| 今日はリゾート地として有名な「地中海の真珠」 アレキサンドリアへ向かう。 カイロから210km、バスで3時間半の道のりだ。往復7時間も掛かるので朝は5時起床、6時には出発するという強行軍だった。 紀元前4世紀にアレキサンダー大王が築いた街は、伝説のクレオパトラがその華麗な生涯を送った街でもあり、グレコ・ローマン時代の歴史が偲ばれる。 また3千年にも及ぶエジプト王朝終焉の地としても有名で、ギリシャ・ローマ時代の話をガイド氏が声を枯らして説明するが、ツアー全員時差ボケが解消されずスヤスヤと夢の中。 窓外の街並みは、近代的な建物を見慣れた私にとって、まるで異質な世界に紛れ込んだ錯覚に陥る。 薄暗い路地から突然荷馬車が現れたりして驚くが、それがごく日常の事であるように、うまく市中の車社会に融け込んでいる。表通りから一歩奥に目をやると、そこは開発から取り残された地域の上海によく似ていて、妙な気安さを感じた。 バスから眺めるエジプトの人達は概して明るく人懐っこい。 バスが信号待ちや渋滞に巻き込まれてスローになると、観光バスと分かるのだろう、愛嬌タップリに手を振ったり、カメラを向けるとポーズさえ取ってくれる。 とても失業率25%の世相の暗さは感じられない。5%や6%であたふたする日本は、この明るさを少し見習った方がいいかも。
最初に着いたのがカタコンベ。 紀元後1世紀〜2世紀にかけて、キリスト教徒が隠れて礼拝したという地下教会。 螺旋の石段で地底深く下りると砂岩を掘った沢山の部屋があり、壁面には2千年前の彫刻が、当時のまま鮮やかに保存されていた。 また墓所も兼ねていたらしく、1枚岩から造りあげた石棺が中央の部屋に置かれていて、一体どうやって遺体を石棺に収めたか、ガイドに謎解きクイズを出された。 その両サイドの部屋には、段々状に棺入れが岩をくり貫いて造られている。土地の高い東京で、最近認知度を得たロッカー式の墓を連想してしまった。 ヒンヤリと幽魂漂う異空間は、どこか不気味な感じさえする。カミさんはどうも苦手らしく、早く出ようと手を引っ張る。
続いて下町の一角に聳え立つポンペイの柱見学。小高い丘に1本ニョッキリ建っていた。 ここは何故かデジカメは駄目、フィルムカメラのみ無料でOK。ビデオカメラは使用料100ポンド(約2200円)そりゃ高い!単独参加のビデオおじさんも、さすがにここは諦めたようだった。 古代エジプト王朝がクレオパトラの自殺によって3千年の幕を閉じ、古代ローマの属州になった紀元後292年に建てられた物。高さが台座とも30m、1本の重さがなんと180トンもある。 ローマ皇帝を記念したセラピス神殿あと説が濃厚。当時は400本も建っていて屋根もあったという話だ。 シーザーとクレオパトラがロマンスの果てに辿った悲劇に、ひととき想いを馳せる・・・・・・ バスに乗り込むなり、ガイドが少し早いがランチにするか、お宝の眠るグレコ・ローマン博物館のあとにするか、全員の希望を聞いた。 朝もしっかり食べてきたせいか、まだお腹も空かない。私らはこのまま博物館行きに手を挙げた。 博物館賛成多数で直行決定。いつの世も少数意見が通る事は滅多にない。
カイロより少し肌寒いアレキサンドリア。グレコ・ローマン博物館に着いてバスを降りると、暑がりの私もさすがTシャツ1枚という訳には行かなかった。 博物館前は絵葉書などの物売りや警備員が大勢屯していて、ちょっと異様な雰囲気。 内部は白一色で統一され、如何にも博物館然とした重々しさが漂っている。アレキサンドリアからだけでなく、エジプト各地から出土したギリシャ・ローマ時代の遺品が数多く展示されていた。 この博物館は石像や彫像が多い。これがクレオパトラだ!と言われて、その頭部像をまじまじと見たが、ご自慢の高い鼻は欠けているし、お世辞にも世界の3大美人の1人とは縁遠い気がした。 館内には相方のシーザーの頭部像もあり、2千年の時を経ても今なお見つめ合っている。 ・・・・・・・鬱陶しくないのだろうか?ねぇシーザーさん。
ランチは午後2時近くになってしまった。レストランからは地中海の海の蒼さが見下ろせる。 ここからなら船でギリシャやイタリアへも1時間〜1時間半、フランスでも2時間で行かれるという。 明るい陽光を受けて三々五々好きな場所のテーブルに着く。4人用や8人用の大小テーブルには、グループで来ている人達や気の合いそうな人同士で自然に分かれた。 私らは親子とも夫婦とも見えない変則カップル。要らぬ詮索をしても悪いと思ったか誰も寄って来てくれず、4人用テーブルに夫婦だけの孤立状態。一種疎外感は否めないが、もうとっくに慣れている。 テーブルのあちこちでは、お決まりの一大旅行自慢大会が始った。 「よく旅行は行かれるんですか?」・・・・・・誘い水の言い回しは、殆どこれ。 「いや、それほどでも。去年はオーストラリアに行ってきました」・・・・・もう言いたくてしょうがないこの親父。 「いやぁ〜奇遇ですなぁ、私も去年オーストラリアに行ったんですョ。で何月に?」 昨日までの他人もすっかり意気投合、時を忘れて延々と続くのであります。 今日の料理はシーフードと日程表に記されていたが、おずおずと上品に出てきたのは、酸味の利いたスープと魚の切り身フライ一切れ。期待は大きく裏切られた。 同じ安いツアーでも、中国の次々と畳み掛けるように出てくる品数の豪華さに慣れている私らには、てんで物足りない。女房に至っては「エッ!これでおしまい?」と言う顔でポカンと口を開けていた。
