なんじゃもんじゃ
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3月30日
■手を見るたびに年を重ねていくのが分かる。
今週の戻り寒波のお陰で手はカサカサ、季節が変わり置いてきたはずのハンドクリームを、新たに購入した。
今冬はクリームを一本半使用し、切らさずに塗ったお陰でひび割れは起きなかった。
手抜きするとパカット割れてしまうので、乾燥した低気温では必需品となってきた。
明日の広島の最低気温は0度だという。
まだまだ必要かも。

 今日の車両回送で山口県宇部市から広島に掛けて移動したが、相変わらず「さくら」は咲いていなかった。
中国地方より北の関東では9分咲きも見られるという。
黄砂交じりの冷えた空気が吹き荒れる間は、桜は花を咲かさないのだろうか。
心の春はまだ先か。

3月29日
■今週は山口県の宇部市へ出張中だ。
地図が手元に無いため、九州に程近い地にあると思もわせるのが、NHKのニュースで判断できる。
天気予報は北九州や大分県を中心とした情報しか流していないし、民放ローカル版で初めて山口県のニュースを見ることが出来た。

 宇部市を車で回ってみるけど、人口が少ないのかして、食べる店が少なく大規模店舗も見当たらない。
生気の無い町だ。来週は島根に行くけど、もっと田舎だと言うじゃない・・。

 関西人からして、中国地方へ観光で来ることはおそらく一生に一度がいいところだと思う。
秋芳洞、萩、出雲、広島ドーム、宮島と数点見るところはあるが、交通費、時間など実費が掛かり、北海道や沖縄、九州などと比べると気持ちの上でも負けてしまっている。実際、果ての地では住み着く者がたくさんいる。
東北地方もしかり、関西からだと非常に遠方に感じる。
それだったら、いっそ北海道まで飛んでしまうのが自然というもの。

 だが、そう思っているのがこれからの布石である。そう期待を掛けずに見ていると「おおっ、中々いいじゃない」と感じることが出来ればしめたもの。
ただ、ツーリングに行きたい目標地がないのが・・・。
お奨めポイントはどこ。

3月28日
■最近胸焼けぎみだ。
一時治っていたのにココのとろろの飲み会で、胃の機能が下がり、ゲップと胸焼けに苦しんでいる。
そんなときは胃薬を飲むのだが、多い日には4,5袋を越えるまでになる。
ビールを飲む前にビールで服用。
焼酎を飲む前に焼酎で服用と、一時期的にも楽になるので常備薬としていつも携帯している。

 一年に一度、安く保険組合から薬が買える時期があり、今年もLサイズを注文した。
カバンの中に何十袋が入れていて、「無くなるんだろうか」と調子がいいので思っていたが、気がつけば・・。
昨日、今日で底を突きそうになったので、薬局で新たに「パンシロン」を購入した。

 ガスター10などと違って効き目はまろやかなので、効果が無ければどんどんと服用してしまうけど、副作用が心配なので、よく効く薬は高価であるし使用しないことにしている。
風邪薬も同様。薬の副作用で入院したことがあるため、軽めの薬を選んでいる。
数年来医者にも通わず、自然治癒がモットーとなった。

 ところで東京や九州では桜が満開に近いような状態だと、TVで紹介されていたけど、大阪や名古屋ではどうなんだろう。
出張中である山口県や広島などの中国地方では、まだまだつぼみの状態が続いており、1分咲きも行ってない。今日は大荒れ、黄砂が吹き荒れ今も窓際では風の唸りが聞こえて寒々しい。
Why?+都会の地熱が南国と同様な温暖化を与えているのか、また中国地方の川沿いでは、地中温度が数度低いため発育が遅れているのかもと考える。

 若い頃は桜は入園式で写真に写っている程度の記憶と、春になれば咲く木としての認識でしかなかったが...。
今では、毎年、年を取るごとに新たな芽生えの季節を感じさせてくれる喜ばしい植物である。

3月26日
■朝から小雨が降っていたが、昼から晴れるというので宮島へ出発した。
宮島へ渡るには松大汽船とJR連絡船の二つのフェリーが運航している。
事前にJRが大鳥居の前をかすめるように運行すると情報を得たので、迷わずJRの方に並んだ。
だけどものすごい人が並んでいて、乗り込むことが出来るのかと少し心配した。
フェリーを利用する車は2台のみで、客室の椅子はすべて埋まり、デッキにも溢れかえっていた。
10分ほどの航海で宮島桟橋へ到着すると、すでに帰りの客数百人が乗り込む準備をしていて、すごい人、人、人で外国人も多く一体何時に来たんだ。

