エジプト浪漫旅行
| この日エジプト考古博物館の見学を終えると、ランチを挟み午後はカイロ市内観光となった。 バスの最前列席に陣取る現地ガイド。車窓を過ぎ行く建物や風物など、右に左に矢継ぎ早の説明を繰り出す。その度にツアー一同、一斉に首がその方向に動く。後ろから見ていると、聞き分けの良い小学生のようで中々微笑ましい。 このガイド、年の頃なら34〜35歳の働き盛り。浅黒い肌が一層精悍な顔付きを引き締めている。 日本語が達者なのは勿論だが、自己紹介では元大学の先生をしていたと言うだけあって、観光説明もちょっとした講義を聴いているような雰囲気だ。 まぁ何処までホントか分からないが、話の端々にインテリ臭さを感じさせるから、満更嘘でもないのだろう。 人柄も悪く無さそうだし、至って愛想も良いのだが、許せない事がひとつある。 ・・・・・・・・実はこの男、奥さんが3人もいるのだ!。 しかもしかもだ!つい最近娶った3人目は、ナント弱冠20歳と言うではないか。・・・・・・大泥棒! 私も20歳違いの女房を持つ身として、他人の事は言えないが、3人もいるってところが全然違う。 まぁ、一人でもヒ〜ヒ〜言っている私にとって、別段それが羨ましいとは思わないが、さぞかし骨が折れるだろう事は容易に窺われる。 ガイド氏の顔をジッと見ると、銀縁の眼鏡の奥に隠し切れない疲労の痕跡。目の縁の隈(くま)が、日々の奮闘を雄弁に物語っていた。・・・・・・・ざま〜みろと、ご同情申し上げたい。 これを今お読みの諸氏方々も、決して羨ましがるべからず。ホントに命あっての物種ぞ! あの顔を見れば、ハーレムは邪(よこしま)な空想に耽るほどの桃源郷でない事は一目瞭然。 落語の「饅頭コワイ」じゃないが、人間何事も度が過ぎると苦痛になるもの。 この辺日本人として生まれた事を、素直に皆さんと共に喜び合いたい。・・・・・・なに!いやだァ〜 ガイドの話は次第に熱を帯びる。自慢と後悔が入り混じって、全部話さずば収まらない雰囲気。 この手の話は観光案内より余程面白い。ツアーご一党は寝た子も起きて、老いも若きも興味津々。 エジプトでは4人まで奥さんを持つ事が出来るとか。しかし早まってはいけない。この国での結婚は一大事業なのである。結納や結婚式には、庶民にとって途方もないお金が掛かる。 したがって、ゆとりが無ければ一生独身で暮らさなければならなくなる。これは如何にもツライ。 長年の習慣だし、エジプトは男が少ないから問題ないというが、富める者だけが何人も抱えては、きっと娶り損ねた連中は、このガイドの首を絞めてやりたくなるだろう。・・・・・・・当然だ! 大学の先生を辞めて、観光ガイドに鞍替えしたら3人の妻を養える・・・・・ガイドってそんなに儲かるのか? こりゃ、ますます騙されないように気を付けなければ・・・・・・・・
バスの前方にドーム型屋根をした巨大なイスラム寺院が見えて来た。モハメド・アリ・モスク到着が近い。 車内は艶話にすっかり盛り上がっていたが、ガイドも本業に戻った。実に鮮やかな変わり身だ。 それは高い丘の上に聳えるように建っていた。 下界を見下ろすその姿は、堂々とした威信に満ちて、エジプトの国教としての誇りが見て取れる。 周囲に堅固な城砦を巡らした威容は、まるで難攻不落の要塞のようだ。 歴史は意外と浅く、19世紀初頭にモハメドアリによって建てられた。間違っても元ボクシングのチャンピオンじゃない別の人である。 取り巻く城砦は12世紀に造られたもので、モスク建造時にはすでにあったものだ。 午後の日差しは眩しいほどだが、暑さはそれほどでもなく割と凌ぎ易く、観光には持って来い日和だ。 「ワタシが纏めてチケット買ってきますから、ちょっとこの侭待っててください。よろしくオネガイします」 ガイドの癖なのか、それが礼儀だと思っているのか、話の後に必ず「オネガイします」を付ける。 イントネーションが破天荒に可笑しいが、本人はまったく気付いていない。それがツアーの面々には大受けで、面白がって口々に真似をしては笑い合っている。 