押されることも無い。周囲の顔色を窺うことも無く、これだけざっくばらんと自由に仕事が出来たらどんなに楽しいだろうと・・・・・・おっと、食後のミカンまで剥き出したぞ。



 一昔前までバスの運転手は運転だけ、車掌は車掌の仕事だけしていれば良く、乗客の数は問題ではなかった。
以後歩合制が導入されてからは、運転手も車掌も態度があからさまに変わった。お客の数が収入に直結するからだ。
バス停では小姐車掌が声を枯らして行き先を告げ、一人でも多く乗せようと必死になった。
4〜5年前までバス停以外でも手を上げれば止まってもくれた。
便利だったのは運転手の傍へ行って「その角で降ろしてョ」といえば、バス停以外でも応じてくれた。
さすがにこれは自動車が急増した事情などもあって、3年ほど前に禁止されてしまったが・・・・
怖ろしかったのは、何といってもカーチェイス。
同じ路線を走っていてもバス会社が違う場合がある。いわば商売敵であるから、先にバス停へ到着して客を掻っ攫(さら)っていった方が勝ちだという心理が働く。
もう仁義もヘッタクレもない。双方の運転手は競り合いながら、窓越しにお互いの顔色を窺い、停留所が近づくと一気にスパートをかける。
弱肉強食、群雄割拠、戦国客取り物語を地で行く上海路線バス業界だったが、今は一路線一バス会社に落ち着いたようで肝を冷やす事もなくなった。

 小姐車掌の座席前に手摺を兼ねて、垂直に天井まで伸びたステンレス棒がある。
この棒の中ほどに黄色い目印が付いていて、これが乗車料金を払うかどうかの基準目安になっている。高さは1m20cmに設定されていて、この背丈以下なら一応無料とされている。
日本の都バスは確か小学生以下とか以上とかの曖昧な基準だったと思うが、中国ははっきりしている。たとえ小学生以下でも1m20cmを越えれば払わなければならない。
中国も最近の子供は大きい。小学校前でもそのくらいの背丈の子はザラにいる。

「その子、もう払わなきゃいけないよ」

降車口に立つ老婆とその孫と思しき少女。少女の背丈は明らかに黄色い基準線を越えていた。
子供心に少しでも背を低く見せようと足を屈めている。そばの老婆が悪びれず言う。

「一駅だから、一駅だから・・・・・ネッ」

たった一駅だろうと、承知して乗ったのなら払わなきゃイカンだろう。中国人なら一駅くらいの距離で乗る人は居ない。老人だから一駅もきつかったのか?そういわれて車掌も、それ以上は黙ってしまった。それほど悪気は無いのは分かるが、老婆の1元の節約がこの子の将来に卑屈な影を落とさなければいいと思った・・・・・・・まっ!中国人はそんなヤワじゃないか。
もっと深刻なケースもある。
空いている昼間の時間帯だったが、極端に背の低い大人が乗ってきた。四十代の女性で身障者の部類に入る所謂(いわゆる)小人だ。普通の身なりだが裕福ではないと一見して分かる。

「この人又来たョ〜、何そんなに用事があるんだい」

乗車料金を無理には取れない車掌が、皮肉タップリに言った。
中国の現状は身障者にまだまだ冷たい。あからさまに差別するような風潮さえある。
この女性は言い返さずに黙っていたが、払う余裕があれば払っていたに違いない。

背丈は普通でもバス賃が無料の人も居る。80歳以上の人がそうだ。人間、八十も超えれば、そうそうバスに乗って遠くへ行くこともないだろう。それを見越した無料サービスか?
ある日、足元も覚束ない杖を突いた老人が乗ってきた。バスに乗るのさえ時間が掛かっている。
身分証を見せてもらうまでも無い、生きる化石と思しき老人だった。
たまたま込み合う時間帯だったため、業を煮やした車掌がまた皮肉をいった。この車掌、どうも金を払わない客は虫が好かないようだ。

「年寄りはこんな忙しい時間に乗るんじゃないョ、怪我したって責任取れないョ」

あぁ、中国儒教の教えも今は遠い昔。
金権上海を生き抜く人の前では、ただ空しさだけが木霊する・・・・・・・

おわり


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