 千畳閣、五重塔を見た後、厳島神社に入っていった。
さすがに日本三大名所だけに風格がある。フェリーから見た大鳥居の足元は完全に水没していたが、段々と潮が引いて来ているので13時30分の干潮時には手に触れることが出来るだろう。

 海に沈んだ大鳥居を見てから後、潮が引いて、たどり着ける日に来れたとのは良かった。
遠くにあって手の届かない存在である大鳥居が、時間と供に舞台裏に「さあ、いらっしゃいと」さらけ出す様は、種明かしと同様の効果がある。

 舞鶴の天橋立、広島の宮島を訪れたからには、残るは宮城の松島。

3月25日
■注文していた5Dのレンズが入ったので、再び平和記念公園へ試し撮りに出かけた。
さすがに好天に恵まれた土曜日とあって、たくさんの人々が原爆ドームを見にやってきていた。

 今回は新たに「国立広島原爆死没者 追悼平和折念館」に入った。
地下にあるため目立たず通り過ぎてしまうような折念館だが、後世に語り継いで行くため、体験談をコンピューターにライブラリーとして蓄積されている。

 原爆の悲惨さを映像で紹介していたが、平和記念館よりも無残な写真が放映されていて、思わず目を細めてしまう。これに紹介された重度の火傷を負った人たちは、おそらく助かっていないだろうに、なんともかわいそうだ。
二度と悲しい出来事を繰り返さないようにするため、こういった施設で世界中の人々にアピールしていくのが、被爆国の日本と広島の使命であり、被爆者は60年後の今でも苦しんでいるのを伝えなければならない。

 原爆ドームの近くにある桜は、咲く気配もなく後一週間以上掛かりそうだ。
満開時は、きっとキレイにドームを際立たせてくれるだろ。
川もゴミも無く綺麗でいいところだね、広島は。

3月23日
■昨夜バスルームで髭を剃ろうと刃をほほに当てたとたん、カランと音と供に浴槽の排水口に吸い込まれていった。
替刃のところが取れて落ち、ビリヤードの穴に入るように見たときは消えていた。

 困った。バスルームからの水漏れで、結構もめたことがあったと、ビル管理会社が先日話していたばかりだ。
覗いてみると青い物が見える。
入り口近くで引っかかっているなら、磁石で捕らえることが可能だ。
試しに針金を曲げて触ってみるが、手ごたえがなく只の模様かしみだと分かった。

 管理会社へ連絡して水漏れを起こす前に対処してもらうほかは無い。
替刃一つで$が飛ぶ。

3月22日
■昨日手に入れたデジカメ一眼レフEOS 5Dが足元に転がっている。。
電源を入れただけでシャッターを一度切ったきりだ。レンズが無ければ、せっかくのフルサイズファインダーも覗けやしないし、なにも写すことができない。
で50mm 1.4Fを注文中で、これもいつ入荷するか不明だと。

 他ズームレンズも買う所によっては2,3万円の差が出てくるので慎重になってくる。
またニコンとおさらばするも寂しいので手放すかどうか思案中で、レンズとD100を処分してD200を購入する手もあるなーと。
EOS 5D

3月20日
■雲ひとつ無い好天の中、平和記念公園へ向け自転車で出発した。
駐輪場に自転車を止め、広島平和記念資料館に入って行く。
入場料金は大人50円、高校生まで30円(土曜日は無料)。
20名以上の学校教育活動であれば、これまた無料。

今までの見学施設では最も安く運営されている。
寄付のような額で運営費をまかない、たくさんの人々に見てもらうことに意義があるのだろう。

 こういった施設では常に用意されている案内用の音声ガイドを300円で借りて入場した。
平日なのに混んではいたが、入り口周辺を除けば十分にパネルを見て回ることが出来た。丹念に見たおかげで10時に入場して退場したのは13時前とかなりの時間を費やした。
3時間近くも見ていたので、腰が痛かったが、しだいにグイグイその時代に引き込まれていった。中ほどに展示してある個人の体験やその後の白血病で死に至るまでを見るうちに、原爆の恐ろしさや、当時の人々が味わった恐怖と苦しみが伝わってきた。このコーナーでは涙ながらに見学する女性もいたりして悲しかった。
また地下で無料で展示してある、被爆者の当時の回想の絵と体験談を見るとさらに・・・。