間もなく駆け足で戻ってきたガイド氏曰く 「カメラの持ち込みは10ポンドで変わりませんが、ビデオカメラは今日から100ポンドになりました。」 100ポンドと言えば2200円!ホ〜ラ言わんこっちゃない。取って付けたように今日からって言うのが如何にも怪しいではないか。3人の妻の為、余禄の徴収かと疑いたくもなる。 整然とガイドの振る小旗を先頭に、一同の行進が続く。これがツアー旅行の醍醐味なのだ。 ガイド氏、堅牢な入り口のチケット売り場まで来て、仕切りガラスに張ってある紙を指し示し、身の潔白を声を大にして叫ぶ。 「間違いないでしょう!ここにハッキリ書いてあります!今日から100ポンドです!」 不満タラタラで憤っていた単独参加のビデオおじさん。諦めるかと思いきや、そこは金持ち日本人。 折角ここまで来たんだからと不承不承で払っていた。
幅の広い緩やかな坂を登り、寺院まで歩く。途中地元の小学生の一団と擦れ違った。外国人は珍しいのか、観光事業の命運を握る一環教育の賜物か、皆こぞって手を振り、中には拍手する子供もいた。 空は夏のように青く、入道雲に似た雲が寺院のドーム型屋根の上にポッカリ浮かんでいる。
厳かにまず中庭に入る。シンとした静寂が咳払い一つ憚れそうな雰囲気に、気持ちが引き締まる。 靴を脱ぎ、持ってきたビニールに入れて、各自が持って中に入るシステム。寺院内部は大講堂のように広く、全体に深紅の絨毯が敷き詰められいた。 恐ろしいほど天井が高く、その円形天井に豪華絢爛な彩色が施されている。 全体が宝石の如く深い緑色を放ち、その周囲を威厳のある装飾と幾多の紋様が鏤(ちりば)められている。ホントに息を呑む美しさだ。 トルコ・イスタンブールのモスクを真似て造られたと言うが、同じイスラム信仰の絆は深い。その荘厳な佇まいは、トルコのモスクに決して勝るとも劣らない空間を現出していた。 個々に礼拝する人、車座になって話し込む人々。エジプトの人達にとって、信仰が生活の一部である事を改めて窺い知った。
外に出てカイロの街を一望に見渡す。ここは丘の上の高台に位置している為、遠くに霞むギザのピラミッドまで見通せる。、しばし休憩の後、ハン・ハリーリのバザールへ向かう。 上海と又違った活気の街を抜け、午後3時にバザール到着。 今日の夜はオプションで「音と光のショーと名物料理の夕べ」がある。レザー光線で幻想的にピラミッドを照らし出すのだそうだ。 「昼間ピラミッド見たら、夜まで見ることないョ。同じピラミッドだョ」 よく解らない理屈だが、私らはツアーの申し込み時に1人8000円也と知って、カミさんが躊躇することなく却下した。したがって今日の晩餐は自前。ところがドッコイ、カミさんは1食ぐらい抜いた方が体調がイイと勝手に決め込んでいる様子ありあり。それに付き合わされる私は少々辛いものがある。 今晩の予定があるので、ここではそれほど時間が取れないらしい。 例によってガイド氏が、ここで一番気の利いたお土産を慌しく説明した。エジプト砂漠の砂は黄粉のように細かい。それを小さな香水瓶に入れて贈るのが、誰にあげても喜ばれるのだそうだ。 「ワタシがバザールで一番安い店に案内します。エェ、高いと思ったら買わなくても構いません」 たった1時間しかないのに、他の店を当たっている時間はない。ウ〜ン中々戦略的に長けている奴だ! バザールでの払いは米ドルの方が喜ばれるみたい。人差し指ほどの硝子香水瓶が米ドルで1個1ドル、見た目大して違わないのにクリスタル瓶が1個4ドル。 中には農家のご夫婦らしき二人連れ、お金は十分過ぎるほど持ってきたのだろう。その無骨な手でクリスタルのグラスを、矯めつ眇めつ甚くご執心。結局、大枚100ドルも出して買って行った。 それだけ出しゃぁ、日本でもいい物が買えるのと違うんやろか? うちは女房が「硝子でイイ」というのを抑えて、私の鶴の一声で砂を入れるクリスタル小瓶を3つ買った。 帰るまでに割れてしまっては元も子もない。クリスタルだから硝子より、きっと割れ難いだろう?
