エジプト浪漫旅行
| エジプト滞在最後の昼食。有終の美を飾るに相応しく、ナイル川に浮かぶ船の上での豪華版だ。 更に喜び溢れる中華料理ときては、嬉しさと懐かしさが同時に込み上げてくる。ツアーの面々だって年恰好からして、ほとほとエジプト料理が鼻に付いている人だって、少なからず居るに違いない。 ツアー旅行社も、箸で食べられる食事を最終日に組むとは、中々心憎い演出だ。
ナイルの川辺に浮んだレストラン船は、派手な色彩で飾り立てた東洋情緒丸出し船。古代エジプトの乾いたイメージには、如何にもそぐわない異質な感じもするが、それが又懐かしい中国を連想させる。 船内の装飾も中国色で統一されていて、私ら夫婦には勝手知りたるホームグラウンドに帰ってきたような、気安さと安堵感に包まれた。 今までの単調なこれっきり盛りっきりのメニューではなく、中国式らしく後から後から料理が運ばれてくるのも嬉しい。味だってここがエジプトである事を多少割り引けば、まぁ合格点だ。 シッカリ者のカミさん、お決まりの飲み物注文も、お茶はタダだと分かったら即キャンセル。それに触発されるように中年組ご夫婦のキャンセルが相次いだ。 (余計な事を言う奴だ!)ウェイターが渋い顔で恨めしそうに私らを見る・・・・・・・・申し訳ない。
階段ピラミッドはサッカラという場所にあり、世界最古のピラミッドと言われている。 古王国時代のジョセル王が、紀元前2650年に創建した。ざっと4600年前の代物なのに、不思議とそれを感じさせないほど原形を留めていて、まったく、よくぞ残ったと感心する。 階段ピラミッドは、その名の通り5層に渡って石を積み上げられている。その石は殆どが石灰岩で、何故か上に行くほど大きい。1段目は30cmだが、上の5段目は52cmもある。 太陽の強い日差しが、黄砂の砂漠とピラミッドに照り返り、目が痛いくらいに眩しかった。 ガイド氏が一同を引き連れ、周囲を一望に見渡せる高台に案内してくれた。 エジプト観光もここが最後。皆さん一様に警戒感も薄れ、心晴ればれ開放感で一杯だ。 楽しかったエジプト旅行を振り返るように、胸いっぱい名残を惜しんでいる。 ちょっとした広場の高台には、10枚綴りになった絵葉書を売る人、ロバの手綱を玩ぶ人が所々屯していた。 おのぼりさん的一団の我々を見るや、それ!とばかり一目散に駆け寄って来る。 「要らない!」と拒んでも執拗に食い下がる。絵葉書など手にとって見ると砂だらけでザラザラ、肝心の写真は複写でもしたのかボケていた。これでは幾ら安くても願い下げだ。 私の興味はロバのおじさん。ロバの背に跨ってホンのその辺を一回りして、ピラミッドをバックに記念写真を撮って1ドル。所要時間2分と掛からないから、エジプト物価から考えたらオイシイ商売のようだ。 女子大生中心の若手組は、我先にと臆する事無くロバに乗ってハイ!ドゥドゥ。若い笑い声がピラミッドに谺(こだま)している。 「オレも乗ってみようかな?」 「よしなさいョ、なに考えてんのョ〜」 どこの国にも要領の悪い人間はいるもんで、同じロバの手綱を引きながら客のつかない初老の馬主。 そんな気になった私と波長が合ったのか、哀れっぽい目がこっちを見ている。 私の気持ちが翻らないと知って、女房ツカツカとロバおじさんに歩み寄り交渉を始めた。 「幾ら?」・・・・・・「ワンダーラ(1ドル)」 「高い!歩かなくてもイイョ。乗って写真撮るだけだから1ポンド(22円)!OK?」 「うんにゃぁワンダーラ」・・・・・・ロバおじさん、首を左右に振って協定料金を死守。 そうこうしている内に、ガイド氏からバスに引き上げの声が掛かった。 「そう、残念ネ、あそこで呼んでるから私達もう行かなくっちゃァ〜」 「・・・・・・・・分かった、ワカッタ、早く乗れ!」 きっとこんな遣り取りだったのだろう。かくて目出度くロバに乗る事が出来てご満悦の私。 ロバを間近にすると意外に小さいのに驚いた。大きさ、肉付き、体格、どれを取っても私の方が勝っているくらいだ。ゴメンョ、勘弁ね、とロバに詫びつつ打ち跨った。 気分はすっかりアラビアのロレンスだ。値切り倒しの有難くない客だが、ロバおじさん出血大サービスで、自分の被っていたターバンを私の頭に乗せてくれた。 それを見ていたツアーメンバーである中年組夫妻の奥さんがポツリと呟いた。 「あらあら・・・・・ロバが可哀想〜」・・・・・・ほっとけ!