 十分な知識を仕入れて原爆死者慰霊碑を望み、平和記念公園を原爆ドームまで北上する。
昨日見た原爆ドームとは今日は少し違っていた。このすぐそばの上空でリトルボーイが炸裂したのだから、さぞ大変だったろう。崩れ落ちそうな側壁やむき出し鉄骨のドームなど、現在でもその形を保っているのは、後世に核と戦争の悲惨さを伝えると同時に、61年を経過しても原爆の被害をいまも現実のものとして癒えずに存在する。

 重い。これほどバックボーンを背負った建物もそお多くはないだろう。
夕闇のベンチに腰をかけ、暁に輝く60年前の姿を想像し、ながめていた。

3月19日
■やっと部屋も片付いてきた。
一息ついた頃、ピンポン♪と早速NHKがお呼びでもないのにやって来た。
何処から情報を入手するんだろうか。
とりあえず無視する。

 それより、まずは早急にインターネット回線を繋げなければならない。
ダイレクトメールが入っていた今話題のUSENに電話を掛けた。
光ファイバー100Mが、一年間1480円とある。
安いぞ、しかし、よくよく聞くと1年間は解約は出来ないし、速度も10M前後が平均的だそうだ。
一年縛りは良いとしても100Mを謳っていて実際はADLSと変わらないとは光の名を借りたた誇大広告・・・。

 だが1,480円は、今までの半分の値段であるからして魅力的、電話で契約することにした。
その契約だが、カード決裁のみで、電話の口頭でカードの番号と有効期限を入力、いや教える仕組みであった。
始めはギョッとしたけど、飛行機の予約なども口頭でカード番号を教える仕組みなんだそうで、ネットで打ち込むのが当たり前でだったが、躊躇しながらも教えた。

まあ、詐欺や不正をするつもりであれば、ネットからのショッピングでも担当者が盗むことは可能だろうから大丈夫であろう。あと10日ほどで開通する予定だ。

■昨日までの広島市内と違って、今日のような休日は交通量が極端に少ない。
ぶらっと市内を車で流し、中心部にある原爆ドームへ足をはこんだ。

遠くから見るとTVや写真で見るの変わらなかったが、30mほどの距離から見るとドームの鉄骨がそれほど大きくないように見える。だがその存在価値は非常に大きく、当時の悲しい出来事が刻まれているようだ。

あすは広島探求第一弾として平和記念公園に行ってみよう。

3月18日
■今日も引っ越した部屋の片づけで時間をつぶした。
ようやくベット以外の空間が出来てきたが、四隅には箱が山済みで、今からでも引越しするのかと思うほどで、押入れが後もう一つあればすっきりするんだけど・・。

3月17日
■昨日は引越しの荷解きで大変だった。
どうにか寝る場所を確保できたので21時に一旦終了した。

 今朝、西のベランダから太陽を浴びている。
チョット道路の騒音がうるさいが、5階なのでフルオープンできるのは気持ちがいい。
今日も役所手続きなどが続き、部屋の片付けに追われる一日となる。引越しゴミが一杯出てくる。広島はゴミの分別を細かく実施られていて、お陰で部屋は袋だらけ、その曜日まで捨てられないのは辛い。

 福岡なら出社している時間帯(7:50)だが、5分もあれば到着できる距離にあるので、ラクダラクダ。

3月15日
■昼間の引越しは、3トントラックではギュウギュウ詰めの状態で、最後はバイクが入らないかと心配した。
(バイク×2、チャリンコ×2)
どうにか入ったが、目一杯の状態なので、営業所に戻って4トントラックに載せかえるそうな。

 福岡から車で3時間を要し広島へは20時に到着した。
始めおとなしく、そのうち段々飛ばすようになり、時々メーターを振り切る・・。

なんてこった!。

高速道路を夜間に長時間走ると、景色に対しての速度感はなくなり、追い抜く車との相対速度しか見えなくなるので
、スピードメーターはバーチャル化してしまい、宇宙空間でロケットを追い抜く感覚に似てくる。

危険!