時間はまだ30分ほどあるので、この際バザールの触りだけも雰囲気を味わいたい。 警戒感でその気になれない女房の手を取り、喧騒でごった返すバザール路地へ潜入した。 「安いョ!安いョ!ワンダーラ(1ドル)ワンダーラ!」 路地に一歩踏み込んだだけで、あっちからもこっちからも客引きが集まって来た。 「この客はオレが先に声を掛けたんだ!お前は手を引け!」そんな事を言い合って、お客の争奪戦は熾烈を極め収拾が付かない。 皆それぞれ客が興味を引きそうな目玉品を、矢継ぎ早に私らの目の前に突き付ける。おっと!アブナイ! 遺跡発掘品のレプリカ、ツタンカーメンの置物、クレオパトラが描かれた絵皿、お〜さっき買った香水瓶もあるぞ。 「これ、クリスタルかい?」・・・・・・すかさず女房が通訳してくれた。 「・・・・・勿論だ!ワンダーラ、ワンダーラ!店に行けばまだ沢山ある」 ・・・・・・返事にちょっと間が空いたところが、怪しいと言えなくもナイ。 「今幾らで買ったんだぁ、なに4ドル!ほんとかョ〜、やっぱりあのガイドにやられたんじゃないの〜」 「馬鹿ネェ〜それガラスかもョ。もう買ったからイイじゃないの!まだ買うの?」 騙しても騙されない事を身上とする、上海人のメンツ丸潰れ。 これ以上騙されてなるものかと、女房必死の防御線を張る。片や私、とろいのは今も昔もそう変わらない。 そんなに安いのなら、他のお土産品も安いに違いナイ。・・・・・助平心が頭を擡(もた)げる。 よせばいいのにノコノコ客引きに付いて店まで行った。 極端に狭い店内は、何処も彼処もお土産品で足の踏み場もない。置いてある品物も他の店と大して変わりなさそうだし、それほど欲しいものも見当たらない。 「ねぇ、これなんかど〜お?」 よくホテルなんかに備え付けている、少し小さ目で底の浅い品のいい灰皿。エジプト土産らしくクレオパトラやピラミッドの絵が描かれている。 私の弟連はみんなタバコを吸う。負けじとその嫁さんまで吸うから、下手なお土産を買うより喫煙器具が一番無難なのだ。 「いつも灰皿ばかりで、もう沢山あるんじゃないの?」 ウ〜ン、鋭い指摘。そう言われれば、そうだったかも知れないが、エジプトの物は又趣(おもむき)が違う。 さり気なく、(これ3枚買ったら幾らになるか聞いてみろ)と女房の耳元へ囁くように指示を飛ばした。 「幾らだったら買うの?値段聞くだけじゃ、相手もそんなに安く言わないョ」 「まぁ、100円ショップにでもあるような小物だから、精々2ドル、3枚で5ドルってところだろう?」 エジプトの庶民物価から考えれば、それだって半分ボランティアの心意気。 私とすれば日本人の気風(きっぷ)の良さを大いに見せたつもりだった。 イスラム帽子を被って、立派な鼻髭を蓄えた店主。さっきの呼び込み兄ちゃんと違って取っ付き難い。 女房めげずに交渉開始。昨日パピルス屋で一敗地に塗(まみ)れているから、今日は気合が入る。 中国対エジプト、どちらに軍配が上がるか、熱の篭る一大決戦! 私は江戸っ子だから、どうも値切るのは苦手である。