まだディナーには時間が早い夕方4時にはホテルに着いた。エジプト到着後、最初に泊まった同じホテルだ。ロビーでガイド氏に頼んだTシャツ3枚を受け取る。胸には間違いなく古代文字が刺繍されていた。 1枚10ドルでは高い気もするが、ガイド氏の3人の妻に免じて、ここは協力と行きましょう。 部屋に入って早速着てみると、サイズピッタリ。いつも不満な丈の長さも、それほど気にならない。 最後にはいい事もあるもんだ!と上機嫌の私。 試着したついでに女房を誘い、ディナーの集合時間まで街の散策と洒落込んだ。 行き交う車のクラクションに脅かされながら、信号の無いローターリーを大急ぎで渡った。 横断歩道も信号もあまり見掛けないのは中国と同じで、中国式渡り方を熟知しているから、別段怖くはないし、寧ろ妙な親近感も湧いてくる。 夕暮れも近い歩道を気侭に歩く。気温もグッと下がって凌ぎやすく、鼻歌の一つも出てきそうだ。 フト通り掛かった立派なホテル。ウチらのホテルより、数段格が上だ。 ワイワイ、ガヤガヤ、豪壮な庭園で結婚式のビデオ撮りが行われていた。 ガイド氏が結婚式には金が掛かると言っていたが、こりゃ、さも有りなんと納得した。ビデオ撮りは流行なのだろうか、上海でもよく見掛けるが、結婚してしまえば大体はそんなに見ないものだ。 真っ白のウェディングドレスを着た、ちょっと強面の新婦。馬子にも衣装か黒のタキシード姿の純朴そうな新郎、若いが口髭の手入れも行き届いている。 柵越しにカメラを向けていたら、それに気が付いた取り巻きが、中へ入って来いと盛んに手招きする。 写真撮るならもっと近くで撮れと言う事か?いずれにしても、こんな機会は滅多にナイ。元々ノリ易い性格のせいか、すぐその気になる私。 警戒心から袖を引っ張るカミさん・・・・・この女、何でも反対!ヤメロの癖が抜けない。まるで議会の共産党のようだと思ったら、そりゃそうだ、筋金入りの本家本元から来ていたのを忘れていた。 グルッと柵を回り、芝生を横切って撮影現場に近づくと、大勢が囃し立てるような大歓迎。緊張感からか、恥ずかしさ故か、多少引き攣った顔の新婚夫婦の横に並んで欲しいと、早速の要請があった。 通訳!通訳!と女房を探すと、肝心の奴(やっこ)さん「私はイヤョ」と言いた気に、まだ芝生の外で怪訝な顔をしていた。 「大丈夫だョ!一緒にビデオに入ってくれって言っているみたいだぞ!」 急遽、外国人も祝福しているシーンを加えることが出来て、監督兼カメラマンはすっかりノリ捲くっている。 それは構わないが。目にも眩しい正装の新婚夫婦に対し、こちらはタダのTシャツ姿。 場違いな雰囲気は否めなかったが、こちらがお願いした訳でもないので、ここは気楽に応じた。 更に悪乗りした監督は、身振り手振り交えて、あろう事かドラマティックな熱い抱擁を要求してきた。 エッエッ!日本人も中国人も普段、抱擁などの習慣がないし、タイミングだって分からない。 それに花嫁の顔・・・・・・・どう見ても、花も恥らう可憐なイメージとは対極にある。正直、コワイ!と思った。 この新婦ではこちらの方が引き攣りそうではあるが、それでも乞われれば私としても覚悟しない事もない。 ・・・・・・・ところが言葉が分からないというのは実に悲しい。 私の思い込みとは裏腹に、やおら新郎の口髭が迫ってきた。冗談じゃない!亭主の方と抱き合うのかョ、新婦とだって決心が要るのにとんでもナイ話だ。勘弁してよ!と逃げ惑う私。 その仕草がよほど可笑しかったのか、取り巻きはヤンヤの大爆笑だったが、こっちはちっとも笑えない。 まぁ、冷や汗モノの俄か国際親善ではありましたが、皆さんに喜んでもらえて、なんとか役を果たせたんじゃぁないでしょうか?
