エジプト浪漫旅行

3.金だ!金だ!ツタンカーメン

 昨夜のディナーの事だった。
27人が長い1卓のテーブルを挟んで向かい合い、粛々とした雰囲気。ツアーも初日ゆえ、まだ気心が知れない所為か、どこか上擦った空気が流れていた。
まず最初に飲み物の注文。この旅行社は全食事付きといっても、いつも飲み物は別勘定。
いやそれが不満といっているのではナイ。まぁ、日本や中国のようにお茶が出れば、それに越した事はないが、各自飲みたい物も違うだろうし、飲ん兵衛などタダとなれば際限が無くなる可能性もある。
それは承知なのだが、如何にも高い。下手すると飲み物代で、料理をカバーしているようにも見受けられる。したがってウチのかみさんは納得出来ない。
この旅行社で行ったトルコやイタリアでも、毅然として「いらない」と頼まなかった。協調性など眼中にナイ。
そういえばドバイ空港で、ちょうどエジプトツアーを終え、入れ違いに帰国する大阪人の中年おじさん。
大阪の人は始末が身上、レストランに平然とウーロン茶持ち込んだ武勇伝話を、こちらが訊ねもしないのに自慢げに語ったていたっけ。
まぁ、それよりは程度が良いと思うが、他がビールだワインだ、フルーツジュースだと注文しても、うちのカミさん泰然自若、恥ずかしくも何ともない。
それはおろか、若い女子大生やOLが値段も考えず、平気で高い飲み物を注文しているのを見て、「そのうち泣くョ」と一種蔑みの目で見ている。
私はいい年してケチっているようで、気恥ずかしい気もしたが、女房の経済観念に水を指すのもコワイ。
破れかぶれで一変浪費妻になっては、もっと困る。
私も根が貧乏性だから、今までは女房に同調していたが、最近とみに体力の衰えと不調を感じるようになって、死んであの世に金を持って行かれる訳でなし、今更ケチケチしても仕方がないと気が付いた。
それで女房がテーブル下で「よせ!」と袖を引っ張るのを振り切り、手を上げてウェイターを呼んだ。
間髪いれず女房の声が飛ぶ・・・・・・・「ミネラルウォーター!」
最後まで抵抗を見せるカミさん、この期に及んでも1番安いものを注文しおった。
もっとも私は下戸だからビールもワインも駄目。といっても最初から飲めなかった訳ではない。ちょっと昔まではウイスキーのボトル半分くらいはイケた。今のカミさんと再婚する頃、ちょうど体調も悪かったし、何よりも酒飲みが嫌いな堅物女房だったから、すっかり毒気を抜かれ、それを潮に止めてしまった。
酒は飲まなくなると弱くなるもので、今ではビールコップ1杯で心臓が覿面(てきめん)に苦しくなる。

 まもなく注文した飲み物がやって来て、白々しい乾杯の鬨(とき)を上げ、和気藹々と食事が始った。
籠に入れられたパンと、サラダとも漬物ともつかないモノも運ばれてきた。数種類の漬物は、いくつか大雑把に分けてテーブルに並べられた。
私たちは間が持てないので、早速それを摘んだ。
パンは固くてちょっぴり塩味、漬物らしい方は日本のとは大分勝手が違うが、それなりに結構いける。
中国人と中国人ずれした夫婦には、遠慮や奥ゆかしさなど微塵もナイから、次々と手を伸ばした。
チラリと横目で周りを見ると、パクパク食べているのは私らだけだ。女房と小声で「日本人は気取っていてヤダネ〜」と囁き合う。

「コレ、割と美味しいですョ」・・・・・・ご亭主の定年退職記念でやって来たような、向かいのご夫婦に声を掛けた。愛想のいい奥さんがニコニコしながら、
「さっき、添乗員さんが食べない方がいいって言っていましたのでネェ〜・・・・」
(ウン?・・・なんで?)
「アンタ聞いたァ?」・・・・・・固いパンと格闘している女房に問うた。
「うん、言ってたョ」・・・・・・・なぜそれを早く言わん!もう殆ど食べちゃったじゃないか!