その割りに商売をやっていた関係で、仕入れは少しでも安く買いたい癖が抜けない。 あまつさえ適正値段ならまだしも、不当に高く売りつけられては、例え100円でも随分損した気分になる。 夫婦の価値観が一緒と言うのは実に好ましい。似た者夫婦で、この点は女房も一緒である。 いや一緒と言うよりも、躊躇することなく値切り交渉出来るだけ、上海女房の方が一枚上手(うわて)であろう。私は後で糸引く陰の黒幕に徹して、2、3歩下がったところで、固唾を呑んで見守った。 上海での値切りはポーカーフェイスが常套手段。特に欲しそうな素振りを見せず、何気なく手に取った目当ての灰皿。さり気なく店主に幾らかと尋ねている。・・・・・・・ウン、いいペースだ。 愛想のない店主。のっそりと振り向くと、女房の頭のてっぺんから足のつま先まで一瞥して値踏み。 おもむろに二言三言いったが、日本語オンリーの私には分からない。 女房が一瞬怯んだ素振りを見せたから、多分高かったのだろう。 なんの負けてなるものか!威風堂々一際大きな声で、女房巻き舌の英語?で即座に言い返した。 おそらく打ち合わせ通り、3枚5ドルでどうかと切り出したのだろう。 俄かに店主の顔が余計険しくなった。(なにをアホな事言ってるんだ!)そんな顔付きだった。 何度か激しいやり取りの後、カミさん私の傍によって来て 「1枚5ドルだって。3枚で13ドルまでならサービスしてもいいってョ、それが限界だってさぁ!」 何がサービスの限界だ!云うに事欠いてとんでもない話だ!いらんいらん! どうせ要らないといって出れば、追っ掛けてきて値下げするに決まっているさ。行こ、行こ! 2人して店主の顔色を窺うように、「高い、高い!」と捨て台詞を残して一旦外に出た。 未練を見せずに毅然と立ち去る・・・・・・ここで上海なら、後追いの声が掛かるセオリー。 ・・・・・・・・・・・・アラ?呼び止めてくれないねぇ チッ!国が違うと、こうも違うのか。調子狂っちゃったョ。まったく商売っ気がないねぇ〜 まぁ仕方ない。これだけ店が並んでいるんだから、どっかに同じものが売っているだろうと、買い物客でひしめく路地の店先を丹念に見て回るが意外とナイ。 ナイとなると、どうしても欲しくなるのが人の常だ。ウ〜ン、集合時間も押しているし・・・・・・・ 「どうする?悔しいけどアソコに戻って買うか?」 「エ〜〜戻るのォ〜、私はイヤよ!・・・・・アナタが買いなさいョ!」 女房、再起不能の二敗目を屈して自信喪失、意気消沈。そこを曲げてとはさすがに云い難い。 結局、女房からドル札を渡され、私が買う羽目になった。件の店主は笑いを噛み殺しているようだった。 明らかな負け戦。悔しさ募る「敗軍の将、兵を語らず」の心境か。 それにしても添乗員のお姉ちゃん、何であんなこと言ったんだろう。 値切ってください!値切ってください!遠慮しないで値切ってください。半値八掛け当たり前、3分の1まで値切れたら勝利の勝鬨エイ、エイ、オ〜。 真に受けた私が馬鹿なのか?どう考えたってそんなに値切れやしない雰囲気だったぞ〜 5.ルクソール、2つの神殿へ続く・・・・・ |