赤い夕陽が沈みかけた夕暮れ、いよいよエジプト滞在最後の晩餐に出発した。 ナイル川をクルーズしながら優雅に食事。そしてエジプト最後の夜に相応しいベリーダンスが待っている。 逸る気持ちを抑えつつ、川の辺に浮かぶ水上レストラン船に到着。それは昼食に使った船よりも大きく、すでに張り巡らされた色とりどりのネオンが、夜を待ちきれないように灯っていた。 ドカドカと船内ホールに入ってみると、中央に舞台らしきスペースがあって楽器なども置かれている。 各自思い々のテーブルに着いたが、中年おじさん族が、さりげなく前方かぶり付きに陣取ったのには驚いた。普段モッソリしているのに、こういう時は実に迅速な行動に出る。どこかストリップ鑑賞と勘違いしている向きが、無きにしも非ずの態であった。 私もご同輩なのだが、持ち前の見栄が災いして、どうもそういったあからさまな行動には抵抗感があり、躊躇している間に最後方の席しかなくなってしまった。 食事内容は毎度お馴染みのバイキング。可もなく不可もなくだが、ロケーションが良い分、大目に見よう。 お早いお出ましで、食べ始めて間もなくもうショウが始った。 観客は私達のツアーの他に数組のカップルとファミリー1組。全員でも30人ちょっとの寂しい幕開けだ。 前座とも言うべきデュエット歌手が、数曲ノリの良い曲を歌い上げる。女性は細身で中々の美人。 前座歌手の宿命か?お客は食べるのに一所懸命で殆ど聞いていない。 やがて頃合を見計らい、一段と激しい曲とともに悩殺真打ち登場。 期待した豊満な肉体の饗宴とは若干のズレがあるが、まぁ、船上の小ホールではこんなモンでしょう。 ベリーダンスの踊り子の収入は、日本の芸能人と同じで、かなりのランク付けがあるらしい。 ガイド氏の話では、ピンは1ステージ数十万円、キリは2万円くらいとの事だった。 今日の彼女、肝心のベリーダンスの技量も、お客を引き付ける魅力もなく、さて幾ら貰ったのか? ちょっと投げ遣り気味なダンスが暫く続いたが、そのうち一人で踊るだけでは間が持てないのか、しなを作りながらお客を物色。舞台に引っ張り出して、ベリーダンスの講習を始め出した。 当然第一バッターは、かぶり付きで涎を流さんばかりに見ているおじさん軍団が標的となった。 イヤダ、イヤダ!と言いながらも、顔は嬉々としているのが見て取れる。傍らの奥さんは呆れ顔だ。 私らの年代は総じてリズム感に乏しい。官能的でしかも情熱溢れる激しいリズムに合わせて踊るなど至難の業だ。案の定、操り人形のようなぎこちなさで、とんだ物笑いのピエロ役を演じている。 前列を固めたおじさん族が、照れながらも嬉しそうに次から次と舞台に引っ張り出された。 こうなると後方席は運が良かったと言わねばならない。ここまではお呼びが掛からないだろうと高を括って安心していたら、間の悪いのは毎度の事、タマタマ踊り子と目が合ってしまった。 急いで目を伏せても時すでに遅し、不敵な笑みを浮かべて踊り子がこちらにやって来る。 やめてよネ〜お願いだから!後ろは壁、逃げ場はナシの絶対絶命!必死に椅子の背もたれにしがみ付く。 踊り子姐さん、意外と力が強い。私の腕をムンズと掴むや否や、「観念しろ!」と耳元で囁いた。 周囲は拒絶する私を嘲笑うように手拍子で囃し立てるが、私は他のおじさんとは違うのだ!何が何でも笑い者にはなりたくないと必死で逃げ切った。フゥ〜!・・・・・・・