これにて本日の観光日程は目出度く無事終了。再び3時間半掛けてカイロに戻ると思いきや、まだまだ許してくれないお土産屋訪問。 古代エジプトの絵画が描かれたパピルス。本物はパピルスの茎を潰して、その繊維から出来ている。 どの方向に引っ張っても破れない至って丈夫なモノだ。 今までの経験で、ガイドが連れて行く店は例え本物であっても値段は非常に高い。中国などでは平気で偽物を掴まされるから、一応用心して掛かるに越した事はない。 店の入り口に掲げられている看板には「いらっしゃいませ」の日本語が見える。・・・・ますます用心、用心。 店内はかなり広く、グルリと壁面にパピルス絵画が額に入って飾ってある。まずパピルスがどうやって作られるかの実演。ここにあるすべてが絶対!絶対!本物だと盛んに強調している。 あまりしつこく言われると、疑いたくなってしまうから不思議だ。 額の下にそれぞれの価格が書かれている。やはり高いような気がする。 大きさにも依るが高いものは2500ポンド(55000円)くらい、これはさすがに色使いも柄も群を抜いていて、ひと目で良いものと分かる。手頃な25cm×30cmくらいのもので200ポンド(4400円)ほどだ。 だがこれを買っていっても、我が家に張り出す気にはなれない。なんの脈絡もなく、そこだけ忽然とエジプトの香りがするのも可笑しなものだろう。 カミさんは端(はな)からこの手の類には興味がない。絵葉書1枚、遺跡写真集だって「買ったってどうせ見やしないのに」とか「絵葉書なんか買って誰に出すんだ」と手厳しい。 悔しい事は、確かにその通りなのだから反論は出来ない。 以前は私もご多分に漏れず衝動買いが癖だったが、海外旅行を頻繁にするようになると自然それらで部屋中一杯になり、涙を呑んで整理した事がある。 以来何処へ行ってもお土産は滅多に買わなくなり、今ではすっかり女房の思考に感化されてしまった。
ところが懲りてか懲りずか、必ず何かしら買わずにはいられないツアーのお仲間もいる。 気に入った絵柄があったのか、1枚のパピルスの前で腕組をして考え込んでいた。そんな買う気を見せれば、店側としても放って置く筈がナイ。まさに飛んで火にいる夏の虫だ。 イスラム女性特有のすっぽりショールで髪を隠した若い売り子がもう付きっ切り。あの手この手で陥落させようとにじり寄る。 「買うんですかぁ〜」・・・・・・・私は野次馬根性がいつまでも抜けない。 「う〜ん、どうしようかと思っているんですョ」 買う気があって値切るんなら、是非とも一肌脱がせてもらいたい。なんたってこちらは値切りのプロを引き連れている。面と向かって言いはしなかったが、ムクムクとやる気が起きて来た。 手招きして女房を呼ぶ。また余計な事に首を突っ込んでという顔で、仕方なく出張(でば)ってきたカミさん。 早速、英語で交渉開始。店側の希望価格は650ポンド(14300円)、それを聞いて瞬時に算盤珠が頭を駆け巡る。確か添乗員が「エジプトでの買い物は必ず値切ってください」と言っていたのを思いだす。 半値は当たり前、3分の1まで値切ったら勝利の凱歌。 交渉は200ポンドから始った。大仰にとんでもない!と言う顔で驚く売り子。 そんなに驚く事はナイ。上海なら100元のものだって10元から交渉開始だぞ〜。 「日本人でそんな事を言う人はイナイ」とでも言っているのか、ネチネチブツブツ呟いている。 日本人の遠慮深さは定評もの。定価の3分の1にしてくれとは言い出せない。 お国が違えば大っぴら。私とすればここは一番、中国式値切り術の真髄を見せてやって欲しいのだ。 最初は意気込んだカミさんも、どうも勝手が違うらしく旗色が悪い。エジプト人は中国人と違って思い切りが悪くしぶとい。丁々発止、ポンポンと歯切れよく話が進まないのだ。 やっと値下げに応じた額がたったの3000円、いや〜渋い渋い。これでは3分の1はおろか半値にも届かない。まったく掴み所を得ない戦法は、まさに糠に釘、暖簾に腕押し状態。 業を煮やした我が女房。やってられるか!と白旗揚げてすごすご降参。 結局、敗因はツアー仲間のおじさんが「欲しい!」顔を見せたので、そんなに値下げしなくてもこの人は買うと値踏みされたのだろう。最後はガイドまで出てきて、「こんなに安くしてもらって超ラッキー!」とか何とか丸め込まれてしまった。 最終購入価格11300円・・・・・・・エジプトの物価から考えたら、やっぱり高いと思うョ。 やはり「ここまで下げないのならイラナイ!」という断固たる態度が、最大の秘訣のようでありました。 3.金だ!金だ!ツタンカーメンへ続く・・・・・ |