食事前、添乗員より注意事項があったらしい。
「ナイルの水はコワイ!その水で洗った野菜サラダはなるべく敬遠した方が良い。私は気を付けて、歯を磨くのもミネラルウォーターを使っている。」
・・・・・そんな大事な事、もっと大きな声で言ってもらいたかったなぁ〜。私は例によって女房頼まかせで、何となく聞き流してしまったのだ。

「大丈夫ョ!そんなの気分的なもんだョ、聞かなかった事にすればァ〜」

そんな事いったって、聞いちゃったもんなぁ〜。俺はアンタと違って腹もデリケートだからどうしよう・・・・・
上海も決して水が良いとは言えない。女房はそこで育ったんだから、多少の免疫は出来ているのだろう。
それにしても野菜を洗った水滴でやられるなんて聞いた事がないゾ!

その晩はいつ症状が出るか、戦々恐々としていた。まぁ、幸いな事に何でもなかったので気が大きくなった。「やっぱり言うほどじゃないんだ!」
ホテルでの朝食はアメリカン・バイキング。昨日のランチもディナーも焦げたシシカバブや得体の知れない魚料理で、お世辞にも口に合うとは言い難かったから、やはり食べ慣れているアメリカン式は有難い。
指定された場所の空いている席を探す。ちょっと遅れたせいか生憎見当たらず、相席をお願いした。

「お腹のほう大丈夫でしたか?」・・・・・そう聞いたのは、昨日のニコニコ顔の奥さんだった。
「何でもないデスョ。そんなヤワじゃないですから」・・・・・・思いっ切り虚勢を張った。
「でも、もう止めときますよ。観光途中で催したら悲劇だから」・・・・・どっと笑い声が上がった。

スクランブルエッグにソーセージ、甘い菓子パン3つ。更にホットケーキ2枚に甘い蜜をたっぷり掛け、まだ飽き足らないのかジャムまで付けて食した。・・・・・・肥満気味なのに、もうコレは救いようがない。
勿論、野菜サラダは敬遠し、ポテトサラダで我慢したのは言うまでもありません。
カミさんは元々朝は食べない。ノコノコ起きて来るのが昼近くではさもありなん。パン一切れとタップリの野菜サラダ。神をも恐れぬ所業だが、土台免疫力の違いは素直に認めるしかない。
私はまだ食べる。デザートにフルーツポンチを山盛り持ってきた。
カイロのナイル川
ナイル川のほとりに建つ変わった塔
エジプト考古博物館
エジプト考古博物館・・・・手荷物チェックは厳しい

 今日の観光コースは、たっぷり時間をとったエジプト考古博物館とカイロの市内観光。
古代エジプトの遺品が10万点にも及ぶ膨大なコレクション。あまりにも有名なツタンカーメン王の黄金マスク、黄金の棺、黄金の装飾品、まさにゴールド尽くめのお宝を見に行く。
以前お隣のトルコへ行った折、トプカピ宮殿のお宝も圧巻だった。ルビーやサファイヤをふんだんに埋め込んだ短剣や水差し、足に落としたら生爪が剥がれそうなほど(冗談!)大きい世界最大のダイヤモンド。
いやいや世の中には桁外れのお宝があるもんである。
あんなの見ちゃった後では、普通のジュエリーに売っている指輪などトンと興味がなくなってしまった。
もっとも興味がないのは私だけで、女房は別だが・・・・・・・

さっきから下腹がキリキリ痛む。
おかいしい?昨日のが今頃中(あ)たった訳じゃぁ?・・・・・・アッ!朝のフルーツポンチかァ!
こうなるともうシーザーとクレオパトラの悲劇どころではナイ。こちらが悲劇の主人公に成りかねない様相を呈してきた。・・・・・・ツイてない
もうちょっとの辛抱、博物館だってトイレくらいはあるだろう。
この際どんなとこだって、コワイ事なんかあるもんか!伊達に中国で鍛えてきたんじゃナイゾ!
博物館、厳重な警戒
博物館入口前・・・・・自動小銃を肩掛けした警官
博物館、吹き抜け天井
吹き抜けドーム天井から、淡い明かりが差し込む内部

 エジプト考古博物館前は沢山の観光バスでごった返していた。概ねヨーロッパ人が多い。
堅固な鉄製柵門の入り口では、警察か警備員の区別はつかないが、警戒が物々しく皆自動小銃を肩から提げていた。脅しや見せ掛けではない、使い込まれた銃口が鈍く光る本物だ。
加えて手荷物検査も厳重でイライラさせる。敷地内に入る門のところで1回。いよいよ博物館に入るところで1回。それも空港並みに中身を透視する機械を通す念の入れようだ。
中央口の真上はドーム型の吹き抜けになっていて、そこから淡い明かりが差し込んでいる。
左右と正面、3方に分かれた展示室には特別派手な照明はなく、陳列物に相応しい重厚な雰囲気を醸し出していた。
おっと!感心している場合じゃない。やっと関門を通り抜けた私はもう気もそぞろ、トイレの目印を探す。
(なんで俺はいつもトイレで苦労するんだろう!)