大トリは派手な色彩のスカートを穿いた独楽(こま)人間の登場。軽快な音楽に合わせ軽いステップを踏みながら、舞台狭しとクルクル回り始めた。 時には観ている方の目が回りそうなほど早く回転して、綺麗に広がったスカートが別の生き物のような動きを見せる。その鮮やさに観客は大拍手。 これは思わぬ拾い物、お目当てだったベリーダンスより、こちらの方がよほど見応えがあった。 エジプト最後の夜を楽しく過ごしホテルへ戻ってきたが、時間がまだ早い。弟連へのお土産も、バザールで買った灰皿だけでは少し足りない気もする。 そこで街を散策がてら出てみることにした。通りに面したお土産店の店先には色とりどりのネオンが点って、手持ち無沙汰の店主が通りすがる観光客に声を掛けている。 そぞろ歩きで格好のカモ姿の私達も、勿論、声を掛けられた。民族衣装ガラベーヤ(エジプト綿製、タダ被るだけの簡単服)を着たこの店主「見るだけで良いから」と愛想良く店内へ誘う。 女房は相変わらず警戒心剥き出しだが、私は相変わらずその手に乗りやすい。 店内の陳列棚には小物、置物の類が所狭しと並べられているが、これといって目新しい物は無かった。 奥の続き部屋にはTシャツが山と積み上げられ、正面の壁には様々な絵柄見本が、一目で分かるように幾重にも貼り付けられていた。 「ネェ、ネェ、お土産、Tシャツでもいいんじゃないか〜」 カミさんは元々実質派だから、人にあげるお土産も一貫して実用的な物を選ぶ癖がある。 Tシャツならお眼鏡に適ったらしく、すんなりOKサインが出た。 こうなればタダの冷やかしではない、立派なお客だ。これはと思う色と絵柄のTシャツを、山積みの中から遠慮なく引っ張り出した。変わった絵柄があれば、私だって欲しい。 店主も買う気があるか無いかは分かるのだろう。嫌な顔も見せずに、気に入った絵柄のサイズなどを一緒に探してくれた。 どうせ買うんだからという気安さから、サイズ合わせは着た方が早いと、その場で何枚も試着を決行。 一頻り品選びが済んだ状態は、私も少しやり過ぎたと思ったくらいだった。きちんと折り畳まれて、ビニール袋に包装されたTシャツが無造作に取り出され、カウンターの上はそれらで一杯になっていた。 さて、これから女房得意の念入りな品質検査が待っている。 表に裏に、時には透かして見ていたが・・・・・・・エジプトのお国柄なのだろうか、中国モノより酷い縫製に顔付きはいよいよ渋くなった。襟元など、どれも申し合わせたように攣(つ)れて襞が出来ている。 「どうする〜・・・・これじゃぁ、人にあげられないョ。アンタだってこんな不良品買ったって着ないでショ」 そう言われて見ると確かに縫製が甘い。所々糸も出ているし、解(ほつ)れも目立つ。 値段は円で600円〜800円くらい、店主はエジプト綿の最高級品だというが、どう見てもそうは見えナイ。 買う気は一気に殺(そ)がれ、あとはこの事後処理をどうしたら良いかに集中した。 女房、店主に縫製の悪さを指し示して、ここが納得出来ないと説明している。店主は盛んにその部分を引っ張って、「ホラ!こうすれば直る」と言うが、そんな事で直る筈もない。 買う気持ちは益々薄れて、このまま無事にこの店を出られるかどうかの心配に変わって来た。 店主の顔からは笑みが消え、表情はちょっと近寄り難い、憤懣やる方ない顔付きに変わった。 私だって散々取っちらかした挙句に、この惨状を横目に引き上げるのは、後ろめたさで一杯だ。 このまま帰るのはあまりに気が咎めるし、まぁ、仕方がない、窮余の一策として要りもしないが、小物の一つも買って勘弁してもらおうと画策した。 先ほど一回り見たから、これといった目ぼしいモノがあるとも思わなかったが、ガラスケースの奥に一つ変わった置物があった。遺跡出土品に似せた勿論レプリカであるが、懐かしさにどこか惹かれた。 昔、美人歌手ジュデイ・オングが「魅せられて」という曲を歌った。レコード大賞も取った哀愁漂う曲だ。 盛り上がりのサビ部分で、白鳥が羽を広げるように純白のドレスが広がった。