 幸い何事もなく広島へ到着し、広島の中心地の平和公園近くにあるビジネホテルに宿泊中である。
で、近くの焼き鳥屋で投稿している。
客は女性2人のグループと4名の会社帰りのサラリーマン。
それぞれのグループが、人事や出世の話題で盛り上がり「わしが・・。転勤、主任にしてやる。係長代理、あれはダメだ」などなど話題は尽きない。
聞いていると、ストーリー性があって面白く、某会社と違ってそれぞれが話題の主役になって発言していた。

 さて、広島の印象だが、道路が広く建物が次々建設されて、これからも発展していく元気な地方都市といった印象だ。ラジオで原爆に関することをさりげなく放送しているせいもあるけど、中心部へ向かうほど聖地に近づいてきた感じがしてくる。
半世紀前、この一帯が焼け野原になったのだから、終戦以前の建物はそれほど残ってないだろうし、中心部ほど新しいモラルで作られたビルが立ち並ぶ。
その中にあってネオンの輝くビル軍に囲まれた一角に、古風を売り物とする居酒屋かと思わせる一般の家がポツリとあった。

 被爆の日、広島の市民は黙祷をするのだろうか。

3月13日
■最後の出社をし、午後から転出の手続きを終えた。
もうこれで福岡ともおさらば、明後日は広島の人となる。
 最後のラーメンは元祖長浜ラーメンで締めくくろうと、中央区長浜町の長浜屋へ向かった。
丁度12時を回ったところで、自動販売機まえには10名ほど列が出来ていた。

 ラーメン400円と替え玉50円を購入し店内に入ると、やっぱり超満員。
人が通ると背中に当たる入り口近くの席に座るが、なかなかラーメンが出てこない。
食券をテーブルに置いているが、無視されているのかと周りを見回すと、食べたのに黙って座っている人がいる。こんなに混んでいるのに早く出て行かないのかと思っていると、替え玉が運ばれてきた。
替え玉がやってくるのを黙って待っていたのだ。
こちらも忍耐だ。10分近く経ってやっと運ばれてきた。

麺はそれほど細くは無いが量が多い、これなら替え玉無しでも十分なボリュームがある。
食感は鹿児島市のこむらさきラーメンと良く似ていて、口いっぱい、ほうばって食べるのが美味い。
食べ終えて黙って待っていると、替え玉が運ばれてきた。
たくさん食べても食べ飽きないな。
 あと一日あまりとなった九州滞在だが、この2年間昼食の90%はラーメンだった。
とんこつラーメンの基本は細麺。備えてある紅しょうがとゴマをお好みで入れるのがスタンダード。時には辛し高菜もサービスとして置いてあり、ラーメンに入れるのではなくご飯と食べると非常に美味しい。

 タップリと紅しょうがを載せて麺と一緒に噛み砕く、サクサクっとした感触がなんとも言えず美味しい。
一般的な醤油ラーメンでは後で喉の渇きを覚えるが、とんこつは油がのっているのかして、胸焼けや喉の渇きはほとんどなく毎日でも食することができる。シンプルで安くが博多ラーメンの真骨頂である。
野菜不足にはチャンポンメンで栄養不足を補ってくれるし・・。

新天地の中国、山陰ではどんなものが食べれるのだろうか。

3月12日
★引越しの準備をしていて南海部品のポイントカードが出てきた。
1千円分がある。
ほしい物は特にはないが、寄ってみた。
選んだのはこれ。

■仕事の残りを片付けに出勤した。
昼過ぎ、事務所から帰ろうとして車に乗り込むと、ゴミを捨てるのを忘れていたので、事務所前のゴミ箱へ捨てに戻った。

 一瞬不安がよぎった。
この車(ハリアー)はロックを解除してドアを開けずに10秒ほどすると自動的に車はロックされる。ドアを開けたのだからロックはされないはずなんだけど、もう8年前の車だから、室内灯が点いたり点かなかったりするのだ。

 車に戻った時には不安は的中し、カバンと車のキーをシートに残して完全ロックされていた。携帯電話と事務所や家の鍵も車の中にある。小銭だけがポケットにあった。

 幸い、隣の会社の事務所に人がいる。
休日は必ず一人は出ていて、仕事を遅くまでやり、仕事が趣味かとこの日も思っていた。
初めて隣の会社へ入って行った。
男性一人が作業していたようで、事情を説明しJAFを頼んでもらった。
40分ほど掛かるというので、昼食をとりに出かけて戻ってみると、JAFの隊員はすでにロックを解除している最中。
数分後ドアは開いて、隣の会社の人の免許証と車検証を提示してサインしただけで帰っていった。