「あったョ〜あっち!」・・・・・・・・(シッ、声が高い)

目敏い女房が早くも探し出し、遥か彼方の方向を指さす。
日本語しか出来ない年上亭主は相変わらず意気地がない。心細さに付き添いが欲しい。
添乗員に一声掛け、若い女房を従えて一目散に駆けてった。
持病の肺はちょっと駆けても息が苦しい。オ〜イ待て待て!腹が痛いのは俺だぞぉ、痛くないアンタがそんな先を走ってどうする。もちっと親身になってよネェ〜。
中央口から左右一直線に伸びる陳列順路は、生半可な徒競走が出来るくらい長い。そんな広くて長いのに一番隅っこにしかトイレがないとは・・・・・・。
順路の中央に点々と置かれた3千年、4千年前の価値ある遺跡物も、こうなると邪魔だ。それらを右に左にかわして急ぐ様は、さながら障害物競走のようだ。
所々でガイドの説明を聞く人だかりを抜けるのも容易ではなかったが、やっとやっと目指す突き当りまで来た。肩で息する私とは対照的に女房の奴ケロッとしている。若いってのは実に羨ましい。
何だ!まだ階段を上るのか・・・・・・天井の高い博物館、トイレは折り返し付きの階段の踊り場にある。
階段の途中まで上り、思わず不吉な予感が走った。
トンカン、トンカン音もするし、入り口付近は建築資材も散乱している。
まさか!・・・・・・・なんたる事だ!そのまさか、まさかの改装中。
(今お読みの方、こいつ話を作っているとお思いでしょうが、分かってくださいホントの事です)
広い博物館内部
急げや急げ!・・・・・障害物競走でここを駆け抜けた
人型ミイラ棺
人型棺のいろいろ・・・・ミイラの呟きが聞こえそう

階段途中に自動小銃を小脇に挟んだ警備員と目が合う。どこか人懐っこそうで怖そうにない。
(聞いてみろ!)と女房に目で合図。なにやら会話になっているところを見ると、英語は多少通じるらしい。

「反対の突き当たりに別のトイレがあるってョ〜」

ムムッ引き返すのか!こりゃ徒競争からマラソンに変更かぁ〜・・・・・
急げや急げ、もう事態は容易ならぬところまで切迫している。どいた!どいた!こちとら風雲急を告げるお家の一大事だァ。
中央口まで来ると、添乗員が律儀にも私らを待っていてくれた。案外早かったという顔をしている。
その傍らを親指を反らして後方を指し、「改装中!」と叫びつつ、疾風怒濤の如く駆け抜けて行く2人。
途中すでに見学が始って、ガイドの説明に聞き入る私らのグループも追い越し、やっと反対側のトイレに辿り着いた。ハ〜ハ〜ゼイゼイ・・・・・すぐ入りたいのは山々だが、息が!息が入らない。
まるで命からがら逃げ延びた落ち武者のように、トイレを前にして崩れるようにへたり込んだ。

 思ったよりまともなトイレという印象。そりゃそうだろう、世界でも有名な博物館だ。エジプトだって面子ってものもある筈。
小用が5〜6個が並ぶ脇に個室が3つあった。迷っている暇はないから端からノック。
コンコン・・・・・コンコン、山の谺(こだま)のように打ち返す使用中。その隣も同じく・・・・・・
あ〜俺の運とはこんなものか!残り1つに最後の望みを繋ぐ。コンコン・・・・・・返事がナイ!やった〜
天の助けと慌てて中に入るも、世界的博物館にしては随分とお粗末な個室。
後生大事にいつも肩掛けしているショルダーのフックがないのは、まだご愛嬌。ドアの錠だって掛からないのは予想の範囲。お約束のようにペーパーもなかったが、それとてしかと用意してきた。
インターネットで事前に調べたエジプト情報。トイレに入ったら水が流れるか確認せよを思い出す。
ズボンのベルトを緩めながら、試しにコックを捻ってみた。スカスカとまるで抵抗感のない故障状態。
最早これまで!あとはあとでナントカなる!