その可憐で美しいイメージが、今も心に焼き付いて離れない。その置物には、若かった日々を彷彿とさせる何かを感じた。 「これでいいョ、幾らか聞いてくれョ」・・・・・・・・カミさんもこの際仕方ないと諦め顔。 「その奥の羽を広げた人形、そう、それ。幾らするの?」 値段は決まっていないのだろうか?置物の埃を払いながら、胸に一物手に荷物、ちょっと思案の店主が答えた。 「これはとてもイイものだ。さすが目が高い!・・・・・50ドル」 と言ったかどうか?兎に角、値段は50ドル。女房がどうする?と私に聞く。 「そりゃ高い!全然高い!50ポンドの間違いじゃないの?米ドルで50ドルじゃ、ざっと6000円じゃないの」 観光客だと思って足元を見ているのは明白!第一、6000円出しても欲しい代物じゃない。 それに少し大きすぎて、ウチの小さな飾り棚には不向きでもある。 もう買う気が失せたのだから、値段の交渉をしても意味が無い。まさか6000円が、どんなに粘っても1000円にはならないだろう。ここは何とか言い逃れて退散した方が得策だと女房に耳打ちした。 「気に入ったけど、少し大きい。残念だけど買うことは出来ナイ」 そんな事はない、これが一番人気のある大きさだ!とか、この置物は他の店を探したって有りゃしないとか、熱の篭った売り込み攻勢だったが、こちらは大きさもさる事ながら、最大の理由は値段が高すぎるのだから、決して首を縦に振らない。 「分かった、ちょっと待て!一回り小さいのがあるかも知れないから探してくる」 そう言い残して店主は外へ出て行った。入り口から半身を出して目でその後を追ってると、何の事はない2〜3軒先の店に入って行くのを確認した。 さっき他の店にはナイって言っていたのに・・・・・・エジプト商人恐るべし、油断も隙もありゃしない! 間もなく新聞紙に包んだ品物を抱えて店主が戻って来た。ご丁寧に借り先の店主もくっ付いて来たから恐れ入る。 寄って集って、何が何でも売りつける腹らしい。さぁ困った!まさか具合良く一回り小さいのがあると思わないから、断りの口実で言ったのになぁ・・・・・こりゃ、いよいよ断れなくなっちゃったぞ〜。 女房と顔を見合わせ、阿吽の呼吸で(交渉するしかないだろう・・・・・)の意思伝達。 女房が毅然と値段を聞いた。すかさず店主、自分の儲けと借り先の儲けを計算している風。 「35ドルに負けておく。いい買い物をしたね、お客さん」 「35ドルって言ったら幾らだ?エ〜と・・・・・4200円じゃないか。何処が負けたんだ!言ったれ!言ったれ!高すぎるって言ったれ!」 こちらもすっかり興奮してきた。4200円を払うのは吝(やぶさ)かでないが、明らかに日本より安い筈のエジプト物価を考えても、舐められているとしか思えない。ここが納得出来ないし、面白くナイ。 この憤りは私より寧ろ女房の方が強いから、舌戦激戦は必至だ。 「東京で買ったってそんなに高い訳ナイ!その値段ではとても買えナイ!」 「じゃぁ、値段を言ってくれ!幾らならいいんだ!」 「・・・・・・・10ドル!」 見る見る間に顔色が変わった店主。いや、元々赤銅色の肌だから顔色の違いは分からない。顔付きが険しくなったというのが正しいだろう。 こめかみがピリピリ震え、マジで怒ったその顔は、血の抗争にも発展しかねない雲行きになってきた。 ・・・・・・ここはこの侭、言い値で買って引き上げた方が身の安全かも?と弱気の私。 だが、この程度でたじろぐ上海女房ではない。言われっぱなしで引き下がるなど、中国人の沽券に関わる。 私達は最初から買う気のなかった客ではナイ。Tシャツだってどれも不良品だし、この置物だって正当な値段なら買うつもりだ!と捲くし立てた。