 その方のJAF会員を利用させてもらったので無料となった。
明日にでもお礼の品を持っていこうと思う。

3月11日
■昨夜の送別会で日頃の不満点を吼えてしまった。
事務所は禁煙なのに、車の中で喫煙するのはどうか。
毎週のように数多くの決め事が出てくること、などなど。
「立つ鳥後を濁さず」の格言があるのに最後は笑顔でお別れしたかったが、ついつい思ったことを言ってしまい怒らせることになった。
でも「後は野となれ山となれ」もあることだし考えないでおこう。

 昼から引越し業者が持ってきたダンボールに本や小物を詰め込んでいった。
蒸し暑いのか、自律神経がおかしいのかして汗が滴り落ち思わずクーラーをつけた。(福岡は20℃まで上がった)バイクやつりの本をどっさりと処分して、あとに残ったのは辞書と写真関係の本が数冊と随分スリムになった。明日もダンボールに詰めこみ作業は続き、使用していないモノは、エイッ!と心を鬼にして処分して行くことにしよう。

3月10日
■今日は私の送別会です。

職場の皆さんともお別れです。

悲しいな・・。

3月8日
■今日も昼休みにホームセンターで六角レンチセットとポンププライヤーを購入していまい、先週新調したアルミの工具箱はだんだんと一杯になってきた。

3月7日
■ほとんどが外回りの仕事のため、昼休みの休憩はスーパーやホームセンターの駐車場でとることが多い。
買い物は気が向いた時だけで、ほとんどが無断駐車させてもらっている。
パチンコ店も候補だけど、見つかったら怖い思いをしそうなのでなるべく避けている。

 最近、ホームセンターでは毎回買い物をするようになってきた。
休息だけでは悪いと思い、店内を見て回るとついつい小物を買ってしまうのだ。
今まで100円ショップで済ましていたが、満足なものに出会わずモノによって89円などとホームセンターのほうが安い場合がある。

 わが社は数年前からボールペンやシャーペン、ノートなどの文房具は自分で購入するようになり、使い易さを求めて少しずつ買い揃えてきた。気が付けば、机やカバンの筆箱が目一杯膨れ上がるまで購入してしまっていた。コピーも失敗すると大目玉を食らうので、自分専用のコピー用紙を大量に買って使用している。
ハンドツールも同様、ドライバーやスパナ、電源コードに至るまで自前で揃えだしてきたので、自分専用の工具箱まで持つまでなった。大型ドライバーやハンマー、ポンププライヤーなどなどこれからも購入予定が続く。インパクトレンチも自分専用に購入した者もいて、最終的には車も自分用がほしくなってしまうだろう。

この傾向は管理、管理とがうるさく言われるからで、ドライバー一本使用しただけで心をこめて全ての工具を点検するなんて言われて・・。ひと目で欠品が分かるように工夫しないし、不良工具もコストがかさむからと代えてもらえないのでは・・。時間の無駄だ。無駄を無くすための努力をせずに精神論だけを唱えられている。

ーーーー愚痴ってしまった。

 今日の購入物は、コクヨ製の紙がすべらなくする指につける「紙めくりクリーム」と、南こうせつ1,480円CDなどなどを購入した。

3月7日
■今日は福岡中心部の仕事で、雨が降るせいか渋滞が酷かった。
九州も博多市内は飲食店や大型店も多く、やっぱり都会なんだと改めて感じた。
でも、10キロほど離れるとやっぱり田舎で、我が雑餉隈(ざっしょのくま)界隈のネオン以外は、地方都市そのもので何もかも安く暮らし易い。

 ほとんど日中は降りっぱなしだったので、車から降車するたびに濡れた。
極めつけは昼近くの渋滞路で停車していると、ドカン!と重低音のただ事でない音が鳴った。
何かが落下したか、あるいは拳銃でもっと思ったが、その一秒後に衝撃が走った。
そう、ぶつけられたのだ。
3重連のオカマであった。

 雨の中、路肩に寄せて示談に入る。
先頭なので一方的に被害者であるが、後方不注意なんてことで罰則があるかも知れない。
警察の事情聴取や現場検証が、この雨の中あるのかと思って濡れながら頭を抱えた。だが、ぶつけられたバンパーは奇跡的に跡形も無く、ひいき目にみても全く筋も無い状態だった。