ここの博物館は広さと入場者の多さを考えてもトイレの数が少ない。したがって入れ替わり立ち替わり出入りが激しい。中には私と同じで切羽詰った人もいるのだろう。
ノックもせず突如強引に開けようとする輩に見舞われた。まったくオチオチ用も足せない。
ドアが内開きだったもので、手前に迫った扉を必死で押さえつつの攻防戦。
こうなりゃ見栄も外聞もかなぐり捨てて、大声で叫ぶ叫ぶ「入っているゾォ〜!」
さて、なんとか事なきを得て、ここからが元建築屋。あらん知識を結集しての腕の見せ所。
何が何でも流さにゃならぬ。水洗タンクの蓋を開け、故障を直してやるほどの義理はないが、1回だけはナントカしたい。開栓弁が錆付いていたが、指先で持ち上げてやったら見事奔流の快音が聞こえた。
芸は身を助く・・・・・・・・・遥かエジプトで実感するとは思わなかった。

 階段の踊り場で、今か今かと待ちあぐねていた女房。「早く!早く!」待ってましたとばかりに階段を駆け下りようとするが、ちょっと待てョ、あの添乗員まだアソコで待っているかもョ〜
案の定、まったく律儀な人だった。今度は3人でバタバタとツアー仲間の所まで追い掛けて行った。

 我がツアーはまだ古代エジプト歴代王の彫像を前にして、長々としたガイド説明を我慢しながら聞いているところだった。
トイレが頭から離れ、多少余裕の出てきた私は、早速カメラを取り出しパチリパチリと写真を撮りだした。説明は聞いても殆ど覚えられない。それなら写真の方が後からでも雄弁に物語ってくれる。
この博物館は石像や彫像が多く、メーンイベントの目も眩むツタンカーメンの秘宝はまだ先のようだ。
1階の見学が一通り終わると、いよいよお宝の鎮座する2階へ向かった。
ツタンカーメン黄金マスク
やっとお目に掛かったツタンカーメン黄金マスク
黄金の人型棺
ツタンカーメンはこの人型棺に入っていた

「オ〜〜!」一同から驚嘆の喚声と溜息が起こった。黄金に輝き周囲に装飾を施した大きな箱が展示されていた。ちょっと小ぶりなコンテナほどある。
これは王が棲む死後の館みたいなもので、箱の中に又箱と3層にも分かれている。
最後の箱に写真でよく見る人型の棺を入れたらしいが、驚く事にこの人型棺も2層になっていたというから、恐ろしいほどの念の入れ様である。
他に副葬品を入れた黄金の箱もあって、まさに金尽くめのフロアーだった。
隣接した別室に、その副葬品である美しい細工を施した装飾品や黄金の人型棺、そして最大のお目当てツタンカーメンの黄金マスクがある。
込み合うからガイドは中での説明は厳禁、一緒には入れない。そこで入り口近くで説明を受け、胸をときめかせながら中に入った。
全体に薄暗い部屋は、展示品にだけ照明が当たり、そこだけが一層浮かび上がる効果を生んでいる。
中央に目指す黄金マスクがあった。想い描いていたより神秘的な佇まいに、思わず溜息が漏れた。
黄金に依る贅沢の極みをもって、王の力を見せ付けた古代エジプト文化の栄華が、一瞬今にも甦って来そうな錯覚に陥るくらい見事なものだった。
副葬品を入れた箱
副葬品を入れた黄金の箱・・・・・人型の門番付き
黄金の副葬品
この黄金人形・・・・・ひとつ欲しい

別途料金20ポンド(440円)で本物のミイラ見学。ちょっと薄気味悪いが、折角ここまで来て見ないで帰るのも心残りだろう。カミさんは「死んだ人を見てドコが面白い!」とゴネるが、そういう問題じゃナイ。
ここはカメラ持ち込みは禁止。ショルダー等もロッカーに預けて行かなければならない。
中には6〜7体のミイラがあっただろうか、乾涸(ひから)びてはいるが、髪の毛もあり人間のそれと分かる。ハッキリ言って、そう気持ちのイイものではない。
小さな部屋を足早で1周したカミさんは、出口で「早くシナサイ!」と叫んでいた。

この日は博物館見学のあと、モハメド・アリ・モスクとバザールに行ったのだが、長くなったので次回に持ち越します。私のネチコイ性格からか、5章完結くらいの予定がもうすでにアレキサンドリア篇も増えてしまったし、こりゃ困った。・・・・・お付き合いの皆々様、平にご容赦を。

4.騙されるな!しぶちんバザールへ続く・・・・・・ 


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