この女(ひと)のパワーは何処から湧き上がってくるのか不思議だ。 一触即発!険悪な空気を見かねて、借り先の店主が仲裁に入ってきた。 「35ドルのものを、いきなり10ドルはひどいでしょう。ここの店主も怒る訳だ、どうです32ドルで・・・・」 ああぁ〜、やめてョ、そう小出しに値引きするのは・・・・・・・ こちらも散々引っ掻き回した後ろめたさもあるから、私の指示で100ポンド(2400円)と大幅譲歩の値を付けた。最初の金額の約半値、もうこれ以上は譲れない。 それでも相手は納得せず、1ドルもう1ドルと小幅な値引きを繰り返す。これじゃぁ、夜が明けちまう・・・・・ 交渉は決裂!当の店主も苦虫を噛み潰した顔で、帰れ帰れと言わんばかりに手の甲をヒラヒラさせていた。 半ば追い立てられるように、店外に出た私達。一時はどうなるかと気を揉んだが、辛うじての脱出成功に胸を撫で下ろした。 すっかり毒気を抜かれ、もう買い物する気力も失せてしまったので、この侭Uターンしてホテルに戻ろうと話をしていた矢先、追い掛けて来たさっきの借り先店主が大声で呼び止める。 敵さんも相当シツコイ。もう関わり合いたくないと無視を決め込んだが、行く手に回りこみ再度の交渉を畳み掛ける。 「OK、OK!100ポンドでイイ。アンタ方、交渉うまいね」 もうすでに買う気はまったく無くなっていたが、こっちから提示した金額だ。それでも蹴ったら、いよいよ血の雨が降らないとも限らない。 女房が私の顔を見て、「どうする?」・・・・・・・・「しょうがねぇだろう」 戻って来た店の入り口でカミさんが私を制止した。 もしもの場合の危険を察知したのか、「アンタは外に居た方がいい」・・・・・只ならぬ緊迫感が漂う。 そう言われても私だって男だ!危険な事を女房にやらせて、黙って見ている訳にもいかない・・・・・が、自分でも驚くほどの意気地なし。素直に女房の指示に従い、事の次第ではあらん限りの声を張り上げて騒ぎ立てる決心をした。 気まずい沈黙の中で、カミさんが財布から100ポンド札を取り出す。奥では当の店主がTシャツを畳みながら、こちらを睨み付けている。 「130ポンドではどうか?」 ウ〜ン、中国人も真っ青のしぶとさだ。臆面も無く最後の抵抗を試みる借り先店主。 女房も負けてない。出した100ポンド札を、すぐさま仕舞い掛けた。 「分かった、分かった、冗談だョ」 丁々発止、勝敗は決し、戦いは終わった。相手方のマジなしつこさのお蔭で勝利の余韻はない。 中国と違って値切りも遊び感覚がないのが辛い。ああマジになられると、後味の悪さだけが残る。 世界は広い。エジプトまでやって来ると、さすがアジア人種の気心と、まるで違う事が良く分かった。 私が他の追従を許さないと思っていた中国値切り術も、最終日に目出度く2勝2敗の五分に持ち込んだ。 エジプト商人は相手にとって不足なしの、まさに強敵でありました。・・・・・・・ハイ!
3月8日、楽しかったエジプト旅行も帰国の日を迎えた。 行きと同じコースを辿って、ドバイ経由韓国乗り継ぎの15時間が待っている。 日本へ帰国後、半月ほどで上海へ向かう。今度は中国の何処へ行こうか?勝手知りたる上海だから、きっと又楽しいに違いない。そんな事を考えながら、夢うつつの15時間が過ぎた。 成田も間近に迫った頃、乗客のざわめきが聞こえた。何事かと思ったら、上空からは滅多に見られない富士山が、雲の切れ間からポッカリ顔を見せてくれていた。 終わり良ければすべてよし・・・・・・明日もまた幸福であって欲しいという願いが込み上げて来る。 この時、香港では原因不明の肺炎が猛威を振るい始めていた。 やがて中国全土に広がり、世界をも巻き込む大事件になるとは露ほども知らなかった・・・・・・
|