 最初にぶつけたのは女性ドライバーで案外動揺する様子も無く携帯電話でHELPしている。
もう少し速度が出ていれば、物損はあっただろうし、その結果、中央のドライバーが後ろの車に賠償を求め、前の車(我が車)には弁償責任を求められることになっただろうに。最初にぶつけたドライバーより気苦労は多いようだ。
挟まれた形の軽自動車のカラーバンパーは薄っすらとチョークで引いた線のような擦り傷が付いているだけだったので、まあいいかと不問とし、お二人でどうぞと先を急いだ。

 だけど、こうゆう時にデジカメで現場撮影できていたら、すごいと思った。
客観的に見る人にもなりたくはないが、その瞬間や出来事は、後で冷静になってみると案外たわいも無いものが多いのだが・・。

■ウィルコムのつなぎ放題[1x]32kbpsが[2x]64kbpsになるというハガキが着ていたが・・。
HPにアクセスして確かめないと・・。

3月5日
■九州最後の温泉地は鹿児島県の霧島に決めた。
九州での温泉めぐりは霧島から始まったので、ここで終止符を打つことにした。
とは言っても片道250キロはやや遠い、10時過ぎに出発して、到着したのは1時半を回っていた。

 47年オープンの国民宿舎「霧島新燃荘(しんもえそう)」は、かなり老朽化しているようで、オープン当時そのままの姿でたたずみ、調度品も40年代そのまま。ぎしぎし音が鳴る廊下はレトロと温泉を楽しむ以外は?で、過去の国民宿舎が温泉のおかげで今なお存在する。温泉室も板で継ぎはぎされて手作りの小屋的要素が伝わってきた。

だが霧島だけあって、透明度10cmの白濁した硫黄泉は、硫黄独特の香りがして体にしみこむように作用する。上がり後は赤川温泉同様に手肌がすべすべし、手のひらに残るほのかな香りと相まって温泉に浸かった感触を何時までも味わしてくれた。
 やっぱり硫黄泉系が大好きだ。広島、中国地方にあるのかな。
十分浸かった後は250キロを引き返すだけ。
霧島北部の綺麗な杉を鑑賞して好天の中、帰路に着いた。

3月2日
■九州最後の宿泊出張も今夜で最後。
思い起こすと、ほんと楽しかった。
本来、出張中は退屈なんだけど、結構、合同宿泊もあったりして毎日が慰安旅行の宴会のように盛り上がったりした。毎夜、違った店を回り、店の雰囲気や郷土料理などを楽しんで、特に沖縄では料理のうんちくを教えてもらったもした。
飲みに行かないときはパソコンのネットを楽しみ、地方の焼酎を嗜んで酔えた。TVは時計代わりにつけているだけで、パソコンと焼酎さえあればそれでよかった。

 出張が続くと月日が経つのが早い。
今週はTVや新聞を一切見ずに過ごしているので、情報源はネットの見出し記事を数件見ただけである。
このような例は少ないが、毎夜宴があると情報は一切ない状態がつづき、日中は二日酔いとの格闘に終始する。
出張が5週も続くと季節が変わり、桜の咲くピークの土日に雨でも降られると、その年の花見散歩は断念せねばならないし、気がつけば梅雨の時期に突入する。
4月から9月まで一気に進んでいく感じがした。

 新天地の広島でも宿泊出張は多いという。
九州とはパターンが違ってくるだろうから、一人でちびちびやるのが多くなるだろう。
お気に入りの音楽を入れたPCとネットをあてに、焼酎を飲んで乗り切れそうだ。

3月1日
■今日も雨だった。
気分も優れず心も晴れない。

 昨日、部屋に持って上がり、読もうと思っていた雑誌「月刊カメラマン」が忽然と消えてしまった。
部屋中くまなく探し、ベットの奥も覗き込んだりしたのに、とうとう出てこなかった。
エレベーターからドアまでのあいだで無くしたかとフロントに頼んでいたのだけれど・・。
さっき帰ってきて、綺麗に清掃されたベットの棚にきちんと乗せられていた。
部屋の中か、どこで見つかったかは不明だが、これで気分も少しは晴れてきた。

 完全晴れまで、後もう少し・・

:Total :Yesterday :Today